第2話 今の居場所

朝の古本屋「時雨堂」(じうどう)には、いつものように静かな時間が流れていた。

焔花はカウンターの上で古い本を並べ直しながら、通りを歩く人々のざわめきに耳を澄ませていた。


「おい、今日も守炎者の見回りだってよ」

外からそんな声が聞こえてくる。


ふと窓の外を見やれば、赤い徽章(きしょう)を胸に付けた青年が、守炎者の制服を身にまとい、通りを巡回していた。


――守炎者。

炎を扱う力を“人を守るため”に使う者たち。

国が誇る存在であり、人々からはヒーローのように慕われている。


「やぁねぇまた出たんでしょ逆炎者」

「そうなのよ!怖いわぁ」

そんな主婦達の会話も耳に入る。


一方で、街の裏には“逆炎者”と呼ばれる者たちもいる。

炎を悪に使い、人を脅かし、時に街を炎で焦がす存在。


新聞の片隅に小さく載る彼らの記事を見たとき、焔花はいつも胸の奥がちくりと痛んだ。


――そうあの夜を思い出すから。


あの事件は、世間で衝撃的に報道された。

日本だけでなく、世界にまで知られることとなった。


───青焔は「家が倒壊して火事が起きた不運な事故」と───


あの夜、たまたま大きな台風が街を襲い家は倒壊されたと……


何年前何十年もそこでずっと暮らしていたのだから老朽化してるのだって当たり前。


誰も疑わなかった、殺されたと……


不慮の火事事故としてニュースで報道された。

それは世界にはもう青焔はいないということでもあった。


─────────

彼女の視線は一瞬、ポケットの中の破れた紙切れへと落ちる。

触れることはしなかった。ただ、そこにあると意識するだけで、過去の影が迫ってくるようで。


何度読み返しても、そこに記されているのはたった一行。


 「あの夜、白炎を見た。燃えぬはずの魂までもが喰われていった。」


 ……白炎。

 あの時、確かに私は見た。赤や橙の炎ではなく、全てを静かに呑み込む白い炎。

 あれがなんなのか、どうして我が家を襲ったのか。なぜ正体がバレたのか。

答えはまだ分からない。


だから私は探す。

この店に並ぶ何千冊もの本の中に、あるいはいつか入ってくる誰かの本の中に――。

父が託した切れ端の“元の本”を。


 「ほむか、そっちの棚も頼んだぞ」


 奥から声をかけてきたのは店主の文蔵さん。七十を越えているはずなのに、しゃんとした背筋で、白髪混じりの頭をゆっくり揺らしながら歩いてくる。


 「はい、わかりました」

 私は頷き、古本を抱えて棚に戻す。


十年前、父が遺した住所にあった古い一軒家で一人、誰にも会わず隠れて生きてきた。

同時に、あの紙切れの元となる本を探していた。


そして二年前、見つけたのがこの街はずれの小さな古本屋。

この店は三百年以上の歴史を誇る。きっと、日本でも最古の古本屋に違いない。


そうここが今の私の居場所だ。


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