第6話 禍々再来

艱難辛苦の果て、白蛇児から解放された俺たち家族は、旅行に出掛けた。

楽しかった。

ところが、その旅先で、

俺と家族は、事故にあった。

旅行先の、海の見える岬から、転落したのだ。

だが、海へ落下したことと救助の速さが幸いし、俺は助かった。

…しかし、妻と息子は、違った。

崖下の岩に直撃した妻と息子は、即死だった。

落下の衝撃による損傷と長時間海水に晒された遺体は、無残な姿だったそうだ。

一週間ほど意識を失っていた俺が目覚めた時。

すでに家族の遺体は、荼毘に付され、灰と遺骨となっていた。



事故が起こった時。

俺は意識を失っていた。

だが、微かな記憶の中で覚えていることがある。

幼い我が子を抱える妻の手を引き摺りながら崖に向かう、自分自身を。

小さな白い手が俺達家族を引き摺る悍ましい光景を。

その時の俺の意識は、意思は、行動は、何者かに奪われていた。

誰にだ?

思いつくのは…。

白蛇児だ。

それ以外にあり得ない。

だけど…。

ああ!

俺の手に妻の手の温もりが甦る。

俺は、俺自身の手で、家族を、殺したんだ。


ーーーーーーーーーーーーー


俺はユガミの研究室のドアを勢いよく開け放つ。

叩くように。憤りを込めて。

突然の俺の来訪と、その剣幕に驚くユガミ。

そして、悲痛な表情を俺に向ける。

ユガミも当然、俺の家族の顛末は聞いているのだろう。

俺の姿を見て、何を言うべきか逡巡していた。

だが俺はそれどころではない。

「一体どうなってるんだ!! 白蛇児は滅びたんじゃなかったのか!!」

ユガミが顔を曇らせる。

「僕にも解らない。…取り敢えず、君の話が聞きたい。落ち着け…というのも難しいとは思うが…。頼むよ。」

とユガミは頭を下げる。

頭に血が昇っている俺が落ち着けるよう配慮してくれているのだ。

そんなユガミの殊勝な姿を見て。

「…すまなかった。気が動転していた。」

と俺もなんとか平静を取り戻す。

「仕方ないさ。…で、何があったんだ?」

「…あぁ。」

俺は、家族と一緒に崖から転落した時のことをユガミに聞かせる。

黙って話を聞いてくれていたユガミ。

「それは…辛かったな。」

「あぁ。俺は家族の遺体すら見れていない。意識を取り戻した時には灰になっていたよ。」

「そうか…。それは…寂しいな。」

「…。」

「…。」

「…。」

「…。」

共に家族を亡くした者同士。

無言ではあったが、そのユガミの心遣いが嬉しかった。



「…崖から転落した時のことを、もう少し詳しく教えてくれないか?」

そのユガミの質問は、民俗学的知見とやらではく、純粋に俺を気遣い、その上で真相を探ろうとするためのものであった。

「あぁ。あの時、確かに俺は見たんだ。俺の手を掴んで引き摺る小さな白い手を。」

「………『手』?」

「ん、あぁ。」

「お前が今まで見えていた白蛇児には、『手』があるのか?」

「あぁ。あったよ。」

そう言って、俺は俺が今まで見ていた白蛇児の姿を説明する。


俺が今まで見ていた白蛇児。

最初は巨大な蛇だった。

次は口の中に小さな瞳が見えて…。

家に入ってきた頃には、手が生えていて、

次第に口の中に子供の姿が見え始めて…。

子供は家族をじっと見つめていて

そして最後は…。

蛇の口から子供が生えていて…。

上半身が幼児の、下半身が蛇の、悍ましい姿になっていた。

…しかし。

崖で目にしたあいつは。

子供の姿をしていた…。


ユガミの質問が続く。

「じゃあ、あの神社での君の夢の中で、鷲が殺した蛇はどんな蛇だった?」

「えっと…巨大な白蛇だ。」

「つまり、神鷲が屠ったのは、巨大ではあるが、ただの白蛇だった…。」

「ああ。その通りだ。」

ユガミは、暫く考え込む。

「…僕の認識と、君が実際に見えていたものには、大きなズレ…不一致があった…ということか。」

そして、

「伝承に伝わる白蛇児は滅びた。だが違った。僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。」

「は?」

少し考える時間が欲しい。

そう言われ、俺はユガミの研究室をあとにした。



ーーーーーーーーーーーーーーー



あの時。僕達は、その神の如き存在を滅したはずだった。

しかし。それは滅んでなどいなかった。


…予感がする。

あいつが、やってくると。

あいつは、祟りの象徴。

土地一つ滅ぼすことすら可能な…厄災の化身。

僕もこいつに目をつけられた。その理由も明白だ。


自室の部屋中に貼り付けた幾枚もの護符。

『鷲護の宮神社』を訪れた時に貰ってきたものだ。

神社の神主は言っていた。これを家中に貼っておけば安全だと。


おそらく既にこの護符も無意味だろう。

「どうすれば助かる?」


街一つ滅ぼせるこの災厄を。

「どうすれば、こいつを止めれる?」


厄災迫る危機の中で。

「わかった。」

僕は気付いた。その方法に。

「けど…。」

僕には無理だ。

僕には止められない。

僕にはそれが不可能だ。


ならば、せめて。

伝えよう。

できたばかりの友達に。

真実を。


携帯電話は通じない。

電子機器も起動しない。


僕は机の上のメモとペンを手に取った。


その時。

小さく真っ白なそれが、

暗く紅い瞳で僕を見つめながら、

細く冷たい四肢を動かしながら、

白蛇のように這いずりながら

赤子のように纏わり付きながら、

僕の膝を攀じ登ってくる姿が見えた。


僕にはそれをどうすることもできない。

けれど、まだやれることはある!

机の上のノートに向かって、僕は一心不乱に彼へのメッセージを書き殴る。

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