18




「………七瀬くん。お誕生日、おめでとう」




少し離れた七瀬くんに向けた言葉。



昨日、意地を張って、結局言わなかった言葉。




絶対、今じゃないけれど、どうしても言いたかった。


一度逃したタイミングなんか待っていられなかった。




「はは、今?」




そんな空気の読めない私に呆れる様子を見せることなく、いつもみたいに優しく笑った。




「昨日、言えなくてごめんなさい」



「…俺も電話出れなくてごめんね」




誰も怒ってないのに、まるで喧嘩してたみたいに。





「これ、」




プレゼントはお詫びの品みたいになってしまったけれど。


やっと渡せる。




持ち歩いていた所為か、包装が少しよれていた。




「俺にくれるの?」



「うん」



「……ありがとう。本当に嬉しい」




七瀬くんのことだから、このピアスなんて、たくさんのプレゼントの中の一つ。


きっと1年も経たない間に、誰から貰ったものかも忘れられるような、そんなものかもしれない。



だけど、今、こうやって七瀬くんに喜んでもらえるだけで、それだけで、買ってよかったって思える。




「開けてもいい?」



「いいよ」




この緊張は、さっきまでと少し違う。


きっと安堵につながる緊張。



「ピアス?」




「うん、」




「そっか」




いつもより低く聞こえた声が気になって、七瀬くんの方を見るけど。


気のせいだったみたいに、穏やかに笑っていて。




「そういえばだけどさ、」



「ん?」



「昨日、誰と電話してたの?」



「……」




変な間ができた。



後悔するには十分な間。




「あー……、内緒」



七瀬くんは優しく笑う。



今だって、普段と変わらない笑顔を私に向けている。




忘れてた。


七瀬くんはどんな時でも、優しく笑う人だってことを。




「…どうしても?」



「うん、どうしても」




05:00p.m.




夕方のチャイムがこだまする。




踏み込んではいけない部分に、入りたがった私は無様に追い返される。



やけにチャイムが長く聞こえたのは気の所為なんかじゃない。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る