第13話 捜査会議 そのⅡ
「運転手など、元から存在しなかったのです」
「…………ゑ?」
なに言ってんだこのあんぽんたん。
「その理由は?」
すぐに主任からのツッコミが入る。
「理由は2点」
匡佐が二本の指を立てる。
「第一に“逃走するために必要な条件が多すぎる”こと、第二に“遮光フィルムの存在”です」
「一つ目については、まだ分からなくもない。が……二つ目の、遮光フィルムはその話と一体どう繋がりますかね?」
「いくら何でも暴論すぎるのでは。話の飛躍が大きいかと思いますが」
「まあまあ。遮光フィルムについては、つじつま合わせ―――整合性の問題です。
ともかく結論から言えば、〈運転手がいた〉という前提で考えていくとある時点で考えが詰まってしまうんです。先ほど述べた仮説は、可能性を一つ一つ検証していった結果、残った物から判断され得るいたって合理的な結論であると申し上げておきましょう」
……大丈夫だろうか。
なんか長くなりそう。
もんもんと考えていたら、主任が続きを促した。
「とりあえず詳細をお願いします」
「承知しました」
匡佐も立ち上がり話を始めた。
「まずは運転手がいるという仮定で考えましょう。州警察の報告では、トラックの爆発後に運転手の遺体は発見されず、逃走の痕跡もありませんでしたね。この事実は前提として考えて問題ないでしょう。さて、なんとも不可解な状況ですが、現実的にどう説明できるでしょうか」
そう問いかけられると、警察の方からすぐに意見が出る。
「現状では、運転手が爆発の混乱に乗じて消えたと考えるのが妥当でしょうね」
「運転手が存在しないという結論よりは、こちらの方が現実的だと思います」
「しかし、ここで一つ疑問が。警察に完全に包囲されていたのにどうやって逃げ出したのです?」
「こんな仮説は考えられませんか」
地元警察の刑事が手を上げて語り始めた。
「あらかじめ運転席の後方部分を改造していて、抜け穴があったんです。そこからおそらく車外――車の下に脱出。警察が退避を始めるまで隠れ、タイミングを見計らって警官隊に紛れてあとは成り行きで逃げおおせた。粗い説明ですけど、大筋としてどうでしょうか?」
うん……いろいろとツッコミどころが多々ある。
「荒削りな部分はさておき、完全には否定できませんね。状況的にも、ある程度妥当な説でしょう。しかし……」
こんどは鑑識担当に聞いた。
「鑑識さん、トラックの運転席に抜け穴などの脱出口はあったのでしょうか?」
「いえ、少なくとも現段階の調査結果からは、残骸や破片から抜け穴等の存在を示す痕跡や、そのような改造があったと示唆されるものは確認されていません」
なにやらタブレットを操作し始めた。
モニターにトラックの3D画像―――たぶん同型車両のCADデータ―――が映し出される。
「今モニターに映しているのが、爆発したトラックと同型の車両の構造です。ご覧の通り、構造上そのような改造を施すのはそもそも難しいと思われます。全く不可能というわけではないのですが、作ったとしても通り道の幅やどこに出口を作るかという問題が残りますね」
「そうでしたか……」
「トンプソン警部。州警察が突入した際に何か見つけたりは?」
「いいや、そんな報告は受けてない。突入した警官に聞き取りを行っているが、目立つような逃げ道はなかったと聞いた。ま、隠し扉だったら、あの短時間では見つけられなかった可能性もある」
「なるほど」
抜け道を作るのがそもそも難しいか。
……でも、たまにいるのだ。「なぜベストを尽くしたのか」と言いたくなる犯行に及ぶ奴が。
鑑識と警部の答えを受けて、匡佐は話を進めた。
「ここで一度、万が一脱出口が存在した場合も考えましょう。その仮定のもとで、①出口はどこだったのか、②脱出後はどこに潜んでいたのか、という二点についてどうお考えで?」
「あの状況なら、やはり逃げる場所も隠れ場所も車の下でしょうか。運転席とトレーラーとが別の車体なので、直接移動はできませんし」
おや。
「ちょっと待った」
と待ったをかける。爆発直前、自分は車体の下を確認して誰もいないのを見ている。そこは見逃せない。
「はいアラン君どうぞ!」
……なんでお前が仕切ってるんだ、という指摘はしないでおこう。
「爆発直前に、車の下に誰もいなかったことは私が確認しています。この事実はその説明と矛盾するものかと」
「んー、確かにそうだ」
と、警部も同意してくれた。
「あの時はいきなり地面に伏せて驚いたが、誰もいなかったのは確かだろう」
「……となると、私の説では逃走が難しいことになるのですかね?」
と言って、刑事は腕組みをする。
「仮に車体の下に隠れていても、これほどの至近距離だと爆発に巻き込まれて無事でいられるはずがない。燃料は下に漏れていたし、爆発で引火してるんだ」
「その通りですよ警部」
「おっ、そりゃどうも」
「ただし、最後に最も厄介な仮説が残っていますね」
「というと?」
「二段構えの脱出劇の可能性です」
「ンンン? 二段構え、とは?」
「トレーラーの真下にも、隠し扉なり通路なりがあったとすれば?」
と言って、トレーラーの写真を示した。
「爆発前に運転席から車外へ脱出。その後に車の下の地面を這ってトレーラー側へ移動し、そこに仕込んだ隠し扉を通って内部へもぐりこむ。そうすればそ、爆発時にはトレーラーの中で、鑑識中はその下かその空間内でやり過ごせるかもしれません」
「待った」
「どうぞ」
「鑑識は荷台も調べたんですよね? 先ほどの報告では、トレーラーの荷台は空だということでしたが」
「もちろん。目視できる範囲では全て確認しました。ただし、詳細な鑑識はまだ……。今回は、損傷が激しかった運転席の方を優先しました。本当に隠し扉などがあった場合、発見できていない可能性はあります」
「となると今すぐには、はっきりと否定しづらいですか」
匡佐は少しの間黙ったかと思うと、また口を開いて話をつづけた。
「ですが、やはり隠し扉や通路など存在しないと考えられます」
「その根拠は?」
「あっても意味が薄いからです」
「意味?」
「はい。仮にあったとしても」
「そこを詳しく」
「分かりました」
改めて、その考えを言葉として紡いでいく。
「仮に運転手がトレーラーに潜んでいたとしても、逃げ出すことが難しいんです」
「ふむ」
「トラックは爆発炎上していた。車の下は漏れ出た燃料に引火し、狭い範囲ですが火が回っていました。つまり、再び車の下に出て逃げるには難易度が高かったわけです」
「そうだな」
「トレーラーから出られないんだったら、警官に変装するってのはどうでしょうか?」
「それはですね……当時現場にいた方は、すこし思い出してみてください。トラックは警察により完全に包囲されていました。爆発直後も、トンプソン警部の迅速な対応ですぐに立て直していて、相当数の無傷な人員がスムーズに動けていた。仮に変装して脱出できても、トラックから出現するところを見られているはずなんです。つまり、逃走を成立させるためには満たすべき条件があまりにも多く、しかも同時に達成しなければならないんですよ」
「まあ……そうなりますかね、ええ」
匡佐が室内を見回して言う。
「しかも、爆発は意図的なものである可能性が高いんでしたね。仮に運転手が存在したのなら、その人物は爆発することを知っていたはず」
言葉を一度切り、こちらを見ていった。
「しかし、脱出した形跡がない。少なくとも、爆発直前に運転席から車外に脱出した可能性は低いことになります。さらに、トレーラーに潜んでいたとしても、安全に逃げる手段がないのです」
「となると……」
「お察しの通り」
匡佐が静かに続けた。
「運転手には、脱出する機会そのものがほとんど存在しえなかったんです」
カンカン帽をかぶり直して、
「であれば、そんな運転手に残された選択肢は、〈警察に引きずり出されて逮捕〉や〈逃げられずに爆発に巻き込まれる〉など、かなり限られていたことになります」
言葉を切り、
「そう―――」
全体を見て言った。
「―――運転手が存在したとすれば、ね」
室内が静まり返った。
何かしらの反論は出なかった。
その静寂が呆れからなのか、はたまた感嘆からなのか、自分にはわからなかった。
いや、少なくとも感嘆はないだろうと思いなおした。
それには構わず匡佐は話をつづけた。
「これまでの議論から、運転手が存在した可能性が低いという結論を得ました。次に遮光フィルムについて議論したいのですが……」
と、一度言葉を切る。
「その前に、一つ懸念点があります。まあ、ただの杞憂で終わるはずですが」
「何でしょう?」
「仮に運転手が乗っていた場合。その運転手が今もトレーラーの中に、つまり今トレーラーが保管されている警察署にまだ潜んでいる可能性です」
「「「「「はい!?」」」」」
もっと衝撃的な発言。
ますます「お前は何を言っているんだ」状態になっていく。
「先ほども挙げたように、仮にトラックの荷台に隠し扉(隠し通路的な何か)があるとすれば、その中で警察をやり過ごすことはできるはずです。トラックを調べるのは消火後ですし、現場では詳細を調べられずに移送されてますからね」
「いやいやいやちょっと待ってくれ!」
警部がスマホを取り出した。
「トレーラーの移送には州警察がエスコートして署まで行った。しかもノンストップだ。何も報告が挙がっていない以上、走行中に脱出された可能性も低い!」
「たしか、移送準備中であっても常に警察の目がありましたね。見知らぬ警官―――変装した運転手―――が突然現れたとして、それを確認作業を行っていた人間だと認識するかと言われたら、無理があると思います」
「だから残された可能性は、未だに潜伏を続けているかもしれないって?」
「なんでもっと早く言わなかったんだ!?」
「いやー……、ここまで説明しないと、すぐに確認してもらえる状況を作れないかと思いまして」
「まあ落ち着け」
警部がスマホを耳にあてた。
「今、トラックが移送された署に確認させる」
2コール後。
「―――州警察C中隊のマイケル・トンプソン警部だ。数時間前、そちらの署に爆発したトラックのキャブの残骸とトレーラーが移送されたはずだが。……そうだ、詳しい鑑識とかは―――」
数秒の沈黙。
そして、
「え? まだだって? ああいや、ちょっと待て! そのトレーラーの方に、運転手が潜んでいる可能性が挙がった。大至急確認を頼む。確認作業は、容疑者が武装している可能性も考慮して、万全の態勢で臨んでくれ」
迷探偵の夏休み返上出張録 ~アメリカ合衆国連続断頭殺人事件~ 真夏ノ蒼空 @Kasute_ra
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