20話 ごめんなさいッ!!!!/小鈴蘭丸
「ねえ、聞いた? 一人化け物みたいに上手い子いるらしいよ。その子の組、他の子がみんな委縮しちゃって、空気最悪なんだって」
「うわぁ、まじ? 良かった、その組じゃなくて。ただでさえみんな上手いのに、そんなの居たら最悪だよ、絶対」
昼休憩になり、カフェテリアに着くとそんなこそこそ話が聞こえます。
二次審査も四日目となり、会話が馴染み始めたお昼休みですが、わたしが一緒にご飯を食べる相手は変わりません。
「小鈴、こっち」
きょろきょろしているわたしに向かって、窓際の席から珠薊さんが手を振ってくれます。
相変わらずすらりと手足が長く、綺麗に染められた金の長髪が華やかな風貌です。
鼻筋が高くて顎が細く、大きな瞳が特徴的な非の打ちどころのない美人顔をふっと綻ばせて、珠薊さんは言いました。
「お疲れ、そっちは午前は実技だったんだ」
「はい。そちらは?」
「こっちは英語歌唱のレッスン。ガチのアメリカ人のボーカリストの先生で流石にびびったけど、まあなんとかやったよ」
「ああ、あのぽっちゃりした女性の先生ですね。キャラ濃かったですよね」
「ね」
くすくすと笑い合います。こうして珠薊さんと会えるのは、食事時かその日の全日程が終了した後の短い自由時間くらいです。でもそうして限りある時間を〝活用〟している為か、不思議と更に仲良くなれている気がします。
……いや、というよりも、わたしが甘えてしまっているだけでしょうか。
正直な所、この二次審査では打ちのめされてしまうことばかりでしたから。
ただ、努めてそんな内心を面には出さず、席について栄養満点そうなオムレツを頬張ると、珠薊さんがフルーツの盛り合わせを摘まみながら言いました。
「でも、ようやくこれでお勉強の時間は終わるね。午後からは班が無くなって、最終日に向けてのユニット練習が始まるし」
「はい。けど、各班のレッスンでそれぞれ課題曲の振りを入れているとはいえ、ユニットを組んで三日で本番とか、結構ハードスケジュールですよね」
「確かに。私らみたいに元から組んでる相手同士だとやりやすいけど、他の子はそうじゃないしね」
そうして珠薊さんが、何気なくカフェテリアを見回した時でした。
「あの、ちょっとお話いいですか」
わたし達が座るテーブルに、二つの足音が近付いてきます。
顔を上げると、そこに居たのはちーちゃんさんとねねちゃんさんです。ねねちゃんさんの方は眉間に皺をよせていますが、その一歩前に立つちーちゃんさんが後ろ手にねねちゃんさんを制しています。
そんな二人を前にして、思わずひゅっと喉が鳴ります。ちーちゃんさん……鬼灯千尋さんはもちろん、その次点で一次審査二位である猫柳琴音さんも、とてつもない実力者です。
しかし、そうして反射的に委縮してしまったわたしに目を向けた後、珠薊さんが鋭い視線を二人に返しました。
「いいですかって、駄目っつったらどっか行くの?」
わたしを庇うような前のめりな発言。そのドスが効いた言葉の圧に押されたのか、ちーちゃんさんが硬直します。しかし、それでも彼女は一つ息を吐いてはっきり言いました。
「いいえ。大事な話ですので」
「じゃあ十秒で済ませて。それ以上あんたらに付き合う気ないから」
そんな高圧的な睨みを受けて、猫柳琴音さんが額に青筋を立てます。
「この、」
「静かにして、ねねちゃん」
しかし再度猫柳さんを制止した鬼灯さんが、鍛え抜かれた体幹で背筋を伸ばし、わたしに向き直りました。
……え、この流れでわたし?
困惑したのも束の間でした。
なんと、あのとてつもないパフォーマンスを魅せつけていた鬼灯さんが、わたしが座る椅子の前に跪き、土下座をしたのです。
「誠に!! 申し訳っ!!!!! ありませんでしたっ!!!!!!!」
鍛え抜かれた肺活量による大音声が、カフェテリア内に響き渡ります。
周囲の受験者さんや、遠巻きに昼食を監督していた運営スタッフさん、そして何よりも珠薊さんや猫柳さんまでもがぎょっとして面食らっています。
しかしそんな周囲のことになんて目もくれず、鬼灯さんはダンスと同じくらいキレッキレのフォームな土下座を維持したまま、わたしに言いました。
「先日はとんだ御無礼を働き、私の不徳の致すところであります!! あまつさえお気を遣って頂いたにも関わらず謝罪が遅れてしまい、重ね重ねの非礼を心よりお詫び申し上げます!! ごめんなさいッ!!!!」
再度響き渡る全力謝罪。思わずこちらの背筋も伸びてしまいます。
「あ、え、あの……と、とりあえず、顔を上げてください」
あたふたしてしまいながら言いますが、鬼灯さんは相変わらず額をフロアに押し付けたままです。
「できません。私はアイドルとして、人の可能性を軽んじるという最低な過ちを犯しました。小鈴蘭丸さんにお許しいただけるまで、人様にお見せする面などありません」
ひ、ひぃ。なんだこの武士みたいな人!? 今にも切腹してしまいそうな勢いなんですが!?
「わ、わかりました! それじゃあ許します! もう気にしていませんから! はい、これで仲直り!」
明るい声でなんとか取り繕ってみると、ようやく鬼灯さんは顔を上げました。
「……ありがとうございます」
そうしてもう一度丁寧に頭を下げてから、正座をしたまま珠薊さんに目をやります。
「それで、もう十秒を超えていますが、これ以上発言をしても良いでしょうか。駄目だとおっしゃるなら、今すぐこの場から去ります」
急に方向転換してきたその問いに、流石の珠薊さんも虚をつかれて「あ、う、うん、どうぞ」と相槌を打ちました。
すると鬼灯さんは息を整え、立ち上がり、今度は珠薊さんへと向き直りました。
「単刀直入に言います。珠薊瑠璃さん、〝これから私達とユニットを組みませんか?〟」
「……は?」
急な話の展開に瞠目した珠薊さんに、鬼灯さんは畳みかけます。
「これからというのは、二次審査の最終日で、という意味ではありません。文字通りこれからの人生単位で、私達と一緒にアイドルをしていただけないかと、そうお願いしています」
真正面から相対して向けられる、真摯な眼差し。その視線の熱意を感じ取ったのか、珠薊さんは呆けた顔を引き締めつつ、一度深呼吸をして、組んでいた足を下ろしました。
「悪いけど、その提案には乗れない。私、もうこの子と組んでるから。他にももう一人いる。この場には居ないけど」
「……というと、もしこの二次審査を通過した場合、デビューするユニットは決まっている、ということですか」
「そうだけど」
すると鬼灯さんは、またわたしに視線を向けました。少しばつが悪そうにしながら、それでもはっきりと口にします。
「なら、小鈴さんがここで落ちたらどうしますか?」
「え」
「この四日間、小鈴さんとは同じ班でレッスンをしてきました。そして確かに、彼女には〝前を見続ける〟というアイドルとしての素質があるとも痛感しました。この四日間、〝常に私に目を向け続けていたのは彼女だけです〟」
そこでようやく気が付きます。レッスン中、ずっとわたしが鬼灯さんを観察して勉強しようとしていたことに気付かれていたんです。そんな素振り、一度も見せなかったのに。
「ですが、現時点では技術的にも体力的にも拙い所があるのは事実です。しかし珠薊さん、貴女は違う。ユニット編成用に合宿所内で公開されている、それぞれの合格者の一次映像審査の映像資料を全て確認しましたが、〝貴女は現時点でアイドル・リーグに所属できる水準の技術を持っています〟」
アイドル・リーグに所属できる、というのはつまりレベル・ゼロすらも勝ち抜いて、プロのアイドルとして活躍できるレベルということでしょう。
わたしは他のアイドルさん達の具体的な実力なんて、菖蒲ちゃんくらいしか知らなかったのですが、珠薊さんもやはり凄い人みたいです。
「私とねねちゃんは所属事務所の意向で、十六歳のこの年になるまで〈Colosseo〉のオーディションを受けられませんでした。しかしその分、もう何年もこの日にかけて身体も技術も、知識も感性も鍛えて来ました。そんな私達に追随する実力を持っているのは、このオーディションで貴女だけです、珠薊さん」
きっと知らない人が聞けば傲慢さが滲み出ている言葉の数々です。
しかし実際にこの関東地区の一次オーディションで一位を取り、多くの有名アイドルを輩出している大手事務所に所属していて、長く努力を重ねた天才がそう言っているのだと分かれば、耳を傾けずにはいられません。
「他にも私達と組むメリットはあります。無所属なのにそれほどの実力を持つ珠薊さんであれば、私が紹介すればすぐにうちの事務所に所属できます。そうしたら専用のトレーニング設備も使えて、沢山のアイドルの先輩方にも師事できます。鍛錬をするにはこの上の無い環境です。もしすでに組む方がいらっしゃったとしても、〝一番に成る為に〟、是非御一考いただきたいです」
まるで暴走列車みたいな人です。こうだと決めたら前しか見ずに、力の限りそちらに進んでいく。しかもただ早いだけではなく、恐ろしいほどの馬力を以てです。
そんな力強い瞳を受け止めて、珠薊さんはすうっと少しだけ唇を綻ばせました。
「そう、そこまで言ってくれんのは嬉しいよ。私もあんたの一次審査の映像見たけど、ぶっちゃけ凄いって思ったし。センスも勿論良いけど、それ以上にきちんと基礎から大事に積み上げてる、頑張って来た人の踊りだって一目で分かった。そんなあんたを育てた所ならきちんとしてるんだろうね」
「なら、」
「でも、ごめんね」
そうして珠薊さんは手を伸ばすと、丸テーブルの隣に座っているわたしと肩を組みました。
「私ら、最終日のライブ審査で一位取って合格するから。〝自分より下の奴にいくら誘われたってそっちに行くつもりはないよ〟」
堂々とした受け答えに、再びカフェテリア中に動揺が広がります。鬼灯さん達は順位的にもトップツーで、所属事務所は日本人なら誰もが聞いた事があるレベルの『スタービーツプロダクション』。
ひそひそと、「え、今『スタービーツ』からの勧誘蹴ったのあの子?」「てか一位取るとかまじ? 最近ずっと関東地区の二次は『スタービーツ』が獲ってるのに」「いやでも……」といった会話まで聞こえてきます。
すると、鬼灯さんはゆらりと燃え立つ様な闘気を纏い、静かに声音を研ぎ澄ませました。
「なるほど。つまり私達が最終日のライブ審査でお二人に勝てば、考えて下さるということですね」
「いいね、その前向きな考え方。私、あんたのこと思ってた以上に嫌いじゃないかも」
しかしその直後、これまで鬼灯さんの一歩後ろに下がっていた猫柳さんが、猫目を尖らせながら前に出てきました。
「こんな奴もういいでしょ。本気でアイドル目指してると思えない。ちーちゃんがここまで言ってあげたのに〝思い出作り〟を取るとかないから」
「あ、言っとくけどそっちのエセネコ紛いのことは大っ嫌いだから。億が一、私がそっちに行ってあげたとしてもそいつとは組まない」
「こっちから願い下げよ! ていうか誰がエセネコ紛いよヤンキー崩れ!!」
怒鳴り返した猫柳さんが、珠薊さんとそれからわたしを交互に睨みます。
「うちらに喧嘩売った事、後悔させてあげるから」
……いや、わたしは正直ずっと何も言ってないし、むしろ色々言われているだけなんですが。
とはいえ、でも。
ふと目を横に動かす。おおらかでいて力強く、頼もしくわたしの肩を抱く珠薊さんの腕。
実は肩を組まれた時から。そして一緒に一位を獲ると言ってくれた時から、どきどきして仕方ないんです。
これが武者震いなんでしょうか。沸々と力が漲ってくる。これまで四日間、打ちのめされてしまうようなことばかりだったのに、珠薊さんが居てくれるだけでこんなに心持ちがかわるなんて。
だから、どうせ喧嘩を売ったと、言われるなら。
わたしだって。
「あの」
はっきりと言葉にする。
「最終日、楽しみにしていてくださいね。わたしも──本気で勝ちにいきますから」
すると鬼灯さんはわたしをじっと見つめた後、挑むように真剣に、頷いてくれました。
「こちらこそ。対戦、よろしくお願いします」
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