第4話 村へ行く途中で
森の焦げた匂いは、まだ空気に残っていた。
焦げついた木々の間を、二人分の足音だけが静かに響く。
「この先が村だって言ってたよな。」
カイが歩きながら問いかけると、
少女――まだ名も知らぬその獣人の少女は、小さくうなずいた。
「はい。森を抜けた丘の上に、小さな村があります。
……魔法とか、変な事はしないでくださいね。」
「ん? なんでだ?」
「はい。……その、私の村では魔法が使える事は、普通じゃありませんから。」
「そうなのか?、わからないな。」
軽く笑いながら、カイは道を進む。
少女の言葉に怒るでも、否定するでもなく。
ただ「そうか」と、適当に受け流す。
――普通じゃない。
そう言われても、彼自身それを“基準”として生きてきた。
ゲームの中でも魔法が使える事は当たり前だった。
だが、この世界では、それが異常だ。
⸻
「それに……あなたの目。」
少女は立ち止まり、少しだけ顔を上げてカイを見る。
「とても、冷たいのに、優しいです。」
「……な、何を言っているんだ?」
「ええ。なんだか……“人”を見ていないみたいな。」
一瞬、風が止まる。
木々の葉が擦れる音が遠のいた気がした。
カイはその言葉に、何か引っかかるように少しだけ黙る。
そして、ぽつりと呟く。
「……そうなのか?まあ、こうしてNPCと接するのも大分久しぶりだったかもしれないな。」
少女は首をかしげる。
“NPC”という言葉の意味がわからない。
けれど、その言葉の奥に漂う空虚さだけは感じ取れた。
⸻
「そうだ、まだ名前を聞いてなかったな。」
空気を変えるように、カイが言う。
「今更ですか?わたしは、リアです。猫獣人族の……ラーナ村の出身、です。」
「リアか、まあよろしくな。」
「あなたは?」
「俺? カイだ。」
「カイさん。」
「さんはべつにいらない。俺は案内してもらってる立場なんだから。」
「ふふ……そうですか。」
⸻
しばらく歩くと、森の木々がまばらになり、
遠くにいくつかの家の屋根が見え始める。
「……あれが、私の村です。」
リアが指差す先。
煙が立ち上り、夕陽の中で人の声が小さく聞こえる。
「着いたな。……でも、俺みたいな部外者が入って大丈夫か?」
「…少し、警戒されるかもしれません。けど、私が一緒なら、きっと大丈夫です。」
「そっか」
空をすこし見上げる。
茜色の空の下、どこか懐かしいような感覚が胸を掠めた。
「……人のいる場所、久しぶりだな。」
リアはその横顔を見つめていた。
⸻
村の輪郭が近づく。
リアはふと、隣を歩くカイの足を見る。
そこには、焼け焦げた血がまだ少し残っていた。
それを気にも留めず歩く姿に、彼女は小さく息を呑む。
(……この人は、どれだけの“死”を見てきたんだろう。)
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