第4話 『第6小隊』の顔合わせ①
マネさんたちとの話し合いから数日後。俺は再び、今度は一人で『エコーリンク』の事務所にやってきていた。
以前から予告されていた、同期の『第6小隊』のメンバーとの顔合わせのためだ。
エントランスをくぐって辺りを見回すと、笑顔で手を振りながらこちらに駆け寄ってくる楠さんの姿が見えた。
「おはようございます、アレンさん。時間通りですね」
「おはようございます。こんな大事な日に遅刻なんてしませんよ」
「ははは……まぁ、普通はそうですよねぇ」
……そう言えば、エコライバーは遅刻や期限破りの常習犯が多いらしいな。
曖昧に笑った楠さんはそのまま踵を返して、俺も彼の後をついていく。
「大会議室を夕方まで押さえてあるので、存分に親睦を深めてくださいな。学生の方が多いのでしっかり主導してあげてくださいね、リーダー」
「まぁ、頑張ります」
……そう。俺こと神代アレンは、メンバー内最年長として、新人ユニット『第6小隊』のリーダーになったのだ。
まぁ、チームのリーダー職は昔取った杵柄というか……それなりに経験はあるのだが。流石に高校生、中学生を相手にしてそれが役立つとは思えない。
不安だが、最年長が揺らぐ姿を見せるわけにはいかないし、これからの円滑なライバー生活のためにも気張るとしよう。
「誰か先に来てる人はいますか?」
「シラユキさんが少し前にいらしてますね」
シラユキさん……
『第6小隊』の一人で、俺と同年代の女性という話だった。Vとしてのアバターは、綺麗なロングの銀髪に空色の瞳の、ロングスカートの近未来的な軍服を纏ったスタイルのいい美女だ。
ちなみに、俺――神代アレンのアバターは、背の高い赤髪の美丈夫だ。
衣装はシラユキと同じ意匠の軍服で、カラーリングと細部の装飾が異なる。
このデザインは『第6小隊』のメンバー全員に共通しており、それぞれのパーソナルカラーや性格に合わせてアレンジが施されている。
「ちなみにアレンさん、第2会議室の場所って……わかりませんよねぇ。それじゃあ……」
「あ、楠さーん。案内なら私がするよー」
ふと、横合いから声が聞こえてくる。
そちらを振り向けば、スーツではなく私服を纏った同年代ぐらいの女性が笑顔で手を振っていた。
「いいんですか? ではお願いしますね、私はエントランスで他のお三方を迎えますので。アレンさん、また後程」
「はいはーい。んじゃ行こっか、新人さん」
「あ、はい」
足早に立ち去る楠さんを見送って、弾む足取りの女性の後を追う。
勝手知ったる様子で廊下を闊歩する女性が、歩きながら話しかけてきた。
「今度デビューする予定の新人さんだよねっ? 名前聞いてもいい?」
「えぇ……あ、ライバーの名前でいいですよね?」
「うんうん、それでお願いっ」
明るく頷いた彼女に促されて、未だ口に馴染まない名前を口にする。
「神代アレン、です。よろしくお願いします」
「アレンくんだね! こちらこそ、これからよろしくっ」
「はい。えっと、社員さん……ですよね?」
一応尋ねてみると、彼女は何か考え込むような仕草をして……パッと表情を華やがせて頷いた。
「そうだよ! 最近は社内でも皆さんの話題で持ちきりでさ、すっごく個性的で面白い人たちが入ってきたって!」
「……それ、変人の集まりって意味ですかね」
「にゃははっ! Vtuberってか、配信者にとってそれはむしろ褒め言葉だねぇ」
……その特徴的な笑い声を聞いて、ふと記憶の片隅で引っ掛かるものがあった。
鈴のように軽やかで、どこか耳に心地いい、配信向きの声。加えて今の実感の籠った台詞。
脳裏に一つの名前が思い浮かぶ、が……まぁ、社員として通したいらしいし、わざわざツッコむ必要もないか。
取り留めのない雑談を交わしている内に、いつの間にか目的の会議室の前へと到着していた。
「ここが第2会議室で~す。今日は関係者の顔合わせだよね?」
「はい。助かりました、ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいお安いご用だよ」
丁寧に頭を下げた俺にパタパタと手を振って、彼女は笑顔で去って行った。
もう一度礼をして見送り、ドアノブに手をかけたその時、
「——また今度、コラボしようね♪ こーはいくん!」
明るい声に振り返った時には、彼女の姿は廊下の向こうに消えていた。
……せめて返事ぐらいはさせてほしかったな、先輩。
§
――コンコン。
『はぁい、どうぞ~』
軽くノックをしてみると、中からゆったりとした女性の声が返ってきた。
落ち着いた綺麗な声音だ。恐らくこの声の主が、シラユキさんなのだろう。
「失礼します」
ドアを開けて中へと足を踏み入れる。
広い部屋の中心に置かれた木製のテーブルで、一人の女性が椅子に腰かけていた。
彼女は入室してきた俺に視線を向けて、ふわりと微笑んだ。
「はじめましてぇ。もしかして、あなたも『第6小隊』のメンバーさんですか?」
「はじめまして。『第6小隊』としてデビューすることになりました、神代アレンです。よろしく」
「あらっ、あなたが”隊長さん”だったんですね! こちらこそ、よろしくお願いいたします」
腰の辺りまである艶やかな黒髪を揺らして、女性が丁寧に頭を下げる。
それを正面から受けた俺は、思わず瞠目してしまう。……シラユキのアバターに負けず劣らずの、すごい美人だ。
言葉を失う俺に気付かず、女性は柔らかい笑みを浮かべたまま、
「わたくしはしの……あっ、間違えました。氷室シラユキと申します、どうぞよしなに、隊長さん」
「えぇ……なかなか慣れませんよね」
「でも慣れてしまうと、本名を名乗る時にライバーとしての名前を口にしてしまいそうで、少し怖いですね」
「わかります」
会話しながら、シラユキさんの対面の席に腰掛ける。親睦を深めるための場で上座下座なんかを気にしても仕方ないだろう。
しかし”隊長さん”か。まぁ俺がこの『第6小隊』のリーダーということになっているし、間違ってないか。
「よろしければ、お茶でもいかがですか?」
「じゃあ、お願いします」
「はいな」
シラユキさんの提案に頷くと、手元の急須から五つ並んだ湯呑のうちの一つにお茶を淹れてくれる。
その妙に優雅な仕草と、ふわりと広がるお茶の香りに内心で感心してしまう。
「もしかして、そのお茶と急須ってシラユキさんの私物ですか?」
「えぇ。これから活動を共にする皆さんと中を深めるために、わたくしのお気に入りの茶葉でおもてなしをしたいなと。お茶菓子もありますよ」
「いいですね。俺もお菓子は持ってきたんですけど……洋菓子なんで、緑茶とは少し合わなそうですね」
持参した紙袋から、少しお高めのチョコとクッキーのアソートを取り出して机の上に並べる。
苦笑する俺にシラユキさんは朗らかに笑って、
「あら、意外と緑茶も洋菓子に合うんですよ? どうぞ、熱いのでお気をつけて」
「ありがとうございます。……っ、美味しいですね、このお茶」
一口啜った瞬間に舌の上に広がる柔らかで上品な風味に、思わず息を呑む。
日本茶など普段ほとんど飲まない俺ですら一口でわかるほどだ。余程いいものなのだろう。
「ふふ、気に入っていただけて何よりです。私もこの銘柄が大好きで、いつでも楽しめるようにお家に常備してあるんです」
「常備……このお茶、お高いんじゃ?」
「どうなんでしょう。父が好きで、いつの間にか我が家の定番になってました」
さらりと言ってのける彼女に、つい言葉を失ってしまう。
立ち居振る舞いからも何となく察せられたが、この人結構……いや、詮索はよそう。
「上品な味ですね。俺、自販機のお茶とかスーパーのティーバッグとかで満足してるタイプなんで」
「それもいいと思いますよ。日常に馴染む味というのも、貴重ですから」
おっとりと微笑むシラユキさんに、場の空気がふわりと和んだ。
俺も笑みを返して、そのままゆるりとした雰囲気の中で雑談を続ける。
「そう言えば、隊長さん」
「はい?」
「隊長さんの方が年上ですし、これから一緒に活動していく仲間なんですから。敬語は要りませんよ」
「……あぁ、わかった。じゃあシラユキも敬語はやめようか」
「ふふっ、それは難しいですね。これはもう、わたくしの口癖みたいなものですから。お気になさらず」
まぁ確かに、そっちの方がシラユキさん……シラユキのキャラにも合ってるな。
ともあれ、シラユキさんが親しみやすい人でよかった。
穏やかで、どこか包み込むような暖かい空気を纏っている。話しているだけで自然と肩の力が抜けて、気づけば微笑んでしまう。まるで春の陽だまりみたいな人だ。
きっと配信でも、この柔らかい雰囲気に癒されるリスナーは多いだろう。テンポのいいトークというより、ゆったりとした会話の中で聞き手を安心させるタイプ――雑談配信なんかは、間違いなく彼女の真骨頂になると思う。
しかも、その落ち着きと丁寧な言葉遣いが不思議と堅苦しさを感じさせない。上品なのに距離を感じさせない、そんな絶妙なバランスが取れている人だった。
他のメンバーとも同じように打ち解けられるといいんだが……。
『第6小隊』のメンバーはあと三人。
その三人は全員が学生で、最年少に至っては中学生だと言う。
正直そこまでくると感性から合わない気がして不安だが……まぁ、妹と接する中で鍛え上げた対年下用対人スキルで頑張るとしようか。
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(11/11 15時頃)応援コメントでご指摘をいただき、最後の”ノック音が聞こえた”旨の記述を修正しました。応援ありがとうございます。
フォロー、応援、コメント、☆レビュー等頂けると嬉しいです。
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