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それから数日後。



その日は向こうの友達と遊ぶ日。




高速バスは予約してあって、あとは乗るだけ…だったんだけど。







「あの、東京に10時に着くバスにどうしても乗りたいんですけど」



声がした。


あの、怖い日がふと蘇るあの声。




”……紫夕?”



あの人だ。あの怖い人の知り合い。




「お調べいたしますので少々お待ちください。」




10時に東京。


私が乗るバスだ。





自分のチケットを思わず見直す。





「…申し訳ございません。東京行きの10時到着の便は満席でして、10時半到着の便でしたら、ご案内できるのですが」




普段なら、きっと気にしなかったと思う。





「立ち乗りとかでも、構わないんでダメですか?」




「申し訳ございません」




その人があまりにも必死で、残念を通り越して絶望さえ顔に浮かべるから。




その人がどんな人であっても。


あの怖い人のように人を殴ったとしても。




……助けたいと思った。





「……あのよかったら、これ、どうぞ」




恐る恐る自分の持っていたチケットを差し出す。




「いいの?」



「私はお昼までに向こうまでに向こうに着ければいいので」



「ありがとう。今度お礼させて」





思ったよりも優しい口調のその人は、安心したように笑って。



万札と学生証を差し出した。




「学生証、預かっといて。もし会えなかったら会いに来て」




そういって、私が乗るはずだったバスに乗るその人。




東京行きのバスなんて、一万もかからないのに。





「――須崎 七瀬」



大抵写真写りが酷くなる学生証の顔写真。


だけど、この人はそんなの諸共しないで写ってる。






この日から、ずっとチケットを譲った時の七瀬くんの笑顔がずっと頭から離れなかった。





なんか一目惚れでもしてしまったのかと。


自分でも思ってしまうほど。




彼の学生証が手元にあるのも原因の一つだと思う。




一応出かけるときは、彼の学生証とバス代のおつりを持ち歩いているけれど。




これはもう会いに行った方がいいのかな?



……会いに来てって行ってたし。





と。



一週間くらい経ってから、学生証に書いてある高校に足を運んだけれど。


着いてすぐ後悔した。



だって、この高校。

どう見たって、治安が悪い。




「……」




学生服の着崩れかたも、門の塀にある落書きも、すぐ近くで行われている殴り合いの喧嘩も。




目に映る全部が、あの夜のことを思い出させる。



どんなに優しい声でも、穏やかな笑顔だったとしても、”須崎七瀬”は紫夕と呼ばれたあの怖い人と知り合いだった。



そしてこの学校は怖い人しかいないのかも。





……帰ろう。



偶然二回も会えたんだから、また次があるはず。




と、踵を返したところ。


後ろにいた誰かにぶつかった。




「いっ、」



鼻が少し潰れて、痛みで鼻を抑える。




黒い学ランが目の前にあり、少し上を見上げれば。


眉間にしわを寄せて、機嫌の悪そうな顔の男の人。




「っごめんなさい」




謝って、すぐ逃げ出そうと思ったら。


持っていた鞄をつかまれる。




「おい」




殺されるかもしれない。


ふと、そんなことを思った。

心臓が跳ね上がる。





 








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