26




「…俺、ちょっと行くところあるから」





次に七瀬くんが口を開いたのは、部屋を出るという報告だった。




「じゃあ、私も友里のところに、」



「ダメ」




片手で私の行く道を塞いで、そのままベッドに座らせられた。




「お願いだから、この部屋から出ないで」



「……」



「すぐに戻ってくるから、ここで待ってて」




圧倒されているうちに、七瀬くんはどこかに行った。



一人になった部屋を見渡した後、カラーボックスが目に入る。



正確には、カラーボックスの一番上。



小さい透明の袋に入ったそれ。




見覚えのある小ささと中身。




「……私があげた、ピアス」




響かない部屋で一人寂しく呟いた。




柄の包装だけ取ってあって、ピアスは売ってる時のままの状態で袋に入ってる。




嬉しい、悲しい、そんな感情よりも先に疑問が頭の中で埋め尽くされる。



ここにあるってことは、忘れられているわけではないってこと?




忘れられていないのに、つけてはくれない。



単純に好みじゃない、とか?





だけど、少しだけ。



本当に少しだけ、ここにあるピアスを見て安心した。




なんとなく、見つけやすいこの場所に置いてあることに安心した。






「―――七瀬、」




聞こえた声に慌ててピアスを置いてあった場所に戻す。



ノックとかそういうのもなく、呼ぶ声と同時に部屋に入ってきたのは紫夕くんで。




「お前、来てたのか」




紫夕くんも七瀬くん同様、私が来ていることに驚いた感じだった。



それがいつもの威圧感を半減させてる様子。




「うん、友里と一緒に」



「七瀬は?」



「さっき、どこかに行くって出ていったけど」



「お前のこと置いて?」




頷くと、「あっそ」と一言。




七瀬くんがいないのを確認すると、すぐに部屋から出ていこうとする紫夕くん。




「あっ!ちょっと待って!」




呼び止めた声が思っていたよりも大きくなる。




「この前のことなんだけど、」



「この前?」



「タクシー呼んでくれた時の」



「ああ」




うざったそうに私を見下ろす紫夕くん。



ずっと見上げていたら、首が痛くなりそうなほど身長が高い。




「ありがとう。…来てくれて。タクシー呼んでくれて」




友里に言われたから、そうは言っても学校も違う私にそこまで良くしてもらう義理はない。




やっぱり紫夕くんは、顔に似合わず優しい。




「んなどうでもいいことで引き留めんな」





口は悪いけど。




「どうでもよくないよ」




あの時、真っ暗な中から私を引っ張り上げてくれた紫夕くんには感謝してもしきれない。




「人に感謝してねぇで自分の心配でもしてろよ」



「自分の心配?」



「…聞いてねえのかよ」




ため息を小さく吐き、めんどくさそうに舌打ちをした。




「お前も座れよ」



紫夕くんはベッドに腰掛けると、ただ突っ立っている私を隣に座るように促す。




「…うん。」




少し間隔を開けて隣に座ると、今度は呆れたように紫夕くんはため息をつく。




「やっぱり馬鹿だな」



「……」



「本当に座ってどうすんだよ」




さげすみながら見下ろしてくる紫夕くんは足が長いのか、座ると目線の高さはそれほど変わらない。




「…紫夕くんが座れって、」



「あーはいはい、もういいわ」




適当にあしらった後、結局紫夕くんはベッドから立ち上がって離れる。





「……さっきの話だけど、私の心配って何?」




「お前が七瀬に捨てれられる心配」



「……」



「茜が戻ってきたら、お前は用無しになるんだよ」





一度しか聞いたことない名前。


電話越しで、顔すら知らないその人。




だけど、一度も、一日たりとも、忘れることなんかできなかった。




「……茜さん」




皮肉にも七瀬くんと同じ呼び方をした私に、紫夕くんは可哀そうな目を向けた。



でも、それは一瞬。



すぐに目を細めた。




「茜が戻ってくるから、今日はそれのバカ騒ぎだ」



今日の集まりは、茜さんのためのもの。



……七瀬くんと紫夕くんが私がいて驚いた理由が少しわかったかも。




完全に場違いだもん。




七瀬くんはきっと私には来てほしくなかっただろうな。




茜さんには、彼女はいないって、そう言ってたし…。




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