第3話 マネさんたちと作戦会議②

「どのホラゲーをやるかは後で考えるとして、まず決めるべきはいつ公表するか、ですよねぇ」

「何でもうやることが決まってるんですか???」


 俺の抗議は全員から綺麗に無視された。

 ”ライバーのやりたいことをサポートするのがマネの仕事”じゃなかったんですかね……やりたくないんですけど……。


 不満たらたらの俺を放って、楠さんが会議室のホワイトボードに”・発表時期”と書き込む。


「いつと言っても、ほとんど一択だと思いますが。デビューと同時か、デビュー直後です」

「まぁそうですよねぇ……時間を置けば置くだけ、炎上リスクは上がっていきますからね。入れ込み過ぎる・・・・・・・ファンがあまり多くない内に公表するのが得策だと思います」

「ブランディングの一環と思ってもらえれば、更に都合がいいですね。まぁ、完全に偶然の産物なんですが……」


 入れ込み過ぎるファン……つまりは、界隈でユニコーン処女厨などと揶揄される、所謂ガチ恋勢のことだ。

 熱心に応援してくれてライブやグッズ等にもお金を出してくれる太客なのだが……一度裏切ったと思われてしまえば、その強い感情が怒りと憎悪に反転して強烈に攻撃してくるのだ。

 もちろんガチ恋勢の全てがそんな風に攻撃的なわけではない。しかし事実として、一人のルナライバーが引退を決意するまでに追い込まれていた。


 『LuminaStage』は”アイドル売り”というコンセプトの関係上、『エコーリンク』などの他事務所と比べてガチ恋リスナーの割合が高い。

 その売り方によって大きな人気を博しているので、それが悪いと言うわけではないが……同時に、現実のアイドルと同種のリスクを背負う必要がある。

 ならばいっそ、最初からそういう形で売り出してしまえ、というわけだ。


 ……まぁ、そんな薄暗い事情は、ニコニコ笑顔ででっかい疑問符を浮かべる美冬には知らせなくていいことだな。後で俺か立花さんから簡単に補足しておこう。


「そもそも兄妹だって公表して、受け入れて……いや、信じてもらえるものなんですかね。男女関係を邪推されたりとか」

「ほとんどのリスナーは、本人からの発言なら受け入れてくださると思いますよ。念のため”運営から許可はもらっている”旨を付け加えれば万全です」

「普通に考えれば、炎上のリスクを冒してまでこちらから暴露する理由がないですからね。それでも尚信じようとしない人は……まぁ、どうしようもないので」


 そう曖昧に言葉を濁す立花さん。

 ネット上で炎上する要因は、前述のガチ恋勢の反転だけではない。叩く材料を見つけて鬼の首を取ったように騒ぎ立てる、Vtuberや会社のアンチや、便乗する対立煽りなど様々で……実に気の滅入る話である。

 行き過ぎた誹謗中傷や風説の流布など明確な違法行為があれば、事務所も法的措置等で対処できるのだが、基本的には注意喚起や声明を出すぐらいしか対抗手段がないのが歯痒いところだ。


「これがもし、配信に声が乗っちゃうみたいな放送事故が起きてからだったら、それこそ収拾が付きませんからねぇ。こっちが何を言っても言い訳としか思われませんよ」

「放送事故、ですか……」

「? どしたのお兄ちゃん」


 こいつ絶対やらかすなと思って。


「とりあえず、デビューと一緒に発表ってことで……美冬もそれでいいか?

「よくわかんないけどいいよ!」

「いいらしいです。俺も異論はないので、次は”どうやって発表するか”ですね」

「いいんですか……?」


 いいんです。早くなる分には美冬も文句はないだろうし。


 楠さんがホワイトボードに”・発表方法”と書き終えた瞬間、目を爛々と輝かせた美冬が勢いよく挙手した。


「はいっ! はいはいはいっ!!」

「はい、ユミナさん早かった!」

「笑点かよ」


 ボケにツッコみをもらって少し嬉しそうな楠さんを他所に、美冬はぐいっと身を乗り出した。


「えっとですねっ! まずは――サプライズで、わたしの初配信のラストに突然お兄ちゃんを登場させるんです! 実は兄妹でしたー! どっかーん、って!! みんなびっくりして大バズり間違いなしです!」

「はい却下」

「えぇっ!? なんで!?」

「そんなもんやったら、俺とお前どころか事務所ごとどっかーんと燃えるわ」

「うぐっ……そ、そんなに……?」

「そんなに」


 どう考えても爆発オチのどっかーんだろそれは。

 しゅんと肩を落とす美冬に、肩を震わせながら楠さんがフォローを入れてくれる。


「ふふ、まぁまぁ……インパクトを高めるという考え方はいいと思いますよ。ただ、初配信は”自分を知ってもらう”のが目的なので、あまり話題を持っていかれると逆効果かもしれませんね」

「あまりやりすぎると、”兄妹Vtuber”という風に思われてしまうかもしれませんね。話題性をいい形で活用できるよう、調整していきましょうか」

「はーい、ごめんなさい……」


 ――その後も四人の作戦会議は続き、ホワイトボードが文字で埋まり、美冬のお腹がくうと音を立てた頃。

 初配信における公表までの段取りを組み終えて、白熱した話し合いは一段落となった。


「……大体こんなところですかね。皆さん長時間お疲れさまでした。今日決まったことを会社に持ち帰って、協議のうえで社長に許可を頂いてからまた楠さんに連絡させていただきます」

「承知しました、お待ちしています。……そうだ、アレンさん、ユミナさん。申し訳ないんですが、お二人でのコラボ配信はデビューから少しの間……少なくとも同じ事務所の同期や先輩の方と何度かコラボをするまでは、遠慮してもらえると助かります」

「えっ、だめなんですか……?」

「ダメというわけではないですが、あまりよろしくないですねぇ」


 しょんぼりと眉根を寄せる美冬に、切り出した楠さんも少し申し訳なさそうにしている。

 そんな二人をフォローするように、立花さんも横から口を挟んだ。


「お二人はご兄妹ですが、リスナーの方々にとっては”『エコーリンク』のアレンさん”であり、”『LuminaStage』のユミナさん”です。同じ事務所の仲間を差し置いてコラボをするとなると、反感を抱く方も少なくないと思います」

「もちろん配信で名前を出したり、SNS上でお話をするぐらいのことに制限を課したりはしません。ただ、コラボまでは時間を置いた方がいいということです」

「……なるほど、確かにそうですね」


 二人の説明に俺は納得して頷いた。言われてみれば当然の話だった。

 果たして美冬は大丈夫だろうか、と対面の席に視線をやって……俺は目を瞠った。


「……そうだよね。わたし、お兄ちゃんとコラボ配信がしたくてVtuberになったわけじゃない。大切な夢を叶えるために、『LuminaStage』に入ったんだ」


 ぐっと拳を握り締めた美冬が、徐に顔を上げて俺の目を見据える。

 その瞳には……こちらの目が眩んでしまうような、溢れんばかりの希望と期待の輝きが宿っていた。


「お兄ちゃん。わたし、頑張るよ。頑張って……成長したわたしを見せつけてあげるから! コラボ、顔を洗って待っててよね!」

「顔じゃなくて首な……あぁ、もちろん。お前に置いて行かれないように、俺も頑張るよ」


 けれど、その輝きに気圧されてばかりでもいられない。

 小さな体に太陽のような熱を秘めたこの娘に、アレンも負けていられない。

 兄として胸を張って、美冬ユミナの隣に立てるように。

 決意を新たに、突き出された拳に己のそれを重ね合わせた。



──────

 フォロー、応援、コメント、☆レビュー等頂けると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る