最終話 白蛇の仔(はくじゃのこ)
俺は夢を見た。
…後から思えば、その夢は、あの白い幼子が残した記憶の残滓だったのかもしれない。
それは、以前にこの街で発生した『幼児死体遺棄事件』の夢だった。
幼い子供の身体に鮮血が降り注ぐ。
それは押し入った強盗に無惨に殺された幼児の両親の血だった。
強盗は幼児を連れ出した。
金目のモノは奪った。後は自らの衝動を満たすだけ。
それから僅か一時間。幼児は、地獄を見た。
そして、古びた神社に棄てられた。生きたまま。
だが、じきに、命が尽きる。
寒いよ。
冷たいよ。
寂しいよ。
誰か、一緒にいてよ。
一人は、嫌だよ…。
誰か、手を、ギュッと、してよ。
幼子の体温が、雪の冷たさに奪われる。
だが、その時。
幼子の温もりが、地面の下に冬眠していた蛇を、目覚めさせた。
その蛇は、雪と見まごうばかりの純白だった。
その幼子に蛇は寄り添う。
蛇の体躯は冷たく、幼子も既に冬に熱を奪われていた。
しかし、幼児が死すまでの、その短い時間。
その二つの命は互いの仄かな温もりを共有した。
僅かな時間だった。だが共に生きたその二つの命にとって、それは確かに家族の営みだっだのかもしれない。
…その蛇を、俺は殺した。
ただ、家族を、家族の愛を求める子供を、俺は殺した。
ーーーーーーーーーーーーー
ユガミの訃報が届いた。
自室の窓から転落したそうだ。
即死だったという。
部屋の中の痕跡を調べた限りでは、
自殺。
そう断定されたらしい。
…あれに殺されたのだろう。
俺の家族を奪った、あれに。
ユガミの自室には、俺宛のメモがあったそうだ。
気を利かせた関係者が、後日、俺の手元にそのメモを届けてくれた。
手紙の内容は…
白蛇に纏わる一連の災厄の、その真相だった。
俺にしか通じない内容のそれは、無関係な者には意味不明なものに見えたことだろう。
しかし。
これはユガミがおそらく命を賭して俺に託したものだ。
…
だが。
俺は、その手紙を読む前から。
なんとなく、その内容を察していた。
そして、俺がどうすべきか。
その覚悟は、既に決まっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
[ユガミのメモ]
白蛇児の中に、もう一体、何かがいたんだ。
白蛇児本体は滅びたが、そいつは滅びていない。
まだ、終わっていない。
あの白蛇児は、白蛇だけではなかった。
他の怪異…。例えば他の死者の魂が混ざっていたんだ。
その過程や原因は僕には解らない。
しかしおそらく君の見てきた白蛇児の姿から察するに…子供の霊が白蛇児に混ざっていたのだろう。
そして、鷹により白蛇児の白蛇部分が朽ちた時、そのもう一つの霊の仔は、白蛇児の力を、神の如き祟りの力を受け継ぎながら、生まれ変わったのだ。
古来より、白蛇は再生・転生の象徴。
だからまだ、存在できる。
そして、災厄の力をそのままに。
彷徨い続ける。
それを止めるすべがあるとすれば
ーーーーーーーーーーーーーーーー
そこでメモは終わっていた。
それ以上書けなかったのだろう。
しかしメモの続きは想像できる。
おそらくそれは『災厄を止める』その手段。
近いうちに。
あいつは必ず俺の元に現れる。
家族を目前で殺され、自身の命を踏み躙られたあいつは…。
家族を求めている。
…愛を探している。
そう。愛だ。
あいつは、街一つ滅ぼせる雪と冬の化身…神様の成れの果て。
だから、誰かがその災厄を抑えねばならない。
憎しみではなく。
…愛をもって。
だから、ユガミでは無理だった。
ユガミは神様を憎んでいる。
例え孤独な寂しがりでも。
あいつには神様を愛することはできなかった。
それがユガミの矜持だった。
「寂しいな…。」
あいつは必ず俺の元まで戻ってくる。
あいつは孤独な人間に取り憑く。
寂しさを抱える人間のところにやってくる。
自分を愛してくれるかもしれない者を探してる。
それに。
たとえ偶然だったとしても。
「全部、俺が悪かったんだよな。」
俺が始まりだったんだ。
俺のせいで、俺は自分の全部を亡くしちまった。
全部無くなっちまった俺は…。
「本当に…寂しいなよなぁ…。」
だから。
俺は、あの白蛇の『仔』を愛することができるはず。
…
…
…
………
……………
………
…
…
…
…
…
…
…
…
…
数日後。
あいつが俺の前に現れた。
白くて幼くて。無邪気で。
ただ手を繋ぎたいだけの、小さな存在。
あいつは、ただ、一緒にいてくれる人を求めているだけなんだ。
手を繋げる人を求めているだけだなんだ。
拒絶すれば、こいつは悲しむ。
一人にすれば、人を殺す。
だから、俺が、一緒にいてやる。
俺は、そっと、その冬のように白く冷たい幼子を…
『白蛇の仔』を優しく腕に包み込む。
大丈夫。お前はもう、一人じゃない。
「俺が、お前の家族だよ。」
…
…
…
………
……………
………
…
…
…
…
…
…
…
…
…
なぁ。
俺はくるってるかな?
【続】
→あの冬に囚われた先輩を私は今でも忘れません
白蛇の仔(はくじゃのこ) Yukl.ta @kakuyukiyomu
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