第8話 地味スキルの本領発揮

 夜が明ける前、濃い霧が草原を覆っていた。

 昨日の戦闘で勝利を収めたリリア小隊は、負傷者の手当を終え、再び陣を整えていた。


「……静かすぎるな」

 リリアが呟く。

 周囲を覆う霧の中、何かが潜んでいる気配だけがじわじわと肌を刺す。


 カイルは膝をつき、地面に手を置いた。

 魔力の流れ、風の動き、地形の反響――《分析》が静かに起動する。

 頭の中で、音と気配が数値となり、線となって結ばれていく。


 ――見える。


「リリアさん。敵は、包囲してきます」

「包囲? 方向は?」

「東と南から聖騎士団の主力。西には伏兵。北は……あえて“開けている”。誘導ですね」


 彼の声に、部下の一人が笑った。

「そんな霧の中でどうやって分かる? 勘かよ」

「ええ。人間の“地味スキルの勘”ですよ」

 カイルは穏やかに笑う。

 だが、その眼は冗談を一切含まない光を帯びていた。



 リリアは短く頷き、剣を抜く。

「全隊、再配置! 北を抜ける準備をしろ!」

「北は罠じゃないのか?」

「罠じゃない。罠に“見せかけているだけ”です」カイルが断言する。

「敵は自分たちの動きを読まれていないと思い込んでいる。だから、北を開けたまま包囲を完成させようとしてる」


 リリアの命令で、部隊が静かに動く。

 霧の向こうから、金属音が響いた。


 ――来た。


 白銀の鎧が霧を割り、聖騎士団の突撃が始まる。

 左右からの突進。正面には槍兵、後方には魔法部隊。

 だが、カイルの声が響いた。


「リリアさん、三時方向! 魔力収束点を狙ってください!」

 リリアが即座に反応し、紅の魔力を放つ。

 放たれた斬撃が霧を裂き、そこに潜んでいた聖騎士の魔導師を直撃した。


 爆散する魔法陣。

 聖騎士団の後衛が一気に混乱に陥る。


「どうして分かった……?」リリアが驚愕の目を向ける。

 カイルは息を整えながら言った。

「敵指揮官の癖です。彼は“初撃で魔導師を守る”ことをしない。常に前衛の槍兵を優先する傾向がある。

 それを利用しました」


 まるで手の内を見透かされたように、敵軍の動きが次々と狂っていく。

 カイルの《分析》が読み取った“行動パターン”が、戦場を完全に支配していた。



 そして数十分後。

 聖騎士団は包囲を完成させる前に瓦解し、霧の中へと撤退していった。


 魔族側の被害は、わずか三名軽傷。

 それ以外は無傷。


 戦場の静寂の中、誰かが呟いた。

「……やりやがった」

 次々と、その声が広がる。


「本当に、読んでたのか」

「ただの人間じゃねぇな……」

 疑念と嘲りが入り混じっていた小隊の視線が、今は純粋な驚嘆と敬意に変わっていた。


 リリアが剣を納め、カイルの隣に立つ。

「地味スキル、ね。……派手な戦闘よりずっと恐ろしいわ」

「戦いとは、派手に勝つより、確実に勝つものです」

「まったく。あんた、人間じゃなくて魔族みたいな考え方するのね」


 二人の間に、ふっと笑いがこぼれた。

 戦場に咲く、一瞬の安堵。

 霧の向こうで、朝日が昇り始めていた。

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