第5話 最寄駅②

俺たち双子はいつも一緒だ。

家族だし、家も学校も同じだし、教室も委員会も同じだからそれは当然である。


そして俺の弟は、いつも他人ヒトには視えないモノが傍にある。


「……」


今日も、何かがいるらしい。


俺たちは通学に電車を使わないが、毎日通り過ぎる駅がある。

その駅の近くにある交番、その前に立つ駐在は、いつも弟の視線を奪っていた。


最初は気の所為だと思っていた。

交番の様子を伺い、興味をなくした様に目を逸らす。

駐在が代わっても毎日同じ場所に同じ様に目線が吸い込まれて行くから不思議だな、と思っていた。


ある日、いつもの様に立っている駐在に声をかける人がいた。

何の変哲もない、たまに見る日常。

弟が食い入る様にそれを見続けなければ。


俺はその時になって漸く、弟が視えないモノを見ていた事に気付いた。


どうしてずっとそこを見るのだろう。

交番に何かあるのか。

それともあそこに立つ駐在に何かあるのか。

気にならないと言ったら嘘になるが。


いつまでもぼうっと見ているから、俺は弟の手を取り繋いだ。

ハッとして俺の顔を見上げる弟は、惚けた顔に少しの怯えを浮かべて俺の様子を伺っている。


「何かに声をかけられたか?」


「ううん」


「なら無視していい。…行くぞ」


「うん」


繋いだ手はそのままに、少しだけ早足になって駅を通り過ぎて行く。


俺は弟が視えないモノに近付くのをく思っていない。

だがそれは弟が視える事が厭わしいとか、そんなネガティブな事ではなく、俺の視えていない何かがいつか弟を奪っていく気がして不安になるのだ。


そんな心配をしているのは、俺だけだ。


弟は見える物を素直に話していた時もあったが、周りがどんどん離れてしまって口数が少なくなっていった。

両親も態度に出さないけれど、たまに上の空になる弟を厄介に思っているし、それに弟も勘付いているのを知っている。


淋しいだろうと思う。

けれど見えない物を理解するのは難しい事だから。

今はもう、視えるモノを共有しているのは俺だけだ。


俺だけは、弟の言葉を疑わない。

聞いたままを受け入れて、その姿、その有様などを確認する。

そしてどう回避すれば良いか、考えて実行してみせる。


そうすれば俺は安心して弟の視界せかいの中を肯定できる。


「…くろ、ありがと」


「当然の事だ」


その当然が俺だけであればいいと、今は願っている。

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