第4話 白蛇児
「君が僕のところに相談に来るとは。驚いたよ。」
彼の名なユガミ。
この街の大学で民俗学の講師をしている。
俺に『白蛇の祟り』のことを教えてくれた知人だ。
大学の研究室を訪ねた俺の姿を見て、ユガミは、
「顔色が悪いね。隈も酷い。あまり眠れていないのかな?」
と、自身の無表情を棚に上げて尋ねてくる。
付き合いは長いが、ユガミは友達というわけではない。
もともと気の合う人間ではない。
慇懃かつ自らの知識を滔々と語るタイプのこの男は、どちらかというと俺の苦手な人種だ。
だが、他に頼れる人間を俺は知らない。
「今、俺の家族は祟られている。だからユガミの知識を借りたい。」
「…家族。…祟り」
ユガミの細い眉がピクリと動く。
「息子も妻も恐ろしい目に合っている…。あれは多分、祟りだ。」
「ふむ。祟りねぇ…。」
ユガミは俺に背を向けると、研究室の本棚から新聞のスクラップブックを取り出した。
「今、この街で奇妙な事故が続いている事を知っているかな?」
「事故?」
「ああ。世間的には事故だと報道されているが、…僕から見れば、これは災厄だ。」
「災厄?」
「つまりは、祟り。」
ユガミは、取り出したスクラップブックを開きながら、街で最近発生した事案を語る。
最初の災厄は、スキー場での雪崩れ。
これは当時、俺もニュースで見た。
…未だに遺体は発見されないらしい。
次は、雪の下で潰された男性のニュース。俺の知らない事故だ。
発見時、男性の半身は雪に埋まっていた。それも頭から。まるで生きたまま誰かに雪の中に埋められていたかのように。…または何者かに雪に中に引き摺り込まれたかの様に。
その次のニュースも初耳だった。
雪の積もった車のドアの僅かな隙間から無理矢理這い出そうとし、上半身の多数の骨を粉砕骨折。それに加え、胸部と腹部の肉が抉られていた。
四つめの事故は、大型家具量販店の倒壊事故。
「これは俺も知っているぞ。」
「ほう、そうなのか。」
「あぁ。俺もこの事故の現場にいたんだ。」
「…なるほど。」
「新聞沙汰になっている事故のニュースはこれくらいだ。」
「他には無いのか?」
「うん。しいて挙げるなら、数日前の幼児死体遺棄事件だが…これは犯人が捕まっている。無関係であろう。ちなみに犯人は人間だ。」
「それで、なにが言いたいんだ、ユガミ。」
「どれも異常な事故だ。普通では考えられない。何か超常的な要素が関係しているとしか思えない。」
「…確かに。」
「もしこれが祟りだとして。この規模の災厄が続けば…。」
「続けばどうなる?」
「最悪、この街が滅びる。」
「は?」
「災厄とは、そういうものなんだ。だが…。」
そう言って、歪みはもう一度スクラップブックに手を伸ばす。
「見ろ。この日付から向こう、奇妙な事故の発生は見られていない。」
ユガミが示したその日付を見て。
俺は慄く。
…街の祟りが止んだ時期。それは俺の周囲に変化が発生し始めた時期と一致していた。
俺の顔色の変化を察したのか、
「何か知っているのか?」と問うユガミ。
俺は、ユガミにありのままのことを聞かせる。
偶然にも白蛇を殺したこと。
巨大な白蛇が俺を『見つけた』こと。
それ以降、家に蛇の痕跡が発生していること。
その白蛇が家族に害を為していると思われること。
そして、何よりも大切な息子に異変が生じていること。
それらを伝える。
「…確かに、街に災厄が発生した時期と、君が白蛇を踏み殺した時期は一致する。」
「あぁ。」
「つまり、君は白蛇を殺し、その白蛇の化身に目を付けられ、家族が…特に子供がその白蛇に狙われている。そういうことか。」
「…あぁ。」
「これは…まさしく祟りだな。」
「ぁあ!」
「君は、『白蛇児』という名前を聞いたことがあるかね?」
「びゃ、びゃく?」
「白い蛇の子供で『白蛇児』。読み方は、びゃくじゃじ、はくじゃし、シロヘビコ。」
「それがなんなんだ?」
「僕の民俗学的知見によれば、君を祟る蛇は恐らく尋常な蛇精(蛇の霊)では無い。より強力な蛇精…『白蛇児』だと推測できる。」
「『白蛇児』…。」
「君が殺した蛇は、おそらく子卵を抱えていたのだろう。」
…子卵を抱く白蛇。そう言えば、以前にもユガミが言っていた。
『腹の子卵を抱く白蛇は太古から人の現世に仇なす『厄 災 の 化 身』だと。
ユガミは語る。自身が知る白蛇児の伝承を。
子を宿す蛇の化身は、自身に害をなした人間を祟り殺すだけじゃない。
その人間の子供を、そして全ての子孫に、呪いをかける。
白蛇児とは、子孫全てに呪いと災禍をもたらす、最悪の存在の一つ。
子を持つ小さな白蛇を殺した罪。その白蛇児の呪いによって、
生まれてくる全ての子供が人の姿でなくなる。
家系にまつわるものが変死を遂げる。
一族全てが争いと自刃によって滅亡する。
「それが白蛇児。子卵を抱く白蛇は、ある種その神性は神の如く。君は図らずとも『神殺し』を成したのだ。それは容易に成せることで無い。」
自らの知識を滔々と語るユガミ。
だが。
何故だ。
何故この男は、こんなに嬉しそうなんだ?
普段は無表情の癖に、なんでこんな時だけ、溌剌(はつらつ)としてやがるんだ?
そんなに、俺の不幸が嬉しいのか!
…だが、やはりこの男の知識は必要だ。
なんとか俺はユガミへの憤りを堪えると、
「なあ、助かった事例もあるんだろ?」
と聞いてみる。
「うん? ああ。あるにはある。」
「本当か!教えてくれ!」興奮する俺。
そんな俺の姿を見て…。
ユガミの表情が変わった。そして何事かを考えるように目を閉じる。
暫しの瞑目の後。
ユガミが口にした言葉は…。
「祈祷だ。」
祈祷…。祈ること…。
「そう。神への懺悔を示すこと。そうやって人は、自然が齎す災禍から逃れてきた。」
ユガミの説明は続く。
遥か昔の事例だが、ある農夫が子を宿す白蛇を殺した。
その後、生まれてくる子供は全て死に絶え、妻は錯乱し自殺。
家も家族も失ったその農夫は、仏門に降り、一生を白蛇の供養に捧げた。
そして、その農夫は天寿を全うした。
つまり、許されたということだ。
「…い、一生を捧げる…。」
「ああ。『神殺し』とは、それほどの罪なんだ。君にそれほどの覚悟があるか?」
…伝承にある農夫は全てを失い仏門に降った。
だが、俺にはまだ家族がいる。
「俺は、家族を守る。そう誓ったんだ!」
俺はユガミに、自身の覚悟を伝えた。
「わかった。では早速、明日一番の電車で出発しよう。」
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