…

目の前に広がっていたのは、どう見ても「未来」——いや、「超未来」だった。

空を飛ぶ車。

空中に浮かぶ椅子に座って、会話している人々。

そして何より、手元の空中に浮かぶ透明な板を指で操作する人々。

映画やSFの中だけで見たような光景が、現実として目の前にあった。ああ、ワクワクする！

　——夢にまで見た光景が、ここにあるっ！

「れ、レイナ…っ？…これ、夢だよね…？」

「夢ならいいけど、残念ながら現実みたいだよ」

え、残念ながら？　私はワクワクする...　あっ、そうか。そうだね。うん。

なぜなら、私たちは——

「…空中に、浮いてる！！！！」

そう、空に放り出されていたのだ。

見下ろせば、ビルの屋根どころか、木すら見えないほどの高さ。鳥より高く飛んでいる。

「ちょっ、嘘でしょ!? 落ちる落ちる落ちるぅぅ!!」

「澪！落ち着け！姿勢を保って！——って、私も無理だけど！」

風で髪ゴムが吹き飛ばされ、サダコみたいになる。

ああもう、なんでこうなるの。せっかくなら、陸に降ろしてよ！

ついでに私は高所恐怖症で叫んでいる。無意識だね。どうしようもならない。

なぜかレイナは◯の覚悟をしているように落ち着いている。不思議だね、ジーザス。

「みおおお———っ！！！」

真っ白に燃え尽きて絵画みたいになった私と、私を心配する親友の叫びと共に、異世界の空を——私たちは、落ちていった。

——青空の中で、飛んでいる。いや、落ちている。

　そう、落ちているのだ。空から、離れた陸へ。

　視界が弾け、重力が遠く感じたその瞬間、

　私は咄嗟に——レイナの姿を見た。

「…え？」

　今のレイナは、いつもの黒髪じゃなかった。深淵のような色をした髪が、銀の風に溶けるように変わっていく。その銀は光を吸い込み、宝石のように輝く。　綺麗。

　眼では茶色が紫に変わり、

　紫が溶けて、圧縮されるように紫になり、そして虹色となった。

　光の粒が集まり、まるで星のように瞬く。

「レ、レイナ…？　その髪…！」

　レイナの色が変わっていた。もう、私の知っているレイナではないのかと心配した。けれど、次の瞬間、今度は私自身が光に包まれた。

「み、澪⁉」

　風が止まって、静止した。レイナの瞳の中で私の黒髪ポニーテールが、ゆっくりと変化してゆく。チョコレートケーキに金箔をのっけたように黒から金へ、金から橙へ。金とオレンジのグラデーションが、歓迎するように踊った。

　そして、この瞳。

　同じく茶色の瞳孔が赫（あか）く燃え、

　その外側には紅藤（べにふじ）のようにやさしい桃色が広がっていく。

　何これ、コワイ。

「な、なにこれ…！　私たち…！」

　互いに手を伸ばし、触れようとする。

　けれど、指先が触れる寸前で——世界がひっくり返った。

　空が裏返り、光があちらこちらに飛び交い、ビッグバンが足元で起こるみたいな感じ。

　銀と橙金の髪が交差し、風がうねりを上げる。

　その瞬間、二人の視線が重なり、光が爆ぜた。

　——その神秘的な光景に、私たちは、ポケーっとしていた。

そして、ハッと我に返る。

　凄く驚いた。まさか、こんなことがあろうとは。でも、あれはなんだったんだろ〜。

「そういえばさ、あれ、何だったんだろうね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「あれ？ああ、あれか。正直わからないよ」

　ま、そうだよね。むしろ、分かんなくてトーゼン。と、いうか、あの魔法陣の紙が原因かも知れないから、怒られる可能性がめちゃくちゃ高い。逆に知らなくてよかった。

　そして気を抜いていたその時ーー

「澪、着地の準備、出来てる？」

「あ」

　やばい。　これはやばい。　〇ぬ。

「あと10メートルくらいかな？」

「ヤバイ、このままじゃ落下死するぅぅぅッ！」

「とりあえず、頭を守って。キャッチするから！」

　頭を守る姿勢になった。飛行機とかでよく説明されるやつだ。レイナがどうやらキャッチしてくれるらしい。　本当にキャッチできるの？

「うえい、怖い！」

「大丈夫、大丈夫」

　私を抱えてスタッ、とレイナは着地する。来ると思っていた衝撃はまったくない。快適だね。すごい ——これは、お菓子の家もあるのでは⁉︎納豆ネバネバ平安京だっけ、あるんじゃない？　あそこの納豆は美味しいんだよね。知らんけど。

　私たちは怪我がないか確認し、空中で変化したお互いの髪と瞳の色を見る。

　なぜか笑えてくる。カラオケから始まった、ありえない状況なのに、テンションはぐんぐん上がっていく。

　これから冒険が始まる——そう直感が告げる。楽しみで仕方ない。

「これ、夢じゃないよね？」

「まだ言うか。現実だよ、これは」

　これは本当に現実なのかな。ほっぺをつねようとしても痛くない。　これは夢なのか、それとも、これは現実でどこかで痛みを吸収してくれるのか。風に乗って、澄んだ音が流れてくる。どこからともなく、音色が響き、追い風が吹く。わかったよ、風クン。今、歩き出すから。

　レイナも楽しみなのだろう。顔を見れば、わくわくしているのが分かる。そーだよね、気持ちはすごくわかる。私はこの先のことに想いを馳せて、歩き出した。

　二人は街へ向かって歩き出す。

　——”光の都市”東京へ。