第1話 白炎の夜――焔花の誓い
───10年前───
――赤い炎ではなかった。
緑でも黄色でも橙でもましてや、青でもない。
目の前の家を包み込んでいたのは、白く淡い、不気味な炎だった。
音もなく、ただ静かに広がり、燃えているのに熱を感じない。
聞こえるのは悲鳴と泣き声。
そして……次々に途切れていく声。
「お父さん! お母さん! お兄ちゃん……お姉ちゃん……!」
駆け込んだ先にあったのは、崩れ落ちる母の姿。炎に呑まれ、もう動かない兄の身体。
手を伸ばしたが、その腕すら白い炎に焼かれて消えていく。
……私の家族は、もうすでに――。
「焔花……!」
唯一、まだ息のあった父が、力を振り絞って私を抱きとめた。
その手には、破れた紙切れが握られている。震える声で言った。
「……偶然、見つけたんだ……古い本の……切れ端を……まさか…ほんとにあるとは…こんな色の炎が……」
紙にはこう書かれていた。
あの夜、白炎を見た。燃えぬはずの魂までもが喰われていった。
「これを持って……必ず、生きろ……」
血に濡れたもう一方の手から、小さな封筒を渡される。
中には住所が書かれていた。街はずれの、誰も知らない一軒家。
「……もしもの時のために……隠していた。そこへ……行け……」
「でも、お父さん……みんなが……!」
「行け、焔花……! 行くんだ……お前だけは……お前だけ…は…生きなさい……!」
父は最後に、焔花の手を強く握りしめた。
「……生きろ。そして、この国を……守ってくれ」
その声は、途切れ途切れで、それでも必死に紡がれていた。
白い炎が、家族をすべて奪っていった。
私は振り返ることなく走った。
涙で前が見えなくても、ただ必死に――。
父は悟っていたのだろう。
この謎の炎…白い炎がやがて世界を脅かすと。
だから私に託した……
───守炎者になれ。
───世界最強として、国を背負え。
それが父の願いだった。
だが幼い焔花の胸に残ったのは、違う言葉。
燃える家。焼かれた家族。焼き付いた白炎。
あの夜の光景が、心を呑み尽くしていた。
かつて、“青焔の一族”と呼ばれる者たちは、世界にいくつもいた。
青い炎を宿すその瞳は、人々に畏れられ、同時に狙われた。
力を求める者たちに殺され、奪われ、やがて数を減らしていく。
そして、最後に残ったのが――青藍家。
たった一つの───焔花の家だけだった。
「復讐する」
焔花に残ったのは、その言葉だけだった。
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