第5話 彼女の見た事

森の中を、馬車の音が蠢いていた。

湿った道に車輪が食い込み、軋む音が響く。

息が荒い。

自分がこの先、どうなるのかすら分からなかった。


「…………」


朝、薬草を摘みに出たまま挨拶もしないで家を出たこと。いつもの場所の先まで踏み込んだこと。

人攫いに出会い、抵抗も虚しく連れていかれたこと――それが、ぐるぐると頭を回る。


鎖が食い込み、皮膚が赤くなる。枷は分厚く、爪で削っても牙を噛んでもびくともしない。

喉はからからに乾き、息を吸うと胸が痛む。視界が霞んできた。


そのとき――空が裂けるように光った。


視界が白く染まり、続いて耳を突き破るような轟音と、焼ける匂い。

身体が強い衝撃に押されて地面へ叩き付けられる。


何が起こったのか理解できないまま、恐る恐る顔を上げると――目に映ったのは焦げた荷馬車と、動かない人々の姿。

黒く焦げた鎖が地面に垂れ、周囲は炎が一瞬で通り過ぎた後のように静まり返っている。


「だ、誰か……!」


喉から声を絞り出す。震えた声は風にかき消されそうだった。

そのとき、光が来ただろう方角に、人影が立っているのが見えた。


「ま…………人か……………………………じゃ…………。」


彼はこちらへと、ゆっくり歩いてきた。顔に浮かぶのは、無表情に近い穏やかさ。

尾にもすがる思いで這いつくばって少しでも近づくと、男は平坦に言った。


「……あ、やっぱり巻き込んじゃったかぁ。」


台詞に怒りも同情も混じらない。淡々とした調子に、リアは言葉を詰まらせた。

この人があの光の発生源だろうか。


「おい、大丈夫か? ごめんな。」


その声の裏に人のぬくもりがあるかと探したが、探すほどの余裕はない。まだ心臓が早鐘のように打っている。


「……助けて、くれたの……ですか?」


小さな声で問うと、男は首をかしげるようにして答えた。


「いや、違うな。俺の放った魔法でそうなってるんだから。」


放った魔法。彼の言葉は簡潔で、迷いがない。リアはそれをただ呑み込むしかなかった。

適当に話を繋げる…その間も目の前の男の瞳は、一点に私を見つめる、何を考えているのか分からない目で。


(この人は、何者なんだろう……)


恐怖が薄れるわけではない。けれど不思議と、背筋に走る刺々しさよりも、胸に残る疲労が先に押し寄せる。助かったという実感が、まだふわふわしている。


「わたし……捕まって……売られるところで……」


言葉を震わせながら事情を話すと、彼は静かに頷いた。

手を差し出すと、驚くほどスムーズに腕の枷に触れ、淡い光を指先から流し込む。枷は音もなく外れた。傷は生々しく残るが、熱に焼かれた肌の火傷はあっという間に無くなった。


「……治った……!。」


服についた土を軽く拭い、リアはぎこちなく立ち上がる。

男の横顔をちらりと見ると、彼は何か遠いものを見ているようだった。


――


その後、会話を交えながらも森を歩く間ずっと、リアは彼を盗み見ていた。

やっぱり何を考えているのか読めない。

ただ、どこかで笑っているようにも見える。


「この先が村だって言ってたよな。」


そう問いかける声は穏やかで、

まるで日常の雑談のようだった。


リアはまだ、男が放った光の代償や、倒れた商人たちのことを理解してきた所だ。

同時に――


(この人は、。根本的に何かが違う。でも、今は助かった。)


そう思うと、不思議と力が抜けた。男の背中が、どこか日常の風景のように見えた。

二人はゆっくりと、木々の間を抜けて歩き始めた。リアの足元には、まだ焼けた土の匂いが強く残っている。


(この人……ほんとうに、何者なんだろう……)

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やること全部やった俺、終わった世界で次を探す。 夜缶 @danbo-rutoyakan

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