運の悪い男〜運が悪いにもほどがある?〜

赤坂英二

運の悪い男



 男は至極普通の男であった。外見も普通、学力も普通、仕事の成績も普通。取柄といえば、優しさと真面目さであった。




「しかしこう真面目にやってもすべてが平均的ではやる気も起きなくなるものだ」




 そう思いつつも、結局サボることもできずに真面目に過ごしてしまうのが男の悩みだった。




 休日。予定もなく街をぶらぶら歩く。



「誰かの落とし物でも拾って、一攫千金といかないかな」



 正直このように真面目に生きているのだ、少しくらい恵が会ってもいいではないか。




 そんなありもしないことをふと考えた。



 こんなことを考えても罰は当たらないだろう。



 しかし現実は残酷である。



「テレビの調子は悪いし、恋の気配もない」



 男の歩幅は無意識に小さくなった。



「ん?」



 ふと道の端に何か小さくなっているものが見えた。近づいてみるとそれは老人だった。



「もしもし、大丈夫ですか?」



 持ち前の優しさから素通りすることは出来ず話しかけてみた。



「あぁ、大丈夫。しかしお腹が空いていてな」



 老人は振り向いた。白く長いひげが胸元まで伸びていた。



「お腹が……」



 男はあたりを見回して、角にある店から和菓子を買ってきて渡した。



「良かったら食べてください」



「これはご親切に」



 老人は男から和菓子を受け取り、パクパクと食べた。



「これは美味い」



 男はその様子をじっと見ていたが、途中で老人の様子が気になった。



「すごく変わった格好をしていますね」




 服装が男の想像する老人が着るものではない。そして足元には不思議な形の杖。




 物語に登場する仙人か何かのいでたちである。



「あなたは何者ですか?」



 思わず訊いてしまう。



「私か? 神だ」



「神? あなたが?」



「そうだとも」



 老人はニヤリと笑う。



 嘘を言っているようにも、妄想に取りつかれているようでも、ボケているわけでもなさそうだ。



 真顔で言う老人。その瞳を見た瞬間、男はなぜか信じてしまった。



「助けてくれたお礼に君に憑いてやろう」



 男にとっては吉報だった。



「こんな私に神様が憑いてくれるなんて、どうして私なんです?」




「特に理由はないさ。ただ君が気に入ったのだ。嫌ならすぐにでも出ていこう」




 男は大げさすぎるほど大きく手を振った。



 こんなチャンスは二度とない、逃してなるものか。



 神は満足そうに笑うと、男の背中の後ろに憑いた。



 男は意気揚々と大股歩きでずんずんと道を進んでいく。



 商店街の一角に人混みができている。



 どうやら抽選会をやっているらしい。




「そうだ今くじを引いてみよう。神様と一緒なら良い賞がもらえるだろう」




 男は景品の表を眺める。



 なんと、一等には最新モデルのテレビがあった。



 まさに買い替えを考えていたところだ。



 こうなるとまさに絶好のタイミングである。



「今ならあれがあたるかもしれない! テレビを変えられるぞ!」



 意気込んでくじを引いた。



「残念、参加賞ですね。ペンをどうぞ~」



「結果は残念賞か……」



 男は列を離れた。



「おめでとうございます~。一等賞大当たり~!」



 チリンチリンとベルが鳴り、わっと拍手が巻き起こる。



 男の後ろに並んでいた人がテレビを当てたのだ。



「……」



 どうしてだろうか、自分には神が憑いているのに運が悪いのか。



「神様への気持ちが足りないのかもしれない!」



 男の神への奉仕が始まった。



 奉仕といってもただ神との共同生活である。



 神との生活は意外と楽しいモノだった。



 神は豊富な知識を男にいろいろ話した。




 別に今後の生活に役立つわけではないが、神から聞く話と合ってなんでもありがたく男は聞いていた。



***



 リリリンと電話が鳴った。



「久しぶりだなぁ。元気か?」



 電話の向こうからは懐かしい友人の声がした。



「あぁなんとかやってるよ」



「彼女はいるか?」



「何だよいきなり。そんなのはいないよ」



 友人は高らかに笑った。



 しばらく話すと、友人は恋人ができたらしい。




「そんな話をしたくてかけてきたわけじゃあるまい。用事があって電話してきたんだろう? 貸せるほどの金は持ってないぞ?」




「実はさ、今度バスツアーのチケットが当たったんだが、一緒にどうだ? 彼女が行けそうになくってな」




 そこは男が一度は行ってみたいと思っていた秘境に行けるツアーであった。



「それは是非行かせてもらいたい!」



 男は友人に別れを告げて電話を切った。



 男はガッツポーズをした。



 どこからか「ウーウー」と歓声のような音が響いた。



 どこかに向かう消防車のサイレンの音だった。



「よしよし。ようやく運が向いてきたらしい」



 男は寝ている神に向かって両手を合わせた。



***



 数日後、男がテレビドラマを見ていると、急に「ブッ!」という音と共にテレビは真っ暗になった。




「遂に壊れてしまった……」



「今良いシーンだったのにな……」




 後ろで見ていた神が残念そうに言い寝転んだかと思うとスヤスヤと寝息を立て始めた。。




 すると電話がリリリンと鳴った。



「もしもし」



 出るとこの間の友人からだった。




「突然すまないな。実はツアーの件なんだが、やっぱり他の人と行っていいか?」



 実に言いにくそうに、申し訳なさそうに友人は切り出した。



「だって、それは俺と一緒に行くはずだったじゃないか」



「悪いな、どうしても行きたいって言ってくる奴がいるんだよ」



 この口ぶり、相手は女だろうと男は直感した。きっと彼はその女性にぞっこんなのだろう。



 心優しい男の性格上、怒ることもなく静かに受け入れた。



「……わかったよ」



「すまないな。今度夕食をおごらせてくれ」



 男は力なく電話を切った。




「おかしい。最近とても運が悪い気がする、どうしたことだろう。なぜこんなに貧乏くじばかりひかされるのだ……」




 男はふと神の方を見た。



 いつのまに起きたのか神はあくびをしながら背中を搔いていた。



 思えばこの神と出会ってから運がとにかく悪い気がする。



「あなたは何の神様なのですか?」



 男がそう訊くと、神は胸を張ってこう答えた。



「私は、貧乏くじの神だ」



「貧乏くじ? 貧乏神ってことですか?」




「そうではない。貧乏神はもっと高位の神だ。あれが君に憑いていれば、とっくに君は破産しているだろう」




 えっへんとばかりにさらに神は胸を大きく張った。




「つまりあなたがいる限り私は貧乏くじを引かされるということでしょうか?」




「まぁそういうことになる。君が神に良くしてくれるから、想像以上の力

が発揮されてしまったようだ。君が出て行けと言えば私はすぐにでも出ていく。そのほうがいいかな?」




「出て行ったらどうなるのです?」



「またどこかを彷徨うよ」



 そうなればまた空腹で倒れてしまうかもしれない。



「まだこのままでいいです」




***



 それからしばらくして、男はまた町をぶらぶらと歩いていた。



 本当なら今頃バスツアーに参加中で楽しんでいたはずだった、そう考えると足が鉛のように重かった。




 何も考えずにまた商店街に来てしまった。



 電気屋、ショーウィンドウにテレビが置かれている。



「最新式か、綺麗な画面だ」



 ぼんやりと画面を見ていると、あるテレビの型がリコールされているとニュースが流れていた。



「これは……あのとき一等賞の景品のテレビじゃないか⁉」



 確かにそれはそのテレビだった。



 男が食いついてニュースを見ていると、買い物に来ていた年老いた女性が後ろから話しかけてきた。




「このテレビ、突然燃えて火事の原因になるらしいわよ。怖いわよねぇ。この間この辺でも火事があったんだけどその火元もこのテレビだったんですって!」




 男は次にテレビに表示されたニュースに目を奪われた。



「きょう未明、○○観光会社の××行きのバスがスリップを起こし、崖から転落。乗っていた者の生存は絶望的〜……」



 ニュースキャスターが無機質な声で事実を伝え続けている。



「これはあの時の旅行じゃないか」



 自分が参加するはずだったあのバスツアーが大事故になったのだ。



 もし自分があれに参加していたら、死んでいたかもしれないと男は思った。



「いや、死んでいたのだ……」



 そう呟いて、ゆっくりと背後を見た。



「貧乏くじを引かされるのも悪くないだろう?」



 神は嬉しそうに言った。





++

 作者より


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