15
須崎くん呼びが、名前の七瀬くん呼びに変わった。
好きを自分の中で認めてからは、その気持ちが大きくなっていくのは早かったと思う。
今まで抑え込んでいた分が反発するみたいに膨らんだ。
「……」
暇なときは大体ここにいると、教えてくれた溜り場と呼ばれるこの場所は、思っていたよりもたくさんの人がいる。
”今コンビニにいるから、この部屋にいて”
と、メッセージでもらった部屋にいれば。
「あ」
「……」
七瀬くんよりも先に顔を合わせたのは、紫夕くんだった。
一緒に麻婆豆腐を食べたあの日以来。
”好きにならない”
そう宣言したあの日以来見る顔。
罪悪感からか、いつも不機嫌に見える紫夕くんの顔が、いつもより険しくていつもより怖い。
「こんなところで何してんだ」
「七瀬くんにここで待ってて言われました」
「あっそ」
そっけない。
そっけなくて、そのそっけなさに安心する。
と。
静かな空間に響くバイブレーション。
画面には七瀬くんの名前。
「――もしもし、」
『もしもし、つーちゃん?遅れてごめんね、さっき送った部屋わかった?』
「うん。今さっき、紫夕くんも入ってきて、一緒にいるよ」
『紫夕?……何で紫夕?』
「え?」
『……紫夕に代わってもらってもいい?』
「うん。ちょっと待ってね」
紫夕くんはいつの間にかベッドで横になっていて目を瞑ってる。
寝顔は眉間にしわが寄ることない、見たことないくらい穏やかな顔。
こうして見ると、七瀬くんに引けを取らないほど綺麗な顔。
「紫夕くん」
「……」
ゆっくりと目を開ける紫夕くんと視線が重なる。
いつもの不機嫌そうな表情。
起こされて本当に不機嫌かもしれないけど。
「起こしてごめんなさい」
「……」
「七瀬くんが紫夕くんに電話代わってって」
起き上がって差し出した携帯を受け取った紫夕くんはそれを耳に当てる。
「――もしもし」
『紫夕、今どこ?』
「俺の部屋」
『……』
「切るぞ」
『待って。つーちゃん俺の部屋入れてといて』
「……」
『……つか、わかってたでしょ。馬鹿紫夕』
電話が終わったのか、通話は切れた状態で携帯が返却される。
「七瀬くん、なんて言ってました?」
「……七瀬を待つ部屋が違う」
「え?」
「ついて来い」
混乱しつつ、部屋を出ていく紫夕くんの後を追う。
あの時みたいだ。
七瀬くんを訪ねて、学校に行ったとき。
今と同じで、紫夕くんの後ろをついて行った。
「思ったよりちゃんと付き合ってるんだな」
「それは、……どういう意味?」
「そのままの意味だ」
「……」
「七瀬に言い訳考えとけよ」
正しい部屋のドアを開けて、私の背中を軽く押す。
そのまま絞められたドアに、それ以上聞くことはできなかった。
紫夕くんが言った意味を深く掘り下げることが正解なのかもわからない。
……ただ、わかるのは。
「――お待たせ。遅くなってごめんね」
「ううん。大丈夫だよ」
「ところで、つーちゃんって方向音痴だったりする?」
「……そんなことないと思うけど、どうして?」
「この間抜け」
おでこを軽く指ではじかれて、その反動でおでこを抑える。
前髪が崩れそう、なんて思いながら七瀬くんの方を見れば、大きなあくびをしていた。
「眠いの?」
「あー、うん。…来てもらったのに悪いけど、ちょっと寝てもいい?」
「うん、全然。私のことは気にしないで」
うっすら隈ができている七瀬くんに、せっかく久しぶりに会えたのに、なんて我儘は言えなかった。
やっぱり、七瀬くんと私の好きは同じものではないのかも。
と。
私が必要、その言葉だけで嬉しかったのに。
短い間に欲張りになってしまったみたい。
それでも、この寝顔を独占できているこの瞬間は、時間がゆっくり流れているようで幸せだと思った。
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