Ⅱ-27 分離

「斬った!?」


 カルカノは思わず声を荒げた。


「はい。捕縛に抵抗した者を、その場で斬り捨てたと……」


「なんという……すぐに止めさせなさい!」


「不可能です。手を出せばと叫び、斬りかかってくるでしょう……」


 最悪の展開だった。

 カルカノの脳裏にの二文字が過る。


「街の様子は?」


と呼んで沸いています。……一種の娯楽のように」


 カルカノは頭を抱えた。

 マンリヒャーの反乱以降、元プフ住民は各地で迫害を受けていた。

 アブトマットの強行する粛清は、皮肉にも国民の大半の喝采を浴びていた。

 この流れでは、アブトマットを暗殺したところで止まらない。

 ――標的が全て消えるまで、誰も止められない。


「審議会を開きます。摂政殿を除いた全員を、内密に」


「御意」


 ルインが走り去る。


 アブトマットは恐怖政治に舵を切ろうとしている。

 ヴィルは『人情王』として人気を得たが、それが逆に暴走を加速させた。


「……まさか、粛清の責任を陛下に擦り付ける気では……」


 十分あり得る話だった。

 急ぎ陛下を守るべく、カルカノは命じた。


「陛下を自室へ!体調を崩されたことにしなさい!審議会は陛下の部屋で行います!」


 すぐにメンバーが集まる。


「大将軍の暴走を無視しろと?」


 シャルロットが鋭く睨む。


「罪なき者が捕らえられ、殺されているのですよ」


「それでも――今は関わってはなりません!」


 カルカノは声を張った。


「要は、私の指示ではなく摂政の独断だった、という事実が必要なのですね」


 ヴィルが静かに言う。


「その通りです。揺り戻しは必ず来ます。下手に関われば、陛下までも批判の矢面に立たされる」


「……分かりました。母上とともに病で伏すことにしましょう」


 賢い判断だった。

 だが同時に、粛清を娯楽として消費する民意の流れは、もはや止まらない。



 カルカノは自室に戻ると、アナを呼び寄せた。


「お仕事かな?」


 いつもと変わらぬ軽い声。

 カルカノは真剣な面持ちで告げた。


「貴女に蛇を託します」


「……それは、ですね」


 アナの声が低くなる。


「そういう意味です。今日をもって、蛇と教会は分離します。以後、教会は一切干渉しません。ただ一つ――これは私からの最後の命令です」


 カルカノは黙し、胸の奥を押さえる。

 アナを育て、鍛え、我が子のように導いてきた。

 聖徒騎士団と蛇――表と裏の二振りを持つがゆえに、アブトマットの唯一の敵たり得た。

 その一振りを手放すのは、自らの力を削ぐことであり、同時に自らの命を延ばすことでもある。

 それでも、カルカノにはやるべきことがあった。


「その命、王国の為に使いなさい。たとえ世界から悪と呼ばれようとも、捌神正教は貴女たちの罪を赦します。……王国に尽くすのです」


 カルカノは緋々色金オリハルコンで鍛えられた小剣を差し出した。

 刀身は緋色に揺らめき、まるで炎のように光を放っていた。


「これは、蛇の当主の証です。貴女に授けます」


「……ありがたく」


 アナは腰の小剣ナイフを外し、代わりに緋色の刃を佩いた。


「今までお世話になりました。猊下への御恩、生涯忘れません。必ずや御命令を遂行いたします」


 旧き小剣をカルカノの前に置き、一礼して姿を消す。


 残された部屋で、カルカノはひとり祈りを捧げた。


「……神々の導きのあらんことを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る