第8話 フィーリング①

入学したばかりの時の席順といえば、名前の順とイメージが付く。


僕と兄は幸いにもクラスが一緒で、だからこそ僕たちの間に入れる人は一人もいない。

そもそも「月影」という苗字が珍しいのだ。

僕たちは兄が前、僕が後ろという順で席に着いていた。


とはいえ、僕たちは四六時中二人で話している訳ではない。

ずっと二人で一緒に過ごしているからこそ、何もない時の無言の時間もお互い大切にしている。


目の前には兄の背中がある。

何かあれば振り返ってくれる。

そんな信頼関係が僕たちを心地良い雰囲気で見守ってくれていた。


ただ、この教室には当然他の生徒たちがいて、思い思いの場所で固まり雑談をして過ごしている。


丁度、僕の隣にもそんな一つの集団が一人の女の子を囲んで話をしていた。


それは普段なら唯のBGMでしかない、他愛ない雑談である筈なのに、何故か耳に残って。

僕はそれを次の授業の準備をしながら惹かれるままに聞いていた。


その女の子の祖父母は子供が産まれた辺りから関係が上手くいかなくなって、子供が成人した時に正式に離婚してしまったらしい。

ただ当人同士の交流は無くとも、子供や孫との交流はそれぞれ続けていたみたいだ。

女の子も分け隔てなく祖父母二人との団欒を楽しんでいる。


とはいえ二人ともそれなりに高齢であり、祖父は身体が弱くなり、祖母は記憶がボケてきてしまい、今はそれぞれが別の施設に預けられ余生を過ごしているとのこと。

女の子の話は、その施設に会いに行った時の祖父母の事だった。


祖母の方は、やはり日に日に物忘れの範囲が広くなっているみたいだ。

祖父の話が出る事はもちろんなく、それどころか女の子と前回に話した内容も思い出せなくなっていたらしい。


まあ、認知症とはそういうものだと言われればその通りなのだけれど、大切にしてきた時間が消えて行くのを見ているしか無いという現実は、どれ程辛い事だろう。


関わりようのない僕に出来る事は何もないけれど、せめて女の子とその祖母が穏やかに交流を続けられる様に密かに祈っておく。


一方で祖父の方は、身体の機能低下が深刻な様で日に日に窶れていっているみたいだ。

けれど頭の方はむしろ冴えている様子で、話をすれば明確な言葉が返ってくるし、会話に矛盾も無いらしい。

それが本人にとって良い事なのかは分からないけれど。


祖父は女の子との交流中に、時々祖母の話が出る事もあるらしい。


けれど時間が過ぎれば過ぎただけ、その分の記憶は自然と薄れていってしまう。


女の子の祖父は、もう祖母との思い出は殆ど思い出せないと話したそうだ。

その時のやり取りを思い出して胸に迫るものがあったのか、女の子は泣き出してしまい、話を聞いていた他の生徒たちに慰められている。


僕はそれを視界に捉えてしまい、心配しながらも手元の教科書に視線を落とした。


そっか。

嫌な思い出は無くなったんだ。


人間はした事よりもされた事、良い事よりも嫌な事の方が記憶に残りやすいと聞くけれど、その祖父は蟠りから解放されたんだね。


それは僕には関われない話だったけれど。

話的に最期の時が近い人の事だからこそ耳に惹かれたのだろうか。


その内に教師が入りチャイムが鳴ったから、僕は考えることをやめて意識を前へと向けた。

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