第2話 マネさんたちと作戦会議①
「初めまして、織幡秋良さん。私、ユミナさん――美冬さんのマネージャーを務めさせていただいております、株式会社AURORAの
「これはご丁寧に……美冬の兄の、織幡秋良……で、神代アレンです。妹がお世話になってます……」
ECHO社内の会議室。入室してくるなり、礼儀正しく頭を下げてきたスーツ姿の女性は、名刺を差し出しながらそう名乗った。
眼鏡の似合う、実に”デキる”雰囲気だ。そんな人が妹のマネージメントをしてくれていると思うと、安心感があるな。
こちらも立ち上がって名刺を受け取り、簡単に本名とライバー名の両方で挨拶を返す。
隣に座っていた楠さんが促して、立花さんと美冬を対面の席に着席させた。
「さて、これで全員揃いましたね。一応この場ではライバー名で呼ばせていただきますが、初めましてユミナさん。お兄さんのマネージャーをやらせてもらってます、楠要と言います。名刺って要ります?」
「初めまして! みふ……あ、ユミナです! お兄ちゃんがお世話になってます! 名刺って、わたしもお返ししないといけないんだよね? 学生証でいいかな?」
「なければ出さなくていいんですよ」
とぼけたことを言う美冬の横から、立花さんが小声で補足する。
その様子をにこにこの笑顔で見守る楠さん。なにやら随分と楽しげだ。
「いえいえ、本格的なお世話はこれからですから……今日の話し合いは、その第一歩ですねぇ」
「そうですね。……お久しぶりです、楠さん。まさかこういった形でまたお話しする機会が来るとは思いませんでした」
「私も同じ気持ちですよ、立花さん。いやぁ大変なことになりましたね」
どこかくたびれたような雰囲気の立花さんに、実にウキウキした様子で返す楠さん。
その態度も気になるが……この二人は面識があったのか。
そんな俺の疑問に気付いたのか、楠さんがにこやかに説明してくれた。
「一年ほど前に『エコーリンク』と『LuminaStage』が合同で開催した歌リレー企画があったんですが、その時に二グループ間の連絡や調整を担当したのが我々だったんですよ」
「あ、それ見ました! みんなすっごく上手で感動しちゃって、わたし今でもたまに見返してます! お兄ちゃんも見たよね!?」
「お前に見せられてな。……確かに、すごくいい企画だったと思います」
「おぉ、嬉しいですねぇ。発案者はうちの”
「そうですね。『LuminaStage』側も歌唱力に自信のある面々を揃えて、話題的にも収益的にも大成功と言っていいでしょう。その反響を受けて、第二回の企画も立ち上がっていた矢先に……」
言葉の途中で立花さんが言い淀む。恐らく、例の誹謗中傷による引退者が出てしまった時のことだったのだろう。
そんなマネージャーの様子を知ってか知らずか――たぶん考えてないな――美冬が明るい声を上げた。
「第二回! いいなぁ、わたしもルミライバーになったんだし参加したいです! 歌には自信あるんです!」
「いいですねぇ! では、その未来に続く足掛かりを作るために、話し合いを進めて行きましょうか」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」
そうして、俺たち四人の対策会議が幕を開けた。
まずするべきなのは、前提の確認からだ。俺と美冬が実の兄妹であることを、持参した戸籍謄本のコピーを見て確認する。
「……疑っていたわけではありませんが、本当にご兄妹だったんですね。ユミナさんから伺った話では、お互いオーディションを受けたことすら知らなかったと……」
「えぇ、まぁ……最近忙しくしてるな、とは思ってましたが、まさかVに、それも『LuminaStage』に所属していたとは思いもしませんでした」
「わたしもびっくりしたなー。初配信見せつけてサプライズしようと思ってたのに」
ぶーぶーと唇を尖らせる美冬を白けた目で見ながら、内心で安堵する。もし目論見通り初配信で初めて知る形になっていたとしたらと思うと……。
「その上、お互いに名字が”カミシロ”と……いやぁ、すごい偶然ですね」
「二社間で談合しているわけでもない以上、読みが被るぐらいは十分予想できる事態ですが……それが実の兄妹で起こるとは」
二人のマネージャーの顔には、驚きを通り越して呆れに近い感嘆が浮かんでいるように見えた。俺も心情としては彼らと同じようなものだ。
役目を終えたコピー紙を荷物にしまって……いよいよ、本題に触れることになる。
即ち、この情報をどのように扱うべきか、だ。
「大まか指針としてですが……最初に考えるべきは、そもそもお二人の兄妹関係を公表するか否か、ですね」
「一番重要なのは、当事者であるお二人のご意向です。アレンさん、ユミナさん。お二人はどうしたいですか?」
俺たちを緊張させないためか、マネージャーたちは穏やかな表情で問いかけてくる。
これは
一度目配せをして頷き合い、覚悟と決意の滲む表情の美冬がゆっくりと口を開く。
「わたしは……公表したいです」
美冬――ユミナの声は少し震えていたけれど、迷いはなかった。
「せっかく憧れのVtuberになれて……尊敬するお兄ちゃんと、一緒に夢を追えるチャンスが目の前にあるんです。それを逃したくないと思う、し……配信を見に来てくれる人たちに、ちゃんと“兄妹でやってます”って言って、胸を張って活動したいんです!」
彼女の小柄な体から溢れる真っ直ぐな熱が、自然と場を引き締める。
マネージャーたちも真剣な表情で頷きながら、彼女の言葉を聞いていた。
俺——アレンは、そんな妹の横顔を見つめながら、胸の奥で静かに息を整える。
「俺も、大体妹と同じ気持ちです」
幼い頃から見守ってきた妹と、別の箱とはいえ……肩を並べて同じ道を歩むことができる。
かつて夢破れて失意の底にあった自分を励まして、新たな夢を教えてくれた妹の夢を、支えることができる。
想像すらしなかった望外の幸運に、心が躍った自分が確かにいたのだ。
「俺は美冬には、Vとしての素質が十分以上にあると思ってます。どんな時も元気で明るくて、努力を厭わない。人の心に寄り添うことができて、自分を見せることを恐れない。自然体で人を惹きつけることができる。
そんな素質を生かす場を自分の実力で勝ち取った妹を、俺は心から尊敬しています」
「えっ、えぇ~? お兄ちゃんってばそんなこと思ってたのぉ……? うぇへへ、そっかそっかぁ。身内まで強火ファンにしちゃうなんて、自分の魅力に困っちゃうなぁ~♪ サインとか要る?」
露骨に調子に乗り出す妹は無視する。口にしたのは全て俺の本心だが、この調子に乗りやすいところは治したほうがいいと思う。
……同時に、大人たちのやたらと微笑ましそうな視線も無視した。
まだ俺の話は終わってない、今はシリアスな話をする場面なんだ……!
「そんな妹の活動を、俺の存在が邪魔することになってしまったらと思うと、どうしても怖いんです。俺が標的になるだけならどうでもいいけど、美冬が誹謗中傷や偏見を向けられて、傷ついたら……俺は、それが怖い」
心配そうに見てくる美冬に笑みを返して、俺はマネージャーたちに向き直った。
「でも、それを言い訳にして諦めたくないんです。だから、俺たちに手を貸してほしい。ご迷惑をおかけしますが、どうかお願いします」
「わたしからも、お願いします! お兄ちゃんとわたしを助けてください!」
立ち上がって深々と頭を下げると、美冬もそれに倣う。
「頭を上げてください、二人とも。僕たちに頭を下げる必要なんてないんです。ライバーのやりたいことができるようにサポートするのが、マネージャーの仕事なんですから」
穏やかな声に顔を上げると、楠さんが優しく微笑んでいた。
立花さんも深く頷いて大きな溜め息を吐き出す。
「楠さんの仰る通りです。そもそもそういう環境を作って、今まで是正できなかった我々の方こそ頭を下げるべき案件ですので……。ともあれ、これで方針は固まりましたね」
「公表という形で話を進めるとして……いつ、誰が、どのように、考えなければいけないことは山積みですねぇ。いやぁ、楽しくなってきちゃったなぁ。あ、お二人とも座ってください、作戦会議はまだまだこれからですから」
ニコニコの笑顔で俺たちを促す楠さんに、立花さんが胡乱な目を向ける。
「何がそんなに楽しいんです……?」
「もちろん軽く考えてるわけじゃないし、ちゃんと真剣に考えますよ。だけど言ってしまえばこれは、エコ・ルナリスナー全員に向けた壮大なサプライズ計画みたいなものじゃないですか。そう考えると、ワクワクしてきません?」
「……確かに、そう考えるとちょっと楽しくなってきたかも! どうしよ~、一気にどかーん! っていくのがいいかな、それともじわじわ~……ってゆっくり驚かせるのがいいかなぁ。お兄ちゃんはどっちの方がびっくりしてくれると思う!?」
「ホラー映画みたいな言い方するな……俺はどっちも嫌だが」
楠さんの能天気な発言に、何故か共感した美冬が話を振ってくるが、呆れ顔で突っぱねた。たぶん立花さんも同じ顔をしている。
この二人のせいで、先程までの真剣な雰囲気が緩んでしまった。
少し気落ち気味だった立花さんを気遣ってのこと……と思っておくか。
微妙な表情を浮かべる俺を見て何を勘違いしたのか、美冬はけらけらと笑って、
「お兄ちゃん怖いの全然ダメだもんね~。一緒にホラー映画見てると横でずっとちっちゃく悲鳴上げてるし」
「ほう、そんなに苦手なんですか? それなら是非配信でホラゲーとかやってみましょう。怖がりのホラゲは需要ありますよ~」
「…………後ろ向きに検討させていただきます」
絶対やんねぇ!
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