第9話 血と信頼

 戦いの終わった草原に、ようやく朝日が差し込んだ。

 霧が晴れ、焼け焦げた大地が露わになる。

 勝利の空気が漂う中、カイルは息を吐いた。


「……ふぅ、これで一区切りですね」

「お前が言うと、まるで計算通りって感じがしてムカつくわ」

 リリアが呆れたように笑う。

 剣を肩に担ぎながらも、彼女の瞳はまだ鋭い。


 しかし、その安堵は――あまりにも短かった。


 突如、東の森から響く金属音。

 地響きのような足音が、再び戦場を震わせた。


「敵だ! 増援です!」

「……嘘でしょ、撤退したはずじゃ……」


 リリアが振り向くより早く、十数人の聖騎士が森から飛び出してきた。

 白銀の鎧に陽光が反射し、まるで光そのものが襲いかかってくるようだった。


 カイルの《分析》が瞬時に動く。

 ――速度、角度、位置。

 最も危険な一撃がどこに向かうのか、すぐに“見えた”。


「リリアさん――危ない!」


 カイルは咄嗟にリリアを突き飛ばした。

 次の瞬間、鋭い刃が彼の左肩を貫いた。


「っ……ぐ!」


 血が噴き出す。

 熱い痛みが全身を焼いた。


「カイル……!?」

 リリアの叫びが、空気を震わせた。

 いつもの冷静な声ではない。そこには、怒りと焦りと――恐怖が混じっていた。


 聖騎士が刃を引き抜こうとした瞬間、リリアの目が紅く光った。


「よくも……ッ」


 瞬間、空気が変わった。

 辺りの温度が一気に下がる。

 彼女の周囲に、真紅の魔力が吹き荒れ、まるで血の嵐のように広がった。


「我が名はヴァルメリア。血をもって、貴様らを屠る」


 彼女の声が響くと同時に、聖騎士たちの体が次々と宙を舞った。

 剣すら構える暇もなく、紅い閃光が一瞬で彼らを貫き、消し飛ばしていく。


 数十秒。

 戦場に残ったのは、風の音と、血の匂いだけだった。



 リリアはすぐにカイルのもとへ駆け寄る。

「カイル! おい、しっかりしろ!」

「……だ、大丈夫ですよ。肩を掠めただけ、ですから」

「掠めた、じゃない!」


 リリアは思わず叫んでいた。

 その顔には、怒りでも嘲りでもない――純粋な心配が浮かんでいた。


「なんで庇うのよ、私を!」

「あなたは、必要な人です。あなたがいないと、この軍は動かない」

「そんな理屈、聞きたくない……!」


 彼女は震える手で傷口を押さえ、治癒の魔力を流し込む。

 紅い光が、ゆっくりとカイルの傷を癒していく。


 カイルはかすかに笑った。

「やっぱり、あなたは優しいですね」

「優しくなんか……」

「ええ、優しいですよ。あなたは人間よりも、人間らしい」


 その言葉に、リリアの動きが止まった。

 その紅い瞳に、一瞬だけ戸惑いが走る。


 やがて、彼女は小さく息を吐き、視線を逸らした。

「……あんた、ほんと、変な人間」

「あなたも、少しだけ」


 ふたりの間に、静かな笑みが交わされた。

 血の匂いの中で、それでも確かに、絆の温度だけは暖かかった。

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