ヴィーナス誕生は私が主役

浅川 六区(ロク)

学園×ミステリ×ちょっと恋愛

4,500文字の物語


「はーい。と言う訳でー、この投票結果から主人公のヴィーナス役は、七瀬さんに決まりましたー。七瀬さんお願いしますねー」優しく微笑む美海みう先生は、クラス投票の結果が書かれた黒板にチラリと視線を送ると、黒板消しを手にボクらに背中を向けてそう言った。


 美海先生の背中は…白いブラウスが透けていて下着のラインがくっきりと目立った。ブルーの…綺麗なブルーのラインにクラス中の好奇の目が注がれた。

 補足しておくと、それに視線を取られたのはボクを含む男子だけだったかもしれないが。


 五村いつむら美海。うちのクラスの担任で、今年の春、東京の女子大を卒業したばかりの新任教師。そして同じクラスにいる五村里美の実の姉でもある。

 二人が姉妹だと教えてもらわなくても分かる程、良く似ている。

 黒髪ショートボブも、可愛い笑顔も、そしてボクだけに見せる心地良い反応もだ。


 うちのクラスは三十名で、男女比がちょうど半分の十五名ずつという構成で成す。

 ただし、クラス選挙や投票などは美海先生も生徒と同じ一票を持っていて、投票にも加わることとなっていた。


 ボクはしばしば、美海先生は女子校生でも通用する容姿なのだから、むしろ生徒側の席に座っていても良いのでは、と思ったりもした。

 ボクが本人にそう言った時も、

「私もそっち側だったらもっと楽しかったのにねー」と彼女は笑っていた。 


 そして今日は、クラス対抗の演劇会が行われるにあたって、主人公のヴィーナス役やその他の配役を選出するという、クラス投票が行われたのだった。


 今回のうちのクラスで行う演劇は女子らがメインの配役を占めていて、ボクら男子は海に浮かぶ名もなき海洋生物だったり、大きなホタテ貝の下の部分と上のフタ部分などだった。

 ボクに至っても浜辺で揺れるだけのヤシの木の役だ。

 

 まあ、当日のセリフも無いし、事前に演技の練習をする必要もないから、ボクはそれで納得していたのだが、女子たちは少し違っていた。真剣だったのだ。


 今年は、台本に学校側の検閲が入らないと言うことが決まったからだった。

 学校側の検閲――それは社会通年上、相応しくないセリフや所作、衣装、過度な肌の露出は全て弾かれるというもので、去年までは、あれがダメ、これもダメで、面白みに欠けるものが演じられて来たのだった。


 しかし今年は理事長の変更に伴い、生徒の自主性や個性を重んじる、生徒の意見を最優先にすると言う方針になったのだ。

 そのため、元々用意されていた台本が大きく描き直されたことで、女子生徒らにはそれが刺さったのだ。

 特に女子大育ちの美海先生のペン入れは過激かつ情熱的で、そして勇ましく、メインのヴィーナス役は、ラストシーンではビキニの水着姿まで披露するという、

とてもきらびやかなステージが用意されていたのだ。


 全校生徒が見つめるその舞台上でビキニになること…絶対に嫌だという女子もいたが、それとは真逆にジブンの晴れ舞台だ、見せ場だと考える女子もいた。

 演劇は、生徒らの撮影は自由で、SNSへの投下も可。

 ジブンのビキニ姿が、一気に全世界発信出来るチャンスだと考えている女子も多くいたのだ。

 そのため、ヴィーナスになりたいと願う女子らの壮絶な選挙運動も数日前から始まっていたほどだった。


 

 事件が発覚したのはその日の午後だった。


クラス委員長のユウタが昼休みの時間になって、教室の前方に出てみんなに告げた。

「今回の演劇の件だけど、午前中に配役投票が行われて、ヴィーナスや三人の海姫役らが決定したんだけどー…」


ユウタの声に教室中が鎮まる。

言葉を続けるユウタ。

「その配役選挙だけど、集計した票数に間違いがあったんだ…」


――間違いって何?――――まさか不正投票? 

など、教室のあちこちから声が聞こえた。


「どういうことなの?」里美がユウタに訊いた。

「えーっと、だから…今日の午前中に行われた配役投票で、“三人の海姫”とか選ばれたんだけど、票数が合わないんだ」


教室内がザワつく。


「それって…」七瀬が不安な表情を見せる。

「もう少し分かり易く説明してくれないか」ボクも会話に加わった。しかし本音はどうでも良いと思っていた。

 ボクの「ヤシの木」役を取られることがなければ、あとは何でも…。


 ユウタも少し焦りを感じている。

「今日は欠席者がいないから投票の総数が、三十一票あれば良いんだけど、得票された総数が、四十票あったんだ」

四十票…?

「数え間違えじゃないのかい?」ボクが念を押す。


「ああ。クラス委員長の俺だけじゃなくて、副委員長の武田とか書記の吉永とかとも何度も数え直したから間違えはない」


「その投票用紙は?」今回の配役選挙に興味はなかったが、謎の匂いがした瞬間、

ボクの性分が騒ぐ。

 ボクがまた探偵をやるとするか。


「投票用紙はこの中にある」ユウタが投票箱を高く掲げた。



 今、みんなの前で投票箱を逆さにして投票用紙を数え直す行為は避けたい。

 その際に風で飛ばされたり、投票用紙が紛失する恐れもあるからだ。

 

ボクはユウタに提案した。

「その投票箱、そのままにしておいてくれないか。放課後に調べてみるから。

 もしかしたら箱の中に何らかの仕掛けがあるかもしれないし」


 クラスのみんなもボクらの会話を聞いていたが、ボクの提案にみんな頷いていた。ボクが探偵部の部長を務めていたからだろう。そして数々の事件を解決してきたという、信頼と実績の賜物たまものだと感じた。

 

 今回の配役選挙、いや…ヴィーナス選挙、主人公のヴィーナスに選ばれたのが七瀬だった。そして次点だった海姫うみひめ2が里美、海姫3が二花にちか

 いずれもうちの探偵部のメンバーだった。

 ボクはメンバー想いの良い部長という訳ではないが、偶然にも部員の三名が上位当選したクラス投票に不正の疑いがあると分かったので、少なからず胸騒ぎを感じていた。



 放課後。ボクは投票箱を前に図書室にいた。

 選挙を管理していた委員長のユウタと、担任の美海先生にも同席してもらった。

 

 ボクが口火を切る。

「まずユウタ。今日、ヴィーナス選挙が始まる前に…投票箱の中は確認したかい?

 中には何も入っていないってことを」


ユウタは焦りながら答えた。

「あ、いや…ざっとは見たけど…箱に顔を突っ込んでまでは見てないわ」

「そうか。ということは、最初から投票箱の中に数枚の…え―っと、四十枚の投票用紙があったんだから…差分は九枚か、余計な九枚の用紙がすでに入っていた可能性もあるということだね」


「そ、そうなる…な。まずかったな、ちゃんと始めに箱の中を調べておけば良かったな」腕組みをするユウタ。

「誰かが投票する際に、二枚とか三枚の投票用紙を同時に入れた線も想像していたけど、箱の中に最初からあった疑いもあった訳だね。分かった。次に美海先生―、」


「はい。何でしょう?」美海先生はボクを見て答える。

「今回の配役投票で、投票用紙を印刷したのは…美海先生ですよね?」

美海先生は黙って頷いた。


ボクは美海先生に言った。

「投票用紙には、最初からヴィーナスや海姫2、海姫3、ヤシの木、と配役の全てが印刷されていましたから、ボクら生徒の誰かがコピー用紙で勝手に投票用紙を増やすことは出来ませんでした。つまり、投票用紙を余分に印刷したのは、美海先生、あなたと言うことになります。ここまでは良いですか?」


美海先生は、顔をほころばせながらボクに言った。

「そっか…もうバレちゃったみたいだね。さすがロク君だ」

美海先生がボクのことを「ロク君」と呼んだ瞬間、ユウタが驚いた表情になった。

「え?あれ?美…海、先生って…ロクと…」




 

 ヴィーナス選挙に不正は無かったとして、昨日選ばれた通りに、

七瀬がヴィーナス、海姫の二人は里美と二花にあらためて決定した。



 ボクはその日の夜、美海先生を噴水のある公園に呼び出した。

 噴水はライトアップされていて、キラキラとしたブルーの光を反射していた。


 「美海先生、あんなやり方はダメだよ」

 彼女は反省する様子はなく、へへへと笑って言った。

「ロク君は、どこで気がついたの?」


「先生…、あの選挙結果が書かれた黒板の文字を、急いで消したよね」

「…うん」


「その時の先生の後ろ姿。せ、背中に…そのブラ…、というか下着のラインが見えてたんだけど…」

「うん」


「ボクはさ、あんな…透ける白いブラウスなんか、学校に着てきちゃダメだって、

前にも言ったよね?」

「うん」


「うちのクラスの半分は男子なんだし、刺激が強すぎるでしょ」

「うん」


「そこで気が付いたんだ」

「そこって…私が白い透けたブラウスの背中をみんなに見せた時?」


「そう。美海先生ってさ、」

「美海で良いよ。今は誰もいないんだし」彼女はボクに笑顔を見せた。


「…うん。美海はさ、今日…わざと白いブラウスを着て来て、男子の視線を背中に惹きつけたんでしょ。ブルーのブラとかも目立つようにして」

彼女はふふふと笑った。

「ロク君も見てくれてたんだ。私の背中」


「だって美海がわざと見せるようにしたから」

「うん」


「そう。そのおかげでボクらは美海の、透けたブラウスに視線を奪われてしまい、

黒板に書かれた得票数を数える間もなく、そのまま一気に黒板の文字を消されてしまったと言う訳だ」


 彼女はニヤリと口元を緩めてボクに言った。

「誤算だったのはね、アホのユウタ君が投票が終わった後で投票用紙の総数を確認したことだった。まさかそんなことをするとは思わなかったのよー」

「あははー、やっぱりか。ユウタがそんなの確認する訳ないでしょ。だってアホだんもんアイツ」


「ひどいなロク君も。じゃあ…投票用紙を数えたのは?」

「ボクがユウタに言っただけ。箱に入っている投票用紙の数はちゃんと三十一枚だったかい?って」


「そっか。やっぱりロク君か」

「でも分からないのは、なぜ美海が投票用紙を水増ししたかってこと。

 誰かを故意に当選させたかった。とか…」


「妹の…」

「妹?…里美?」


「そう。妹の里美に、ヴィーナスを演じて欲しかったんだ。あの子、今回の劇でヴィーナス役をやりたいって、そう言ってたから」


…妹を大切に思うお姉さん。そう言うとこもボクが美海のことを好きな所だよ。

と言いかけかけて、言葉を止めた。


 

 投票の結果、五村里美はわずか一票差でヴィーナスの座を七瀬に譲ることになったが、次点でも海姫2に選ばれることになった。

 それにしても数が合わない…美海が水増しした九票が、そのまま里美の票数に上乗せされていれば、七瀬の得票数を軽く上回るような気もするが…。



 ボクは美海とファミレスで食事をして別れた後、ユウタにトークを送信した。


 「今日のヴィーナス選挙の件だけど、もしかして投票された用紙の中に無効票があったのでは?」

 ユウタからはすぐに返信が来た。

「無効票?」


「そう。例えば白票とか、うちのクラスではない人の氏名が書かれた票があったとか?」

「あー、無効票と言うか…そう言えばあったよ」


「それはどんな無効票だった?」

「確か、”五村美海”って、先生の名前が書かれていた票があったわ」


「やっぱりか。…で、それは何票だった?」

「九票だよ」


                             Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴィーナス誕生は私が主役 浅川 六区(ロク) @tettow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ