27



「……どんな人なの、その、茜さんって人」




七瀬くんを夢中にさせる、女の人。





「胸がでかい女」



「胸?」



「傍若無人な奴で、七瀬は振り回されてばっかだったな」




いつも余裕たっぷりの七瀬くんが、振り回される…。


正直想像があんまりできない。




「その女以外、どうでもいいんだよ」



お前も含めてな。




「この時間にここにいねえのは、茜を迎えにでも行ってんだろ」





紫夕くんの言葉の一つ一つが矢となって私に突き刺さる。





「七瀬くん、いつからその人のこと好きなの?」



「んなこと知るかよ」



「そう、だよね」




知ったところでどうにもならない。





もともと七瀬くんは私のことなんか好きじゃ無かった。


思い出しては、落ち込んでいく。



決して慰めにはならない言い訳の言葉。



自分に言い聞かせるだけの、傷つけるだけの言葉。






「なんで、七瀬くんは私と付き合ったんだろうね」




あの時の言葉は、ちゃんと覚えてる。



七瀬くんは私のことを必要って言っていた。



私はあまりにも、その言葉に期待しすぎてしまっていたのだろうか。




期待することもせず、


七瀬くんの優しさを知ることなく、


七瀬くんの体温が低いことさえ知らないままだったら。



こんなにも、七瀬くんを好きになることはなかった。





「帰れよ」



紫夕くんに引っ張られた腕。


きっとそれは無理やりでも、私を帰らせるためのもの。





「やだ。帰らない」




駄々をこねる子供のような言い方に、紫夕くんは眉を顰める。




「七瀬くんにここで待っててって言われたから」



「は?」



「ここで七瀬くんが来るのを待ちたい」





最後でもいい。



期待しない…のは無理かもしれないけど、もう諦めているのも事実。


だから、最後は七瀬くんから直接終わりを聞きたい。




人づてや電話なんかじゃなく。




私のことは最初から好きじゃ無かったんだって。



もう、要らないんだって。




「離して、紫夕くん」




最後くらい、ちゃんと。








私を掴む手が少し緩まる。


それでも完全に離してはくれない。




「……」




何か言いたそうな目を向け、それ度も何も言わない紫夕くんはもう一度、手の力を強める。




「…紫夕くん?」



「……」



「……」



「……………つ」





紫夕くんが言いかけた言葉は、部屋の外から聞こえた音で止まる。


一際大きくなった一階の声が教えてくれる。




「来たな」




……茜さんが来た。




掴まれている腕から、その緊張が伝わってしまいそう。


だけど、その手は緊張が伝わる前にゆっくりと離される。




それから、七瀬くんが部屋に戻ってきたのはすぐのこと。



勢いよく開いた扉。



少し息が乱れている七瀬くん。




……急いで戻ってきてくれたのかな。




「何で紫夕がいんの」



「俺がどこにいようが勝手だろ」



「ここは別でしょ」




前に七瀬くんは私には優しくないって思ったことあったけど、全然そんなことなかったね。



ただ平等なだけだった。



私が、勝手に彼女という肩書の優しさを欲しがっただけ。





「七瀬くん」



あと、何回こんな風に気安く彼の名前を呼べるだろうか。




「誕生日の日に七瀬くんが電話してたのって、茜さんだよね」




何のためにもならない答え合わせに、七瀬くんは目を見開いて驚いている顔つきになる。



だけど、すぐ戻って「うん」と言いづらそうに頷いた。




「あの日の、……電話のことは、その、私に聞かせるつもりだったの?」




「電話?」




ただ、本当のことを聞きたいだけなのに、まるで七瀬くんをとっちめてるみたいに。


私が怒ってるみたいに聞こえる。




「……電話って何のこと?」





七瀬くんが誤魔化すのが上手なのか、ただ言っている意味が伝わっていないのか。


でもとぼけているようには見えない。




「その、えっと、七瀬くんに電話かけた時に……」




内容が内容だけに言葉に詰まる。


どう言えばいいかな、




「つながったんだけど、声が変で、」



「声?」



「………してる声が聞こえて、」




声が震える。


これを伝えて、返ってくる言葉が怖い。




「何を?」



はっきり言わないせいで、七瀬くんにも紫夕くんにも言いたいことが伝わっていない。



それでも、その先に続く言葉が見つからない。




「……」



私が話すのを待っているのか、それとも呆れているのか。


二人とも私の方を向いて、私の言葉を待っている。












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