21


『つーか、何?そんなこと前まで聞いてこなかったじゃん』





やだ、やめて。



『茜さん、……そろそろ俺のこと好きになった?』




七瀬くんの声で、知らない人が話してる。




『……そーかもね』




心臓を誰かにぎゅっと掴まれたみたいに痛い。



『、っ、っんん』





女の人の甘く善がる声を最後に、通話は切れて、それ以上携帯は喋らなくなった。




電話を切るつもりが間違えて出たとか、それとも私に聞かせるつもりだったとか。




……ううん、そんなことどっちだっていい。


なんだっていい。




”――いないよ、彼女なんか”




聞き間違いなんかじゃない。


七瀬くんははっきり、そう言っていた。




頭が痛い。



これ以上何も考えたくなくて、歩道の端、誰の邪魔にもならないところでしゃがみこんだ。




ここは人通りもあんまりないし、道の幅が狭いから車が通ることも滅多にない。




落ち着くまでここに―――





「―――……おい」




後ろから聞いたことのある、ぶっきらぼうな声。



反射的に体が強張る。




「座り込んで何してんだよ」



「な、なんで、紫夕くんがここに、」




久しぶりに見た紫夕くんの制服姿。



至極面倒くさそうな顔で、私を見ている紫夕くんは、私の腕を掴んで引き上げる。







「偶然、居合わせたとか…?」



「んなわけねーだろ」




形の良い目を細めて、私を睨む。



彼の眉間の皺は私の前だと張り付いたように取れない。




「てめえが七瀬は嫌だとか抜かすから俺が駆り出されたんじゃねえか」



「…それはどういう、」



「竹林から連絡が来たんだよ」



「友里、から……?」




そんなに顔色悪く見えたってこと?


事情を聴いても飲み込むことができない状況に戸惑っていれば、



「手間のかかる女だな」



そう言って紫夕くんは歩き出した。



腕をがっしり掴まれているから、一緒に、と言うより無理やり引っ張られる。



少し歩いて、道が開けたところにはタクシーが1台止まっていた。


きっと紫夕くんが手配してくれたもの。




「ぅわっ」




タイミングよく開いたタクシーのドア。



後部座席に放り投げられ、柔らかい座席に顔をぶつけ、転んだみたいで恥ずかしい。



どう考えても紫夕くんの所為なのに、その姿を鼻で笑う紫夕くん。




「後は1人で帰れ」



「ちょっと待って!紫夕くん」




まだ開いてるドアから手を出して、学ランの袖口を掴み、歩き出そうとする紫夕くんを引き留める。




「……今日、って、さ」



「あ?何だよ、はっきり喋れ」



「今日って、七瀬くん学校に来てるの……?」




まだ私はみっともなく理想の七瀬くんを求めてる。


答えなんかもう出てるのに。



何度も何度も答えを教えてもらって。




その度に変わらない現状を突きつけられる。




「七瀬は来てねえよ」




――やっぱり、変わらない。




「そっか」




ダメ押しだったと思う。


曖昧にしていても、はっきりさせても結局私は、七瀬くんにとって、取るに足らないものだと痛感させられる。





「そんなに気になんなら呼べばいいだろ、電話でもメールでも」




「……」




「つーか、離せ」



振り払われた手をどうしていいかわからない。




「ただ聞いてみただけだから、そこまでじゃないの」



「……だるい女だな」



「……」



「さっさと帰って、糞して寝ろ」





なんだか、この口の悪さが心地いい。




紫夕くんに怯えてる間だけは、頭の悪さが気にならないような、そんな気がした。






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