13



友里の姿が見えなくなった後。



また視線を須崎くんへと戻す。




私の鞄を持ってるのも、私の腕を掴んでいるこの状況も何一つ理解できない。





「荷物、自分で持つよ」



「いいよ。俺が持ってあげる」




やっぱりこの人は頑固なのかも。


それに強引。



ニコニコしているのに、有無を言わせない感じが伝わってくる。




「何食べたい?」



「……」



「…食べたいものない?」



「すぐには出てこないかな」



「ふーん」




ゆっくり外に向かって歩き出す。


なんとなく隣に並ぶのは億劫で、少し下がってついていく。




ここからだと、須崎くんがどんな表情をしているのかが見えない。




「じゃあ、俺の行きたいところでもいい?」



「どこ?」



「内緒」



「内緒?どうして?」



「つーちゃんに教えたら、理由つけて断られちゃいそうだし」




だから行くまで内緒、と。



後悔、とはまた少し違う種類の心にひっかかる何か。


距離を置いたのは私のためで、それは間違っていないはずなのに。



須崎くんにそんなことを言わせてしまったのが、どうしても申し訳なくなった。


好きになってしまいそうで、怖いから距離を置いた。



…そんなこと言えるはずもないのに、言ってしまいたくなった。






「何回か断ったら、誘われなくなると思ってた」



少し前の私に、今のこの状況は予想できなかった。




「何回も断られるのなんか初めてだったからさ、ムキになっちゃって」



「……」



「別に行くか行かないかだけでいいのに、毎回丁寧に理由くっつけてくるのが面白かった」




こっちは断りの文句を考えるのが大変だったのに。

面白がられていたなんて、とても心外。




「まあそろそろ誘うのやめようかなって、思ってたんだけどさ。こっちは面白かったけど、つーちゃんは断んの大変だろうし」



「……」



「でも、なんかムカついてきちゃったんだよね」



「え?」



「だから誘拐しに来た」



唐突な方向転換に、目を丸くして顔を上げれば。


またあの意地悪気な笑顔。




「…誘拐?」



「攫いに来たとかの方がいい?」



「どっちも同じじゃない?」



「攫うの方がロマンチックに聞こえると思うけどなぁ」




ムカついてきた、と、確かにそう聞こえたのに、須崎くんが怒っているようには見えないから余計に混乱。



掴まれている手首は、じんわりと熱を帯びてきている気がした。


須崎くんの体温は低いのに。



自分の熱が上回ったのかもしれない。



心が落ち着かない。


もうだめかもしれない、そう思った。










内緒にされていたお店は、見たことがある店構え。



数日前に見た中華料理屋さんだった。




「中華?」



「うん。今日はここの気分だから」




できれば、ここ以外がいいと思っていたから、心がずしっと重くなる。



断っていた罪悪感というのはこんなにも長く、広く感じてしまうものなのか、と痛感する。




「何が食べたい?ここ量が多いから、二人で分けて食べようと思うんだけど」



「…そうなんだ」




知っている情報も知らないフリ。


須崎くんにはそれすら見透かされていそうだけど。





「何か嫌いなものある?」



「特にないかな。つーちゃんは?」



「私も特に…」



「じゃあ俺のおすすめでいい?」



「うん」





そういって選ばれたのは、麻婆豆腐。


もうこれは、全部知っているのではないかと、思ってしまうけど。


聞く勇気はなかった。

墓穴を掘ってしまうかもしれないし。





「どうして私の学校知ってたの?それに、クラスまで」



「この前の中華誘ったときに制服着てるの見たからさ、校門で名前出して聞いたの」



「教室まで来たのはびっくりした」



「びっくりすればいいと思った」



「…ムカつくから?」



「そう。ムカつくから」




口から出る言葉とは裏腹にニコニコと可愛い擬音がつきそうに微笑んでいる須崎くん。



きっとこの時、私は好きにならないと紫夕くんに宣言していたことなど、頭になかった。







「しかも、俺より先に紫夕と二人で食べに行ったでしょ?」



「……」



「それが一番ムカついたかな」





やっぱり知ってたんだ。


変わらず笑顔の須崎くんからは感情は読み取れない。




「あ、あれは断り切れなかったのもあったっていうか…」



「つーちゃん、強引なのに弱そうだもんね」



「そんなことないよ」



「自覚ないの?危ないよ?」




そして運ばれてきた麻婆豆腐。


レンゲで取り皿によそってくれて、私の方へと差し出す。




「はい、どーぞ」



「ありがとう」




いただきます、と口に運んだ麻婆豆腐はこの前と同じで辛いけど美味しい。




「……やっぱり怒ってる?」



「……全然?」



「ムカついてるのに?」



「つーちゃんは俺に怒っててほしいの?」



「そういうわけじゃないけど、」



「俺の機嫌伺うくらいなら、誘いに乗ってくれればよかったのに」






やっぱり須崎くんは怒っているようにしか見えない。



この人には笑っていてほしいのに。




自分の行動が須崎くんにこんな表情をさせていると考えると、どうしてもやり切れない後悔が襲ってくる。



誘いを断り続けたのは、須崎くんが私の中でこれ以上大きなものにならないためなのに。





「……」



もう、いっそのこと、言ってしまおうか。




吐き出してしまえば、楽になれるだろうか。



もうご飯に誘ってくれることも、こうやって会話することもなくなってしまうだろうか。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る