11
……落ち着かせてくれる時間はなく。
”ラーメン食べない?”
”お好み焼き派?もんじゃ焼き派?”
”お寿司とかどう?”
ラインナップを変えて、誘ってくる須崎くんに断りを入れるたびに、罪悪感が募っていく。
この人、全然めげない。
絶対、頑固だ。
と。
もう、誘いに乗ってしまおうかと、私の方がめげてきたころ。
また、あの公園に知ってる人を見つける。
……紫夕くんだ。
会うのは、名前を聞かれたときぶり。
公園にいるのも相まって、否応なしに、人を殴っていた光景が頭の中に流れる。
「……」
「……」
結局、目が合ってしまい。
気が付かないフリはできなかった。
頭を下げて、公園を通りすぎようとするけれど。
「……」
無言のまま、こちらを凄みながら、私の行き先を阻んだ。
かなり距離があったはずなのに、身長…というよりも足の長さ?
一歩が大きいんだ。
「な、何か用ですか?」
「来い」
そう言うと歩き始めてしまう紫夕くんに、戸惑いながら。
ついていかないと、殴られてしまうかもしれない。
そんな気持ちを抱きながら、彼の後を追う。
ついて行っても、安全かはわからないけれど。
「……中華料理屋?」
このお店は、須崎君が言っていた中華料理屋なのかな?
中に入った紫夕くんの後に続いて、彼の向かいの席に座る。
「あの、来いっていうのは…」
「この店は一人だと量が多いんだよ」
「……なんで私なんですか?」
「意味なんかねえよ」
めんどくさそうにあしらわれて、それ以上聞けなくなった。
「何がいい?」
「……じゃあ、麻婆豆腐で」
「……」
一瞬固まったと思えば。
特に何か意見するわけでもなく。
麻婆豆腐を店員さんに注文していた。
「よかったんですか?麻婆豆腐で」
「ああ」
読み取れる気がしない険しい表情はいつものこと。
嬉しい時とか、悲しい時とか、紫夕くんはどんな表情をするのだろうか。
この人が表情を動かすようなことは、どんなことなんだろう。
須崎くんとかなら、わかったりするのかな?
「あの公園でよく会いますね」
「そうだな」
息が詰まりそうになるこの空間。
お冷を飲むペースがいつもより早い。
「この前、あの公園で須崎くんにも会いました」
「……」
「中華食べに行かないかって誘われて、ここのことかもしれないですね」
なんか口にして、また須崎くんへの罪悪感が増した気がする。
別の人と、それに須崎くんに近しい人と来てしまった。
どうか、須崎くんが言っていた中華が、ここのお店ではありませんように。
「七瀬を好きになんじゃねえぞ」
私のコップにピッチャーでお水を注ぎながら、紫夕くんはそう言った。
「…どうしてですか?」
そう私が返したのを聞いて紫夕くんは呆れたようにため息をつく。
そのため息を見て、自分の言葉に後悔し始めた。
どうしてって、もうすでに須崎くんを好きっていってるようなものじゃん。
忘れてくれそうにもない紫夕くんは続ける。
「時間の無駄」
詳しいことは何も言わない代わりに、きっぱりと言い放った紫夕くん。
注文した麻婆豆腐が来たこともあり、それ以上何も聞かなかった。
またボロを出してしまうかもしれないし。
何で時間の無駄になるのか、本当は聞きたかったけれど。
「麻婆豆腐美味しかったですね。結構辛かったけど」
「………ああ」
「ごちそうさまでした」
お金を受け取ってくれず。
おごってくれた彼にお礼の言葉を言うけど、どんどん歩き始めてしまって、ちゃんと伝わっているのかもわからない。
来た道を戻っていく紫夕くんに小走りで追いつく。
「…さっきの話ですけど」
「……」
「須崎くんのこと、好きにならないので大丈夫です」
何度も決意して、何度も揺らいで、この言葉でさえ口に出したら言霊になって現実になるんじゃないか、って思っただけのものだけど。
この時の私は、口に出すことで自分の気を引き締めることができたんだ。
他でもない、須崎くんの近くにいる紫夕くんに言うことが、一番だと思った。
「……」
何も言わず、振り返ることもなく、歩き続ける紫夕くんは、見透かしてたんじゃないかと思う。
私の宣言めいた言葉が嘘になることも。
もう意識的に排除しなければならないくらい、七瀬くんに惹かれていたことも。
これは後からわかったことだけど、紫夕くんは割と、人のそういうの読み取るのが上手だから。
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