第8章「初めて触れる世界」

柔らかな光が、僕のまぶたを優しく撫でた。

ゆっくりと目を開けると、見慣れない白い天井が視界に広がる。王宮の療養室だ。僕は、どれくらい眠っていたのだろうか。

身体を起こそうとして、自分の右手が温かい何かにしっかりと握られていることに気がついた。

視線をゆっくりと横へ移す。

そこにいたのは、リュウセイ様だった。

彼は、僕が眠るベッドの横に置かれた椅子に深く腰掛け、僕の手をその両手で優しく包み込むように握っていた。

素肌で。

手袋のされていない、彼の大きな、節くれだった、温かい手が、僕の手に直接触れている。

僕は、その感触に、思わず息を呑んだ。リュウセイ様の手のひらは、僕が想像していたよりもずっと温かく、そして、どこか力強かった。指の関節が、僕の手の甲に優しく触れている。その一つ一つの感覚が、僕の心に、じんわりと染み込んでくる。

「……目が覚めたか」

彼の安堵に満ちた低い声。その声には、僕が眠っている間、どれほど彼が心配してくれていたのかが、滲んでいた。

「……はい」

僕は、自分の手を見つめた。リュウセイ様に握られている、僕の手。こんなにも自然に、こんなにも当たり前に、触れ合っている。

「……触れて、いるんですね」

「ああ」

リュウセイ様は、その整った顔に、僕が今まで見たこともないほど柔らかな笑みを浮かべた。あの氷竜帝と呼ばれた孤高の騎士団長の顔に、今は、穏やかな幸福の色だけがある。

「呪いは、もう解けた。お前の詠唱が、俺を救ってくれたんだ」

その言葉に、僕の瞳から涙がぽろりとこぼれ落ちた。

「よかった……」

声が震えた。

「本当に、よかった……」

リュウセイ様は、僕の手を握ったまま、ゆっくりとその額を僕の額にこつんと合わせた。彼の体温が、額を通して、僕に伝わってくる。僕たちは今、本当に触れ合っているのだ。

「ありがとう」

彼の囁くような声が、僕の魂に直接響く。

「お前が、俺に触れることを教えてくれた」

僕たちは、しばらくの間、ただそのまま額を合わせ、互いの存在を確かめ合っていた。彼の呼吸が聞こえる。僕の呼吸と、少しずつ同調していく。この静かな瞬間が、僕にとっては、何よりも尊いものだった。


儀式から三日が過ぎていた。

侍女の話によれば、僕の魔力は、王宮の魔導医たちの手厚い看護によって順調に回復していたという。そして、その間、リュウセイ様はほとんど眠ることもなく、ずっと僕のそばに付き添ってくれていたのだそうだ。

「団長様は、あなた様が目を覚まされるまで、一歩も離れようとなさいませんでした」

侍女がそう言って微笑んだ時、僕の胸は、温かいもので満たされた。

数日後、僕が完全に回復すると、リュウセイ様は僕を王宮の庭園へと誘ってくれた。

僕たちは、手を繋いでいた。

初めて繋いだ手。彼の少しごつごつとした、大きな手のひらの感触。僕の指を優しく、しかし決して離さないとでも言うように力強く絡めてくる彼の指。

その一つ一つの感覚が、僕にとっては、生まれて初めての奇跡だった。

「これが、どれほど奇跡的なことか」

リュウセイ様が、ぽつりと呟いた。

僕たちは、その幸福を一歩一歩噛み締めるように、ゆっくりと歩いた。

庭園には、色とりどりの花が咲き乱れていた。噴水が陽の光を浴びてきらきらと輝いている。鳥たちの楽しげなさえずり。風が優しく頬を撫でていく。

その全てが、僕の世界で鮮やかに輝いて見えた。まるで、世界が生まれ変わったかのように。いや、生まれ変わったのは、僕自身なのかもしれない。

リュウセイ様は、僕を満開の薔薇が咲き誇るアーチの下へと導いた。赤、白、ピンク、黄色。様々な色の薔薇が、僕たちの頭上で優雅に揺れている。甘い香りが、風に乗って運ばれてくる。

「ユキ」

「はい」

彼は、僕の前に立つと、その深い青色の瞳で僕をまっすぐに見つめた。その瞳の中に、僕の姿が映っている。

「俺は、お前に初めて触れた」

「だが、まだやっていないことがある」

その言葉の意味を、僕はすぐに理解した。僕の心臓が、甘く高鳴る。

リュウセイ様は、その大きな手を僕の顎にそっと添えた。彼の指が、僕の肌に触れる。その温もりが、僕の全身に広がっていく。

「……いいか?」

僕は、声にならない声で、ただ深く頷いた。

彼は、ゆっくりとその顔を近づけてくる。彼の息遣いが聞こえる。彼の体温を感じる。僕の心臓が、激しく打っている。

そして――。

僕たちの唇が、初めて触れた。

柔らかく、優しく、そしてどこまでも深く。

僕は、全身の力が抜けて溶けてしまいそうな甘美な感覚に襲われた。彼の唇は、思っていたよりも柔らかく、そして温かかった。彼が僕の腰に手を回し、僕の身体を支えてくれる。僕は、彼の肩に手を置いて、ただその口づけを受け入れた。

これが、キス。

触れることさえ許されなかった僕たちの、初めての愛の証。

長い、長いキスの後、リュウセイ様は名残惜しそうにその唇を離した。そして、僕の額に自らの額をそっと合わせた。

「……お前は、甘いな」

彼の熱に浮かされたような囁き声。

僕は、顔を真っ赤に染めながら、かろうじて答えた。

「……あなたも、です」

僕たちは、どちらからともなくふふと笑い合った。薔薇の香りに包まれて、僕たちはしばらくの間、ただ抱き合っていた。


その日から、僕たちの新しい日々が始まった。

僕は、王妃様直々の任命により、王国の「首席詠唱魔導師」という大役を拝命した。僕の詠唱魔法の才能は、もはや誰もが認めるところとなり、僕は若い魔導師たちにその知識と経験を教えることになった。

ある日の午後、僕は王立魔導院の講堂で、二十人ほどの若い魔導師たちを前に立っていた。

「魔法は、力ではありません。心です」

僕の言葉に、生徒たちは真剣な眼差しで頷いた。

「感情を恐れないでください」

僕は、かつての自分に語りかけるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「感情こそが、詠唱魔法の源泉です。怒りも、悲しみも、喜びも、愛も。その全てが、あなた方の魔法を形作るのです」

一人の少女が、おずおずと手を上げた。

「先生、でも、感情的になりすぎると、魔力が暴走するのではないですか?」

僕は、優しく微笑んだ。

「いい質問ですね。確かに、感情に飲み込まれてしまえば、魔力は暴走します。大切なのは、感情を否定するのではなく、受け入れ、そして導くことです」

僕は、自分の手のひらに小さな光の玉を浮かべてみせた。それは、僕の魔力が、柔らかく、温かく輝いている証だ。

「この光は、私の心そのものです。かつて、私はこの光を恐れていました。でも、今は違います。この光こそが、私を私たらしめているのだと、知ることができたからです」

生徒たちは、その光を見つめながら、静かに頷いた。

授業の後、一人の若い男子生徒が僕に近づいてきた。

「先生、先生はどうやって、あの大儀式を成功させたんですか?」

僕は、微笑んだ。

「愛です」

生徒は、目を丸くした。

「愛があれば、どんな魔法も成功します」

「でも、それって……おとぎ話みたいですね」

僕は、笑った。

「そうですね。でも、私の人生は、おとぎ話のようなものですから」

生徒は、不思議そうな顔をしていたが、やがてにっこりと笑った。


リュウセイ様は、引き続き竜騎士団長として王国を守り続けている。だが、彼の周りには、もうあの人を寄せ付けない氷のような孤独の空気はなかった。

ある日、リュウセイ様が訓練場で若い騎士たちを指導している場面に、僕は偶然出くわした。

「構えが甘い。もう一度」

リュウセイ様の厳しい声が響く。だが、その声には、かつてのような冷たさはなかった。

若い騎士が、息を切らしながらも、懸命に剣を振るう。

「よし、今のはいい」

リュウセイ様が、騎士の肩を叩いた。騎士は、嬉しそうに顔を輝かせた。

訓練が終わった後、一人の若い騎士がリュウセイ様に尋ねた。

「団長、噂は本当ですか? 団長は、かつて誰にも触れられなかったと」

リュウセイ様は、頷いた。

「本当だ。竜騎士の呪いでな」

「でも、今は?」

リュウセイ様は、僕がいる方向を見て、微笑んだ。

「今は、愛する人に触れられる。それが、どれほど奇跡的なことか、お前たちにはわからないだろうな」

若い騎士は、リュウセイ様の優しい表情を見て、驚いたようだった。

「氷竜帝」と呼ばれる冷徹な団長が、こんな表情をするなんて。

僕は、その光景を見て、胸が温かくなった。リュウセイ様は、もう孤独ではない。僕がいる。そして、彼を慕う多くの仲間がいる。


僕たちは、公私にわたる最高のパートナーとなった。

かつて僕が一人で過ごした西の塔の訓練室は、今では僕たちの愛の巣となっていた。

僕たちは、そこで魔力の訓練を続ける。

だが、今は触れ合いながら。

「魔力を、俺に流せ」

「はい」

僕が、リュウセイ様の素肌の手に触れると、僕の温かい魔力が彼の身体へと流れ込んでいく。それは、まるで二つの川が一つになるような、自然で心地よい感覚だった。

「……お前の魔力は、やはり温かいな」

「あなたのは、冷たくて、でもとても優しいです」

僕たちの魔力が、完璧に調和する。氷と炎。冷たさと温かさ。それらが溶け合い、一つの完璧な魔力となる。

もう、僕たちは離れる必要はないのだ。


ある晴れた日、リュウセイ様は僕をセラフィムの元へと連れて行ってくれた。

王宮の外れにある竜の住処。そこに、巨大な氷竜が僕たちをその優しい瞳で見下ろしていた。

セラフィムは、僕に、その巨大な鼻先をそっと近づけてきた。

「ありがとう、竜さん」

僕は、セラフィムのひんやりとした、しかしどこか温かい鼻先に両手で触れた。

「あなたのおかげで、儀式は成功しました」

セラフィムは、嬉しそうにグルルと喉を鳴らした。その声は、まるで大きな猫が喉を鳴らすようで、どこか愛らしかった。

「セラフィムも、お前がすっかり気に入ったようだ」

リュウセイ様は、微笑みながらそう言った。

「……実は、少し嫉妬していたんだ」

「え?」

「お前が、セラフィムにこうして触れられるのを見て。俺は、触れられなかったからな」

僕は、その子供のような告白に、思わずクスリと笑ってしまった。

「今は、触れられますよ」

「ああ」

リュウセイ様は、僕を後ろから優しく抱き寄せた。

「さあ、セラフィムと一緒に、魔力の訓練をしてみよう」

リュウセイ様は、僕の手を取り、セラフィムの前に立った。

「俺とお前と、セラフィム。三つの魔力を一つにする」

僕は、頷いた。

僕は、詠唱を始めた。小さな、優しい詠唱。リュウセイ様が、僕の肩に手を置き、彼の冷たい魔力を僕に流し込んでくる。そして、セラフィムが、その巨大な身体から、古代の魔力を放出する。

三つの魔力が、空中で交わり、渦を巻き、そして一つになった。

青白い光の柱が、天に向かって伸びていく。

「……すごい」

僕は、息を呑んだ。

「これが、俺たちの力だ」

リュウセイ様が、誇らしげに言った。

セラフィムが、嬉しそうに咆哮した。その声は、まるで祝福のようだった。

僕たちは、セラフィムに見守られながら、幸せな時間を過ごした。


ある夜、僕たちは、かつて僕が一人で暮らしていた西の塔の自室の前を訪れた。

「ここで、あなたは一晩中、私に語りかけてくれましたね」

僕は、冷たい扉にそっと手を触れた。

「あの時、どれほど嬉しかったか」

リュウセイ様もまた、僕の隣でその扉に手を触れた。

「俺も、あの夜は忘れられない。触れられないのに、お前がこんなにも近くにいた」

僕たちは、扉を挟んで互いの手を重ね合わせた。

だが、今は――。

リュウセイ様は、その扉を開け、僕を部屋の中へと導き、そして強く抱きしめた。

「もう、壁はいらない」

「はい」

僕たちは、抱き合ったままかつてのそれぞれの孤独を思い出した。

そして、今のこの温かい幸福を噛み締めた。

かつて、この部屋で、僕は一人で泣いた。一人で震えた。一人で、自分の心を殺していた。

だが、今は違う。リュウセイ様がいる。彼の温もりが、僕を包んでいる。

「もう、お前は一人じゃない」

リュウセイ様が、僕の髪を撫でながら囁いた。

「はい。もう、一人ではありません」


儀式の成功により、レオンは正式に釈放された。

彼は、リュウセイ様と僕の前に深く、深く頭を下げた。

「本当に、申し訳ございませんでした……」

リュウセイ様は、その肩に力強く手を置いた。

「もういい。お前も、家族を守ろうとしただけだ。もう一度、俺の元で働いてくれるか?」

レオンは、顔を上げ、涙を流しながら何度も頷いた。

「はい……! 必ず、このご恩に報います!」

僕は、その光景を見て静かに微笑んだ。

許すこと。それもまた、愛の一つの形なのだと知った。


そんなある日、僕の元に一通の手紙が届いた。差出人は、カイトだった。

『ユキへ

新天地で、新しい仕事に就いた。魔導院の分校で、教師をしている。

ここで、一人の青年に出会った。彼は、かつての俺のように、完璧であろうとして苦しんでいる。

俺は、彼を救いたいと思っている。お前が、かつて俺を救ってくれたように。

いつか、また会おう。その時は、俺も誰かの隣にいられるといいな。

幸せに。

カイトより』

僕は、その手紙を読み終えると、静かに窓の外の空を見上げた。

「カイトも、幸せになれるといいですね」

僕の背後から、リュウセイ様が優しく僕を抱きしめた。

「ああ。彼も、やがて自分の道を見つけるだろう」

僕は、カイトの幸せを、心から願った。


満月の夜。

僕たちは、かつてリュウセイ様が僕に愛を告白してくれたあの西の塔の最上階に立っていた。

あの時、30センチの距離で触れることさえ叶わなかった場所。

だが、今は――。

リュウセイ様は、僕を後ろから優しく抱きしめていた。

「あの夜、俺はお前に触れたくて狂いそうだった」

「……私も、です」

僕は、僕の腰に回された彼の腕に自分の手をそっと重ねた。

「でも、触れられなかったからこそ、今のこの幸せが、こんなにも尊いんです」

リュウセイ様は、僕の髪にその顔を埋めた。

「お前と出会えて、本当によかった」

「私も、です」

僕たちは、月を見上げた。満月が、僕たちを優しく照らしている。

「これから、どんな未来が待っているだろうな」

リュウセイ様が囁く。

「わかりません」

僕は、微笑んだ。

「でも、あなたと一緒なら、どんな未来も怖くありません」

リュウセイ様は、僕をさらに強く抱きしめた。

「俺もだ。お前がいれば、俺はどこへでも行ける」

僕たちは、月明かりの中で、永遠を誓った。


数日後、僕は新しい詠唱詩を書き上げた。

それは、僕たちの愛の物語を綴ったものだった。

僕は、それをリュウセイ様に見せた。

「これを、あなたに」

リュウセイ様は、その詩をゆっくりと読み始めた。

『凍える夜は、もう終わった

光を取り戻した魂たちよ

その火を燃やし続けろ

灰を恐れず、愛を燃やせ

なぜなら、愛の中から

永遠の命は芽吹くから

そして今、私たちはその手を取り合う

あなたと共に、永遠に燃え上がろう

触れることの奇跡を

決して忘れずに

魂で結ばれ

身体で触れ合い

これこそが、真の愛

これこそが、永遠の絆』

リュウセイ様は、詠唱詩を読み終えると、僕を強く抱きしめた。

「……完璧だ。お前の詠唱は、いつも俺の魂を救ってくれる」

僕は、彼の広い胸に顔を埋めた。

「あなたがいるから、私は言葉を紡げるんです」

僕たちは、抱き合ったままその幸福を噛み締めた。


その夜。

僕たちは、初めて同じ寝室で眠りについた。

大きなベッドで、向かい合って横になる。月明かりが、窓から差し込んで、僕たちを優しく照らしている。

「……緊張します」

僕が囁く。

「俺もだ」

リュウセイ様も囁き返した。

「でも、もう離れたくない」

「私も、です」

リュウセイ様は、僕の手を取った。

「今夜は、ただこうして眠ろう。だが、お前の温もりを、ずっと感じていたい」

僕は、頷いた。

僕たちは、手を繋いだまま額をそっと合わせた。

「おやすみなさい」

「おやすみ、ユキ」

リュウセイ様は、僕の髪を優しく撫でた。その手の動きは、どこまでも優しく、そして愛おしげだった。

僕は、そのどこまでも優しい温かさに包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

彼の呼吸が聞こえる。彼の体温を感じる。彼の存在を、全身で感じる。

初めて、誰かの温もりの中で眠る夜。

孤独だった僕たちが、ようやく見つけた安らぎの場所。


翌朝、僕はリュウセイ様の力強い腕の中で目を覚ました。

リュウセイ様も、同時に目を覚ましたようだった。彼の青い瞳が、僕を見つめている。

「……おはよう」

「おはようございます」

僕たちは、微笑み合った。

「こんな朝が来るなんて、夢のようだ」

リュウセイ様が囁く。

「私も、まだ信じられません」

僕が囁き返す。

リュウセイ様は、僕の頬に優しくキスを落とした。

「だが、これは現実だ。お前は、ここにいる。俺の腕の中に」

僕は、幸せで涙が溢れそうになった。

「はい。私は、ここにいます。永遠に、あなたの隣に」

朝日が、窓から僕たちを照らしている。

新しい一日の始まり。

僕たちの新しい人生の始まりだった。


それから数日後、僕たちは王宮の執務室に呼ばれた。

王妃様と、数名の高官が、僕たちを待っていた。

「お二人に、新しい任務をお願いしたいのです」

王妃様が、優しく微笑みながら言った。

「辺境の村で、結界の綻びが見つかりました。大したことではありませんが、念のため確認をお願いできますか?」

リュウセイ様は、頷いた。

「わかりました。俺たちが行きましょう」

僕も頷いた。

「はい」

王妃様は、嬉しそうに微笑んだ。

「お二人なら、安心してお任せできます。どうか、お気をつけて」

執務室を出た後、リュウセイ様は僕を見つめた。

「久しぶりの旅になるな」

「はい。でも、あなたと一緒なら、どこへでも」

リュウセイ様は、僕の手を握った。

「ああ。俺もだ」


出発の日。

僕たちは、セラフィムに乗って空へ舞い上がる準備をしていた。

セラフィムの背中に、リュウセイ様が先に乗り、それから僕に手を差し伸べた。

「さあ、来い」

僕は、その手を取り、セラフィムの背中に乗った。リュウセイ様が、後ろから僕を抱きしめるように、僕の身体を支えてくれる。

「準備はいいか?」

「はい」

セラフィムが、力強く羽ばたいた。

僕たちの身体が、ふわりと浮き上がる。

王宮が、ゆっくりと遠ざかっていく。

青い空。白い雲。そして、愛する人の温もり。

「ユキ」

「はい」

「愛している」

「私も、愛しています」

僕たちは、空の上で、永遠を誓う。

魂で結ばれ、身体で触れ合う。

これこそが、真の愛。

かつて触れられなかった僕たちが、今は永遠に離れない。

孤独だった魂たちが、今は一つ。

セラフィムは、風を切って空を飛び続ける。その背中の上で、僕はリュウセイ様の腕の中に包まれながら、眼下に広がる景色を見下ろした。

王都の街並みが、まるで小さな模型のように見える。人々が、小さな点のように動いている。あの街で、僕たちは出会い、愛し合い、そして結ばれた。

「懐かしいな」

リュウセイ様が、僕の耳元で囁いた。

「あの街で、俺はお前を見つけた」

「私も、あなたに見つけてもらいました」

僕は、彼の腕に自分の手を重ねた。

「あの時、もしあなたが私を見つけてくれなかったら」

「そんなことは、ありえない」

リュウセイ様は、きっぱりと言った。

「俺は、どんなことがあっても、お前を見つけ出していた。たとえ、この世界の果てにいたとしても」

その言葉に、僕の胸が熱くなった。

セラフィムが、高度を上げる。雲の中を抜けて、さらに上へ。

やがて、僕たちは雲の上に出た。

そこには、果てしなく広がる青い空と、真っ白な雲の海があった。太陽の光が、雲を黄金色に染めている。

「……綺麗」

僕は、息を呑んだ。

「ああ」

リュウセイ様も、その景色に見入っていた。

「だが、この景色よりも、お前の方が美しい」

僕は、顔を赤らめた。

「もう……」

リュウセイ様は、僕の耳に唇を寄せた。

「本当のことだ」

その囁きに、僕の心臓が激しく打った。

空を飛びながら、僕は小さく詠唱した。

「凍える夜は、もう来ない

光を取り戻した私たちよ

その火を燃やし続けよう

永遠に、愛を燃やし続けよう

あなたと共に

どこまでも」

僕の詠唱が、風に乗って、空に響いた。

リュウセイ様は、僕を抱きしめたまま微笑んだ。

「お前の詠唱を聴くたびに、俺は生きていることを実感する」

「私も、あなたがいるから、詠唱を紡げるんです」

セラフィムが、嬉しそうに咆哮した。その声は、まるで僕たちの愛を祝福しているかのようだった。

雲の上を飛びながら、僕はふと考えた。

これから、僕たちはどんな未来を歩んでいくのだろう。

困難が待っているかもしれない。苦しみが待っているかもしれない。

だが、それでも。

僕には、リュウセイ様がいる。

彼の温もりがある。彼の愛がある。

それがあれば、どんな未来も、怖くない。

「リュウセイ様」

「ん?」

「これから、どんなことが起こっても」

僕は、彼の腕に手を重ねた。

「ずっと、一緒にいてください」

リュウセイ様は、僕の髪に顔を埋めた。

「当たり前だ。俺は、もうお前を離さない」

「永遠に、お前の隣にいる」

その言葉に、僕の瞳から涙がこぼれた。

だが、それは悲しみの涙ではなく、幸せの涙だった。

セラフィムは、空を飛び続ける。

王都を離れ、辺境の村へと向かう旅。

だが、それは同時に、僕たちの新しい人生の始まりでもあった。

もう、僕たちは孤独ではない。

もう、僕たちは触れ合える。

魂で結ばれ、身体で触れ合い、言葉で愛を伝え合う。

これこそが、真の愛。

これこそが、永遠の絆。

空の上で、僕たちは永遠を誓った。

太陽が、僕たちを祝福するかのように、まばゆく輝いている。

風が、優しく僕たちを包んでいる。

セラフィムの力強い羽ばたきが、僕たちを未来へと運んでいく。

「ユキ」

「はい」

「幸せか?」

リュウセイ様が、囁いた。

僕は、迷わず答えた。

「はい。これ以上ないくらい、幸せです」

「俺もだ」

リュウセイ様は、僕をさらに強く抱きしめた。

「お前と出会えて、本当によかった」

「私も、です」

僕たちは、空の上で、微笑み合った。

そして、セラフィムは、力強く羽ばたき続けた。

青い空を。

白い雲を。

まばゆい太陽の光の中を。

僕たちを乗せて。

未来へ。

希望へ。

永遠へと。


辺境の村に到着するのは、明日になるだろう。

だが、僕たちには時間がたっぷりある。

この旅を、ゆっくりと楽しもう。

二人で、一緒に。

リュウセイ様の温もりを感じながら、僕は目を閉じた。

風の音が聞こえる。セラフィムの羽ばたく音が聞こえる。そして、リュウセイ様の心臓の音が聞こえる。

その全てが、僕にとっては、愛の音楽だった。

「ユキ、眠るのか?」

「いいえ。ただ、あなたの鼓動を聴いていたんです」

リュウセイ様は、くすりと笑った。

「お前は、本当に……」

彼は、僕の額にキスを落とした。

「愛おしい」

僕は、顔を赤らめながら、彼の胸に顔を埋めた。

空を飛ぶ旅は、続く。

だが、もう、僕たちは恐れることはない。

なぜなら、僕たちには愛があるから。

触れ合える奇跡があるから。

そして、永遠に続く未来があるから。

太陽が、少しずつ西に傾き始めた。

やがて、夕暮れが来るだろう。

そして、夜が来るだろう。

だが、僕たちには、もう凍える夜は来ない。

なぜなら、僕たちには、互いの温もりがあるから。

「リュウセイ様」

「ん?」

「愛しています」

僕は、何度でもその言葉を伝えたかった。

リュウセイ様は、優しく微笑んだ。

「俺もだ。愛している、ユキ」

セラフィムが、再び嬉しそうに鳴いた。

まるで、僕たちの愛を祝福するかのように。

空を飛びながら、僕は思った。

これから、どんな困難が待っていようとも。

どんな試練が待っていようとも。

僕たちなら、きっと乗り越えられる。

なぜなら、僕たちには愛があるから。

魂で結ばれた、永遠の愛が。

そして、触れ合える奇跡が。

それがあれば、何も怖くない。

空は、どこまでも青く、広がっていた。

僕たちの未来のように。

———完———

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魔導士ユキは触れられたい ししのこ @shishinoko

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