Goad

ヤマ

Goad

 その投稿は、一言だけだった。


〈Go〉


 説明もなく、アイコンも設定されておらず、ランダムな文字列のような名前のアカウントによる、SNSへの短い投稿。

 だが——


〈何かの暗号か?〉

〈行動を促すメッセージだ〉


 そう、誰かがコメントしていた。



 数日後、同じアカウントが再び投稿した。


〈God〉


 解釈は、無限に広がった。


〈神を信じよ〉

〈神の怒りに触れるな〉

〈まもなく神が降臨される〉


 「何かしらの意志」を感じ、その言葉は宗教のように尊ばれ、誰もその正体を知らないにも関わらず、アカウント主は「預言者」と呼ばれた。



 三度目の投稿。


〈Goo〉


 「ねばつくもの」や「甘ったるい言葉」というような意味のスラングではあるらしいが、曖昧で、基本的には意味のない言葉。


 だが、それが、もっとも拡散された。


 愛し合い、優しい言葉を投げ合え——

 

 そのように解釈した「預言者」を敬う「信者」たちは、互いに抱き合い、甘い言葉を送り合った。

 タイムラインは、粘つくような善意で満たされ、異論を唱えた者は、「不快な存在」として排除された。



 四度目の投稿があった。


〈Good〉


 信者たちは、その言葉の意味について、語り合う。

 我々の解釈や行動が正しいことを、神が認めてくださった——

 そう解釈した者の中には、涙を流す者もいた。


 そして、次にどんな言葉がもたらされるのか、期待しながら待っていた。





 しかし――


 それを最後に、「預言者」は投稿を止めた。





 残された者たちは、「沈黙」の解釈を競い合い、「正義とは何か」「善とは何か」を語り続けた。


 やがて、それぞれが、自分にとって正しい「Good」を掲げ、「Go」と叫びながら行動した。

 「#GooMovement」というハッシュタグが生まれ、「God」の解釈が異なる相手を罵倒し、互いに潰し合った。


 人々は仕事を辞め、デモを起こし、見知らぬ誰かの「意志」を信じて動いた。





 数ヶ月後、分析班によるアカウントについての調査結果が報告された。





 そのアカウントは、外国語学習サービスのテスト用Botだった。

 「Go, God, Goo, Good.」は、発音練習のための、意味などないただのサンプル文で、どういう訳か、動作テストで作ったアカウントに、スタッフがうっかり予約投稿の設定をしてしまっていたらしい。

 運営会社は、ここまで広まってしまったことで事態を知り、正式に謝罪。関係者は、再発防止を約束した。




 けれど、その言葉は、誰にも受け入れられなかった。





 人々にとっては、「真実」よりも、「信じた意味」の方が、ずっと心地良かったからだ。

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Goad ヤマ @ymhr0926

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