神の執着

RUIN

第1話


私は、いつもの仕事の帰りだった。

今日は久しぶりに半日休暇を取ることができたので、家でゴロゴロしながらゲームをしようと計画していた。

午前中にアップデートを終え、今日から新バージョンが始まる。

午前中の仕事は、それだけを励みに頑張ってきた。

いや、ここ数日頑張れたのも、全ては今日のアップデートのため。

早く家に帰ろうと、駆け足で帰り道を進んでいた。


そんな時だった。

足元に幾何学模様が現れ、眩しく光り出したのは。

一瞬の出来事で、逃げることも助けを求めることもできなかった。

 

視界が揺れ、気持ち悪くなって座り込んだ。

車酔いのような症状を落ち着かせていると、周囲から歓声が聞こえてくる。

歓声の前に助けろよ、と思わなくもないが、何も言わずに黙っていた。

そしてその歓声が、いつしか戸惑いに変わっていた。


「二人?」


「二人だと?」


「文献では一人だったはず。」


「ならば、どちらかが本物で、どちらかが偽物か。」


何だか外野が好き勝手言っている。

偽物とか、本物とか、どういうことなのだろうか?

誰か説明してほしい。


症状が落ち着き、顔を上げると、全く見覚えのない場所だった。

石造りの広い部屋、よくわからない格好をしている変な人たち。

私は、一体何に巻き込まれたのか。

私を誘拐してもメリットは全くないと言うのに。


視界の端に、制服を着た女子高生らしき人がいる。

見慣れた制服に、少しホッとした。


座り込んでいる私と女子高生の前に、豪華な服を着た青年が、大仰な態度で手を広げた。


舞台設定か何かかな?


「よくぞ召喚に応じてくれた。私はサントス国の第二王子。聖女を召喚した者だ。聖女はどちらかな?」


「あ、はい!私です!」


女子高生が爛々とした目で、勢いよく手を上げた。

何だか、異世界転移とか、聖女キタコレとか、呟きが聞こえる。

 

異世界転移というと、アレか?

異世界に行って、聖女とか勇者とかやるやつ。

小説とか漫画で流行りの、異世界ものか。

それが、今?

ないわー。


「私は違うと思います。」


「そうか。では聖女よ、こちらへ。聖女でなければいらん。牢にでも入れておけ。」


はあ!?

勝手に誘拐しておいて、それはないでしょう。

この国は駄目ね。


女子高生が私を見て、ニヤリと笑う。

何が嬉しいのか、全く同意できない。


「ぐっ……いった…。」


大の男に押さえつけられた体は、悲鳴をあげていた。

腕が変な方向に曲げられて、このままだと折れそう。


「何をしている!?」


新たな声が、その場に響き渡った。

今度こそ、味方になってくれる人がいい。

だが、痛みにうめいている私は、その人物の姿が見えない。


「兄上、遅いお着きですね。聖女召喚は、私が成功させました!見てください、聖女ですよ!」


「聖女召喚は検討中だっただろう。勝手なことを。それに、そちらの女性はどう言うことだ?」


「ああ、聖女にくっついてきた一般人ですよ。聖女に危害を加えさせないため、捕えています。」


「馬鹿な、そんな理屈が通用するか!勝手に呼んでおいて、あんまりな扱いだ!お前たち、手を離せ!」


あの馬鹿王子が兄と言うくらいなら、相手も王子なのだろう。

だが、兵士が言うことを聞いていない。

影響力が弱いのかもしれない。

当てにならないなら、私がやるしか…。


そう考えたところで、背筋が悪寒で震える。


拙い、拙い、わからないけど拙い!


頭が、心臓が早鐘を打って、警告を知らせてくる。


「我が最愛、ようやく会えた。」


ねっとりと絡みつく声と、猛獣に舐められているような感覚。

いつも悪夢の中で、私を呼んでいた声だ。

いつも大蛇の姿で、私を絡め取った声。

でもここは夢じゃない。

夢じゃないから、逃げられない。


私を抑えていた兵が霧散した。

視界にを赤く染めて、血の匂いが充満している。


「ああ、汚れてしまったな。すまない、綺麗にしよう。」


男が腕を一振りすると、血の匂いも、赤色も消える。


いつ移動したのか、気がつけば男に抱えられていた。


身体の震えが止まらない。

抵抗どころか、手の一つも動かせず、硬直してしまう。


捕まってしまった。


私の中には、ただそれしか残っていなかった。


「人間よ、お前たちには感謝している。我が最愛を、干渉しやすいこちらの世界に呼んでくれたのだから。だから、礼に苦しまずに逝かせてやろう。」


男が、何かを言っている。

その言葉を理解する前に、視界は白く染められ、私の意識も途切れたのだった。



「ようやく手に入った。もう逃さない、我が最愛。」 

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