28






助け船のように、足音近づいてきた足音に私から視線がそらされ、ドアの方へとみんなの視線が向けられる。




「なーなーせー」




七瀬くんを呼ぶ声と一緒に開かれたドア。


たぶん、この人が茜さんだ。



何の確信もないけど、すぐに自分の中で決めつけた。



「あ!いた!!」




酔っぱらっているのか、足取りは危うくて、開けたドアに寄りかかりながらなんとか立っていた。



はっきりした顔立ちに似合う幅の大きい目。


大人っぽさを引き立たせる綺麗で高い鼻は、横からみるとさらに整って見えた。




……私が着て、七瀬くんに似合わないとはっきり言われたあのワンピースが似合いそう。




「……茜さん、もう酔っぱらってんの?」




心がざわつくほど、優しい口調で七瀬くんは茜さんに話しかける。


ただ茜さんのほうへと歩き出しただけ。

それだけのことなのに、見てられなくなりそうな、甘いやり取りに聞こえる。




「んふふ、七瀬だぁ!!」




寄りかかっていたドアから離れて、次の寄りかかる先を七瀬くんに決めた茜さんは勢いよく七瀬くんに詰め寄った。




「うわっ、ちょっと」




準備していなかった七瀬くんは、その勢いに押されて、近くにあったカラーボックスを背後に茜さんを抱きとめる。




カラーボックスにぶつかった七瀬くん。



その拍子に、一番上の棚から何かが落ちた。





……見覚えのある、何か。




「ねぇー、七瀬おんぶして」



「……茜さん、歩けるでしょ」



「じゃあ抱っこ!お姫様抱っこして」




駄々を捏ねる茜さんを煩わしそうにするわけでもなく、ただ愛おしそうに見つめる七瀬くん。



見たくないのに、目が離せない。





「わかったよ。どこ行けばいいの、」




呆れつつも嬉しそうに、優しく微笑んだ七瀬くんは物語に出てくる王子様みたい。


さながら、王子様から見つめられている茜さんはお姫様。




「ありがとっ!七瀬、だーいすき」




そう可愛く微笑んだ後、茜さんは七瀬くんとの距離を詰めた。



全部がスローモーションに見えた。




「ん」


「……」



茜さんと七瀬くんの唇が重なる。




茜さんの行動に七瀬くんは目を丸くしながら驚いて。


その拍子に、さっきカラーボックスから落ちた透明な袋が七瀬くんと床に挟まれる。




パキっと小さく、何かが壊れた音がした。





誰も聞いてない、小さい音。




「…おい、茜。てめぇ飲みすぎなんだよ」




紫夕くんの声がなんだか遠い。



「もうっ!しゆー、うるさ」




茜さんの声も膜がかかったようにくぐもって聞こえる。





「七瀬から離れろ」



「やだ!七瀬と一緒にいる!」




半ば無理やり、紫夕くんは七瀬くんごと部屋の外に引っ張り出して、茜さんはどこかに連れていかれた。




部屋にただ一人残された私は、何かが壊れた音がした場所でしゃがむ。





目の前には、袋に入ったまま壊れたピアス。



「……」




さっきまで、ここにあって安心したのに、なんで、こんな、時間だって全然たって、ないのに。




「ごめんね」



結局、七瀬くんにつけてもらえること、なかったね。



日の目を見ることなく壊れたピアスを自分のポケットへとしまう。





茜さんがこの部屋に入ってきてから、七瀬くんは一度も私の方を見てくれなかった。



キスをされた時でさえも、私のこと、気にしてもくれなかった。




わかっていた、ことなのに。


最初から、覚悟して好きになったはずなのに。




ここまで胸が痛いと思わなかった。




「……」




さすがに目の前では、しんどいね。


電話でさえも、かなりの破壊力だったのに。




床を見つめていれば、どんどん視界が滲んでくる。


気持ち悪くて、また頭が痛くなりそう。




来るんじゃなかった。



紫夕くんに、帰れって言われたときに言う通りにするんだった。



”わかったよ。どこ行けばいいの”



…あんな愛おしい目で見つめられていた茜さんが羨ましい。






どこにも行かないで、ここにいてよ。


あの時、誰かに口を塞がれいたわけでもないのに、口を開くことができなかった。



私は最後まで都合のいい女で。



七瀬くんは茜さんとキスまでしていたのに、七瀬くんは私に弁解することなく、焦るわけてもなく。



もともと、私なんか部屋にいなかったみたいにすら感じた。





泣いてるところ見られる前に、早く帰らないと。



戻ってきてくれるかもしれない、その期待すら高望みだってわかる前に、早く帰ろう。




―――、



荷物を持つと、この部屋に向かってくる足音が聞こえる。




七瀬くんかもしれない。



そんな期待は、やっぱり捨てられない。




今はこんな顔見られたくないけど、会いに来てくれるのは素直に嬉しい。




と。


そんな期待は持つべきではなかった。




ドアを開けて、入ってきたのは七瀬くんではなく、紫夕くんで。




「……」



心なしか、私を憐れむような目で見ている。



泣いたのがばれるのは、紫夕くんでも嫌。



とっさに顔を拭って、証拠を隠滅する。











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