第8話 第一の事件Ⅱ 迷探偵とプロファイラー

【7月1日 12時50分】



 テントから外に出ると、相変わらず蝉の鳴き声がうるさく響いていた。


 ライアンとケビンは、州警察と共に周辺の聞き込みへ向かった。

 余裕があれば、他州の支局に連絡して被害者の身辺調査を進める予定だ。

 アルバートと主任はテントに残り、それぞれデジタル分析と調査、捜査指揮を続けている。主任はFBI支局とも連絡を取るらしい。


 後ろを振り返ってみれば、中央広場の真ん中にでかい樹木―――大樫の木を改めて認めた。

 続けて匡佐(きょうすけ)と警部たちがテントから出てきた。

 警部補は片手にタブレット端末を持っている。

 無線機などの装備も持ってきたようで、しきりに通信音が聞こえていた。もちろんここからじゃ内容は聞き取れないが。

 と思っていたら。


「ん?」


 なんだなんだ!

 地元警察のものか、パトカーが数台サイレンを鳴らして出動していった。


「警部補、何かあったんですか?」

「ええ。なんだか町の銀行で警報システムが作動したらしくて。郡のディスパッチ経由で地元警察に出動要請が入ったらしいんです。比較的近いので、ここからは外周警備をしていた一部が少しだけ。現場はもう固めてますから」

「なんか……大変ですね……州警も動きますか?」

「武装の可能性が出れば。今のところ誤作動だとは見ていますが、一応は待機です」

「それで無線機を?」

「ああ、そうですね。外回りしてる捜査班との連絡も兼ねてますよ」


 これは完全に管轄外。

 そうは言っても、州警察にそこまで緊張が見られないし、たぶん大丈夫だろう。

 なんて考えていると。


「ではでは、行きましょうか!」

「はしゃぐなっつったろ追い出すぞ」

「えっ(゚Д゚;)⁉」


 などと匡佐が大層うるさく促してきた。

 心の中で中指を立てた。


 後ろからヒソヒソと小さい声で、

「なあ、ホントに大丈夫なのかこの探偵さんは」

 なんて警部が聞いてきたので、

「大丈夫ですよ(たぶん)」

 と小さな声で申し上げた。”たぶん”は心の中で言った。

 匡佐は本気ではしゃいでいる訳じゃないのだ……たぶん。一応こんなんでも分別はつくのである。


「……州警察の方で鑑識作業は終わってる。ERT(FBIの鑑識)の方も作業は粗方終わってるだろうし、自由に動いてもらって構わない」

「お、では好きにやらせていただきますね」


 本当に大丈夫かなぁ……。

 ちらっと警部の方を見るとなんかアイコンタクトしてきた。

 ―― やっぱり目ぇ離さないでくれ……。

 ―― ………申し訳ない。

 目で謝っておいた。


 現場を荒らさないように手袋を掛けるなど、諸々の準備を終えてトンプソン警部たちについていった。



 少し前のことだが、実は気づいたことがあった。

 捜査指揮所のテントに向かう途中、死臭や腐敗臭がしなかったのである。


 通報から6時間以上は経つので、ここに遺体が置かれている時間はそれ以上になるだろう。

 今は夏の真っ只中だし、外は蒸し暑い。ニュージャージー州を含む東海岸は日本と気候が似ているというのに、そんな外に死体が曝されて数時間、虫すら集っていないとは。一体どういうことなのやら。

 なんてことを考えつつ警部たちの後を歩いていると、隣に並んでいた匡佐が話しかけてきた。


「テントまでの道中、死体がある広場に何も臭いがしなかった……。変だと思わないかい? そろそろ腐敗が進んでいてもいいと思うんだけど」


 どうも同じことを考えたらしい。

 それに答えて言った。


「全くその通りだ」


 掛けた手袋を引っ張って、


「―――その見解には、全面的に同意する」


 気合を入れた。




 一歩一歩、大樹へと近づいていくと、地面を覆っている大きいシートが見えてきた。一枚で三人分を覆っているので、かなり広範囲に感じる。

 警部がシートの前まで歩き、正面で立ち止まった。


「これだ。写真を見てもうわかっていると思うが、心の準備はしておいた方がいい。それじゃ、退かすぞ」


 一度深呼吸をする。


「お願いします」


 さ、ご対面といこう。


 バサッとシートが退かされると、それらが現れた。

 現場を見るや否や匡佐はしゃがみ込み、切断面に目をやった。


「な・る・ほ・ど……。写真通りだけど、思ったより状態がきれいだね」


 三人の、断頭された死体。

 服は整えられ、両手は胸の前に組まれている。

 そして、遺体は首元で頭が切断されており、その頭はそれぞれ自身のものと思われる体の前に置かれていた。


 なんというか、まるで―――生首を考えなければだが―――葬儀のために整えられた遺体のようだな。


「……やけに切断面がきれいだね。潰れも裂けもない……鋭利な刃物か……いや、それだけじゃなくて―――」


 自分は遺体周辺を見てみる。

 地面には芝が青々と茂っていて、なにか汚れもあるわけじゃない。芝生の長さも大体均一のようだし、管理が行き届いてるのがわかった。管理人のあの爺さんが一人でやってるわけじゃないだろう。業者か何かを呼んでいるのかもしれない。

 すると、


「アラン君、気づかないかな?」


 匡佐がそう問うてきたので、見下ろしたまま答えた。


「―――血がほとんど無いってことか?」

「そうっ!」


 改めて周囲を見てみれば、地面がきれいだった。

 血液の飛散も、遺体から流れ出た跡も見当たらない。


「雨で流れた可能性は?」

「ないね。地面が濡れてないんだ。この森の中じゃ、雨が降ったら今でも地面が湿っているものだよ」

「じゃあこの遺体は、人為的に適切に処理されてから現場に運び込まれたことになる」

「となれば、必然的にどこかで遺体は保管されていた可能性が高くなるね。産地直送とか無理ゲーじゃない?」

「産地直送とか言うな不謹慎すぎる」


 と、匡佐が少し黙った。


と定義させていただく。


「どうした?」

「見なよこれ」

「見てるぞ」


 匡佐が遺体を指さして言った。


「確かに。血も出さない、臭いも出さない、見せ方も整ってる」


「整いすぎ。衣服もきれいすぎ」


「少なくとも犯人は素人ではない」


「そして扱い慣れてる」


「何をだ?」


「死体のことさ」


「となれば犯人は、医療や軍、俺ら法執行機関なんかの経験者か……少なくとも、遺体の扱いに慣れてる人間だ」


「その可能性が高くなる。でも――」


「でも?」


「この処理はちと……医療知識のレベルを振り切ってないかな?」


「うーむ……まあ、体液や傷口の処理までならまだしも、防腐処理やら死に化粧なんかはそうかもしれん。見せ方に振り切ってる気がする。頭に入れておこう」


 それに、と匡佐が続けた。


「もはや舞台の演出だね」


 現場を改めて見直した。


「――劇場化された現場か」


「被害者の扱いは丁寧」


「だが犯人の思惑が分からん」


「死者に敬意や哀悼の意を示した?」


「そうは思えない」


「だよね。敬意を示すにはちょっと――」


 揃って死体を一瞥する。


「やりすぎだ」


「日本語の”慇懃無礼”って感じ」


「ああ。じゃあ深い意味はなく、ただの演出? 丁寧さはその副産物か」


「かな。―――アラン君、ちょっと面を貸しておくれ」


「ん? なんだ」


 匡佐に手招きされたので、自分もその隣にしゃがみ込んだ。

 遺体が目の前に見える。


「何かあったのか?」

「切断面を見てみなよ」

「―――あまり長くは見ていたくないが、どれ」


 躊躇いがちに生首と胴体の切断面を眺めてみた。

 じっくり見るのは初めてである。


「この断面なんだけど……ほら、異様に揃ってるんだよね」


「……確かに。人力でやるにしちゃ、ここまで均一にはならないと思うが」


「電動工具なら荒れるし、血も飛ぶから、たぶん使ってない」


「じゃあ何だと思う?」


「……単なる思い付きだけどね、切断したんじゃなくて落としたんじゃないかな?」


「落とした?」


「一気に、真っ直ぐ」


「一体どうやって?」


「例えば―――ギロチン、みたいに」


 これまた。


「随分と古臭い手法だな」

「ま、綺麗すぎるのは事実だ。状況証拠しかないし、今はこれくらいにしておこう」

「本音は?」

「ぶっちゃけわかんない」

「じゃあ思い付きでしゃべるなよ……」


 次の論点へ行く。


「いつ殺されたと考える?」


「十中八九、被害者は拉致された後に殺されてる。しかも最近。この様子じゃたぶん死後数日くらいしか経っていない」


「その観察眼はエア司法解剖もできるのか?」


「これは推理だ」


「すいり」


「防腐処理や死に化粧、何をしても時間が経てば風化して綻びが出る。そして完全な血抜きするなら数日で十分。犯人は死体と現場で演出をしたい。だから長い間保存するのは悪手だ。舞台の完成には数時間程度で良い、その上発覚前にやりきる制限時間付き。ならば最適な行動は何か? それは、遺体という舞台装置の完成を決行の少し前に設定すること」


「まあ分からんでもないが、信じるに値するかは微妙だ」


「分析結果でわかるから、結論を焦らなくてもいいよ」


 それに、処理されたにしても遺体の状態はかなりいいからね、と続けた。

 次はメッセージの話へ。



「犯人はメッセージを残してた」


「だが誰に対して?」


「少なくとも僕ら(捜査機関)じゃない」


「ならアメリカ市民全員に向けて?」


「もっともらしいけど違う」


「じゃあ何だ?」


「それを今から推理するんだ」


「今の否定は推理の結果じゃないのか?」


「ただの思い付き、思考の垂れ流し。整理でもある」


 匡佐がロン警部補に向き直る。


「警部補!」

「はい!?」


 彼の持つタブレットを指さす。


「あのメッセージカードの写真を見せていただけます?」

「えっあ、はい!」


 警部補が慌てて端末を操作する。


「こちらです」


 画面をこちらに向けてもらった。

 そこにはメッセージカードの写真が表示されている。


「 “- Bring Back America’s Glory” 、か。アラン君、和訳は頼んだ」

「日本語に訳せば、 “アメリカよ、再び栄光を”―――若干意訳だが。てかお前英語話せるだろ。現在進行形で喋ってるし」

「まあまあ、いいじゃん。で、これどう思う?」

「過激だな」

「だね。この意味を素直に受け取ると?」

「極右の仕業にも見える」

「うん」

「だが、そんな気はしない」


 肩をすくめて言った。


「過激派が起こした過去の事件じゃ、もっと粗が多くて場当たり的だった。それにこんな回りくどいことはしないし、そもそも過激派にこんな知能犯はいない。時たま、とっっっっても素晴らしいことに【外れ値】が出現しやがるが、やり方はもっとわかりやすくて直球だ」

「本当にその【外れ値】の可能性は無いのかい?」

「可能性は低いといえる」

「そうなの?」

「そもそも、奴らならこんな辺鄙な場所でやらないものだ」

「その類の話は僕は疎いからねぇ……詳しく」

「なんでそう言えるかっていうと、話題性が薄まるから。過激派はもっと目立つことを求める」

「ほう」

「やるなら都市部、標的は著名人か多数の市民、或いはその両方。そして、もっと派手だ。よくあるのは爆弾やらの大規模テロ。こんなドロドロした薄気味悪い事件を起こす意味がない。主義主張を広く知らしめることや実現させることが過激派にとっての第一目標なんでね」

「ナルホドね。じゃあ次にいこうか―――」


 今度は画像を指さして言った。


「これ、よく見て」


 匡佐が文字を強調する。


「何かあるのか?」

「文字を見てみなよ」

「文字?」


 端末の画面をよく見る。

 手書きじゃない、特に珍しくない印刷された文字だ……気になることと言えば、フォントのことだろうか。

 標準のフォントじゃないが、名前が分からない。

 特に珍しくはないフォント、しかし敢えて使われたのは明らかだろう。


「ステンシル体っていうんだよ」

「はーこれそんな名前だったのか!!」

「そうよん」

「軍用車両の……車両番号とか、”US”とかでよく見るな。あとロック風の服の文字デザインにも」

「そうそう、それそれ」

「で、何か意味があるの?」

「わかんない」

「は?」

「情報が足りないね」


 ああ、そう……。

 文字の話に戻るか。


「んーーとにかく、このカードの文字は印刷されてる。メッセージを書くだけだったら、デフォルトで設定されてるフォントでいいはずだ。となれば、わざわざ設定をし直してこれを書いたことになるだろ?」

「そう、問題はそこだ」

「あえてステンシル体を用いた意味―――」

「ちょっといいかお二人さん?」


 ここで、トンプソン警部から指摘が入った。


「ただの偶然で、以前使用した時の設定のままだっただけ、なんてことも考えられないか? それに、どこで印刷されたのかも手がかりになる。自前プリンターでやったのか、店の印刷機でやったのか」


「確かに。それもそうですね」


「………こんな用意周到な事件を起こす犯人だし、そんなドジはやらないだろうと思いますけど」


「そうかぁ……。ああそれと、ロンのタブレットに、今さっきラボから分析結果が届いたんだ。カードのインクは市販で流通しているものだったよ」


「おっ、そうでしたか!」


「州警察としては、カードの分析を進めて印刷機などを特定するつもりだ」


 警部が話を続ける。


「話を戻そう。この文字の意味だが、それなら捜査のかく乱でもなさそうだな」

「でしょうね。捜査のかく乱にしては意味がなさすぎると思います」

「意味がない?」


 なんでそう言い切れるのだろうか。


「アラン君。前提として、ミスリードをしたいなら、幾つかのヒントの中に紛らわしい物を含めるべきなんだよ。今回の事件なら、警察に対して手紙を送りつけるとか、全く関係のない品を現場に意味ありげに忍ばせておく、神話か何かになぞらえて被害者を選ぶ、とか。

 犯人は警察が右往左往するのを見て楽しむ。

 でもそんなもの今回はない。メッセージの見せ方は淡白だし、死体や現場の状況から解釈するか、被害者同士の共通点を探るぐらいしか事件のヒントがないんだよ。そうすると、このステンシル体が捜査のかく乱としてはほとんど機能しない。優先順位が低くなるし、結局調べることにはなるんだから」

「となれば、そこが肝になるかもしれない?」

「たぶんね」


 本当かな。

 一応理由付きで匡佐がそう言うなら、いったん信じてみてもいいかもしれん。

 流石に「勘です」とか言われたらゴミ箱にポイするけど。


「今わかるのはこんなものか」

「じゃあ整理しようか。プロファイリングは君ら(FBI)の本分だろ?」

「え?」

「え?」

「俺するの?」

「え、仕事しないの?」


 キレそう。

 匡佐が全部やってくれるだろとか思ってた自分が百パーセント悪いけどキレそう。

 完全にただの小林少年の気分だった。

 ……気を取り直して、ちゃんとプロファイリングをしていこう。

 そう思ったその時。 


「ところでさ」


 と匡佐が言った。

 何かあるのだろうか。


「プロファイリングって何?」

「……そこから?」

「そうだよ」

「じゃあさっきの『プロファイリングはFBIの本分だろ?』なんて思わせぶりな発言はなんだ!」

「雰囲気」


 駄目だこいつ早く何とかしないと。

 これ見よがしに額をベシッと叩いて、呆れ顔のジェスチャーをしてやった。


「―――あのな、プロファイリングってのは、要するに“現場から犯人像をどうにかこうにかして逆算する”作業だ」

「ずいぶんロマンのない言い方だねぇ」


 実態はただの統計学といっても差し支えない。そこに精神医学とか心理学の知見も組み合わせて考えていくものである。


「現実はそんなもんなんだよ」


 手をひらひらさせて言った。

 無駄な時間を食ってしまった。

 今度こそ気を取り直して、ポケットから手帳とペンを取り出し、そこに書きつけながら考えをまとめ始めることにした。


「さて、これまでに分かった情報を整理するか」

「ツッコミは任せい!」

「頼んだ。まずは遺体だ。状態はきれい、血がない―――これは、犯人にそれらの処理能力があるってことを示すよな。専門知識がある可能性は高いが、分野まではまだ絞れない」

「発想は医者っぽくないけどね」

「サイコパスなら或いは。とはいえ、遺体の処理をきちんとこなせる人間だ。これは実務型だ」


 次に現場の痕跡から考える。


「次は現場から犯人像を考えよう。そもそも犯行が完璧すぎる。痕跡ゼロ、運搬も完璧。普通の犯人なら何かをミスするはず」

「不可能ではないけど、厳しいとは思うね」

「つまり、ミスを消せる程の人間か、ミスを出さない方法だったのか」

「でもね、アラン君。現場が完璧すぎるってのはどう説明するの?」

「……一人でやるには負担が大きいし、複数犯の可能性も?」

「可能性はある。けど、今は断定は難しいかな」

「なら、可能性が高いだけってことにしとこう。で、この完璧さは事務的だ。神経質さ故のものではないと思われる」


 今度は遺体の方へ向き直り、考えをまとめていく。


「遺体を丁寧に並べている。こいつは感情的な殺人じゃなく、”見せるための殺人”になる。つまり、思想を持った殺人だ。カードの存在がこれを補強してくれる」

「じゃ、メッセージカードを考えようかね」

「こいつが示すのは、犯人に主張があるということ。ここで重要なのは、メッセンジャーに派手さがないってことだ。つまり―――」

「犯人は目立ちたいわけではなく、何かを伝えたい。それで十分だった」

「メッセージ自体は過激なものだった。しかも犯行は苛烈。愉快犯じゃない。遺体の綺麗さとは裏腹に、何か強い思い―――奥底に強い怒りがあるといってもいいだろう」


 手帳に書き出したものを見直す。

 ここからわかることは―――。


「犯人の行動には一貫性があるね」

「殺し方は苛烈で―――」

「現場を演出している」

「だが目立ちたいわけじゃない」


 それも随分と―――。


「死体の扱いが丁寧で綺麗だった」

「遺体を処理する実務能力がある」

「現場や犯行自体も完璧で」

「でも事務的で、神経質さが表れていない」

「そして過激なメッセージ―――」

「並々ならぬ思いがくみ取れる」

「そして、一人でやるには負担がでかい」

「複数犯の可能性―――でも断定はできない」


 となれば。


「以上を統合した犯人像は―――」


 言葉を切った。

 匡佐も黙った。

 警部たちは見守っていた。

 そして、口を開いた。

 

「”統制された怒りを持ち、演出まで設計できる実務型の犯人”だ」


 匡佐がサムズアップした。


「これで、オッケー!」


 なんかしょぼい結論になった。なんというか、思うところがないではない。


「―――なんかしっくりこない」


「おや、何だい。言ってみなよ」


「いや……いくらなんでも、この現場が丁寧すぎるのでは、と」


「ほうほう、そこに戻るか」


「何か理由があってやってるのは分かるんだ。けど、どうせ死体の写真は世間に出回らない。死体を直接見れるのは、俺ら捜査機関の人間か事件の関係者だけだ」


「そうね」


「それなら、死体をあそこまできれいに整える必要はあるのだろうか……なんて思ったり? 度を越しているんじゃないか、と思うんだ」


「それはねぇ……次の事件で、ヒントが増えるから待つしかないと思うよ」


「二件目以降が起こる前提かい……」


「はっはー! こんな事件、連続性があるなんて自明でしょ! そもそも防ぎようがないんだ。ある意味で、僕らは最初から敗北していると言ってもいい!」


「縁起でもないことを……」


 と言ったところで。


「っ! ああそうだ!」


 匡佐が何か思いついたらしい。


「どうした?」

「アラン君、ここにマスコミが集まり始めたのって何時ごろかわかる?」

「いや、知らん。警部、ご存じですか?」

「記録はしてないが……まず我々州警察は、7時ごろには既に現場に入っている。そこから約……1時間ほど後、だから8時には報道陣第一弾が来たはずだ」

「随分と早いですね」

「意外かもしれんが、こんなもんだよ」

「報道規制は?」

「今はない。垂れ流しだ。GHPD(グローリーヒルズ警察)もNJSPも、記者会見はまだだがね」


 まだ何も決まっていないか。

 いや、警察本部の連中はもう準備を始めてはいるんだろうけど、現場と相談が必要だし。現場の処理が終わった後になるだろう。


「メッセージカード、どう発表します?」

「そうだな―――」

「決まってないなら、そのまま発表しましょう」


「「「・・・え?」」」


 警部・警部補・自分の三名が、思わず同時に同じ言葉を溢した。

 匡佐が割り込んできたのだ。


「文言だけでなく、カードの写真そのままですよ警部殿」

「……何か狙いがあると?」

「わざわざ文字を【ステンシル体】で書いていたんです。そこには絶対に意味がある。絶対に。我々捜査機関には解らずとも、メッセージを伝えたい相手にはこれで伝わるからこそ犯人は作ったんです」

「いやいや、理屈はわかるけどな……」


 すこし考え込む。なんとなく匡佐の言いたいことは理解した。

 ここは援護射撃をしてやろうか。


「トンプソン警部。警察や米国民全員に対するメッセージにしては、意味は強烈ですが示し方が淡白です。

 犯人は痕跡を残さない完璧な犯行をしているのだから、都市部でもやってのける能力があるはず。なのにわざわざこんな場所でやったのは、つまり目立ちたくはない、しかし相手には十分に伝えたいという意思表示と考えられます。

 仮に次回以降のターゲット=被害者に向けたものなら、その意味を理解し、彼らは警戒度を上げてくれるはずです。警察にも保護を求めるかもしれません。一種の賭けではありますが、どうでしょうか」


 最後に、匡佐が一押しする。


「警部、是非とも叶えて差し上げましょう。犯人の願いを」


 ここまで言われて、警部が溜息をついた。


「分かった分かった。検討はしてやる。期待は、しないでくれよ」

「ありがとうございます」

「あくまで検討だぞ」


 ふう、と一息つく。

 一仕事終えたのだ。今できることはこのくらい。

 情報が増えるのはもう少し後だし、テントに戻ってアルバートに色々聞こうかな。主任にも今の話は共有しておかなければ。


 なんて考えた、その時。

 ピーッピーッピーッピーッ、―――。


 無線機から、短い警告音が響いた。


――『グローリー・ヒルズストリート820番地 33番通り沿いにおいて大型車両の異常走行の通報、無謀運転の可能性。当該車両は複数の赤信号を無視して走行。当該車両はグローリー・ヒルズパーク方面へ進行中。現場付近の全部隊は注意を払って行動されたい。』


 唐突にノイズ混じりの声がそう告げてきた。

 トンプソン警部が眉をひそめる。

 そして即座にロン警部補に指示を出し始めた。


「ロン、無線だ。外周警備中の人員を直ちにマスコミの排除に掛からせろ。公園内側の人員はそのまま待機。我々は誘導の指揮を行う。いいな」

「了解」


 そうして動きだそうとした警部を、慌てて呼び止める。


「あれっ警部」

「今度は何だ!?」

「我々も手伝います。匡佐の目で人の動線を見極めます」

「そりゃ助かるな。今は人手が欲しい」

「……えっ? なにそれ?」

「さ、お仕事だぞ匡佐」

「んんんん????」


 ワシントンDCでの意趣返しだ。

 役に立つのは間違いないので問題はないだろう。

 もう面倒だし敬意なんて無いので、匡佐に対して敬称は付けないことにした。


「いやね、ほらっ、お腹空いちゃったなーなんて? チ、チカラガデナイナー」

「記憶喪失か。昼食は空港で食べただろ」

「ゔっ!」


 抵抗する匡佐の襟をつかみ、引きずって歩き出した。

 やっぱり匡佐は厄病神だと思う。

 こいつがいるとトラブルにしか巻き込まれないのだから。

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