第31話 神の残滓
29話 神の残滓
###燃える城下 聖騎士副隊長セラス
王都の外れで、セラスは瓦礫の下敷きになった老夫婦を助け出していた
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう......聖騎士様......」
老人が震える声で礼を言う
傷は浅く、命に別状はない
(よかった...)
セラス含め、聖騎士団では治療を加護の力に大きく依存していた為、瓦礫を撤去したり暴徒を鎮圧したりすることはできても、多くの民に治療を施す事が出来ずにいた
(あなたが居たら違ったのでしょうけどね......ミレイユ)
セラスは今は亡き友の姿に思いを馳せながら次の救護対象を探すために立ち上がりながら、その場にいた民たちに声をかける
「なるべく王城から離れた場所に避難を、辛いでしょうがこの国難、皆で力を合わせて乗り越えるのです」
「ガルド=イグノア様の加護が――」
「祈るのはやめなさい」
「――ひっ!?」
当然のように祈りだす民に、神という名の裏に隠されたおぞましい真実を思い出し思わず口調がきつくなるセラス
「落ち着くんだ、君らしくない」
そんなセラスの肩に優しく手を置くガルバード団長
「......申し訳、ありません」
守るべき民を威圧してしまった事実に、セラスは目を細める
(私は何をやっている......)
この国の民を
この街の人々を
守ることが使命の聖騎士としてあってはならぬ事
(ミレイユ......私はこんなに不器用だったか)
この事態を巻き起こしたのが加護の暴走だったとしても、それは信徒に咎があるのであって、神に咎などありはしない
そう感じていた民であったが、今のセラスの言葉に、一様に不安を募らせる
「あの......」
老人が、おずおずと声をかけてくる
「国は......この国は、どうなるのでしょうか?」
「......それはっ」
こちらが聞きたいくらいだ、そう返せたらどれだけ楽だろうと、見えぬ未来に思考放棄しかけるセラス
「心配するな」
その時、ガルバード団長の低く、力強い声が響く
「どのような事態になろうとも、我らが必ずこの国の民を守る」
その言葉に、周囲の民たちが明るい顔を見せる
「団長様......」
「お前たちは安全な場所で待っていてくれ、とにかく今を生き残ることが最優先だ」
ガルバードが、民たちを見渡す
「聖騎士団は、民と共にある」
その言葉に、民たちの表情が和らぐ
子供たちが、希望の光を瞳に宿す
(団長......)
セラスは、心の底から安堵を覚えた
この人がいる限り、この国は大丈夫だ
きっと、何とかなる、そう思えた
だが――
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ
王城の方から、尋常ではない気配が溢れ出した
「これは......」
セラスが、思わず王城へ視線を飛ばす
黒と白
二つの気配が、激しくぶつかり合っている
片方は、あの大蛇――アピサルの気配
もう片方は――
(ガルド=イグノア......?いや、違う)
これは、それ以上の何かだ
セラスの背筋に、冷たい汗が流れる
遠く離れていても膝が震え、今すぐ走って逃げだしたい気持ちになる
「副団長」
ガルバードが、静かに呟く
「行くか?」
「......いえ」
セラスは首を横に振る
「私たちの役目は、民を救う事です」
神話級の戦いでは聖騎士など何の役にも立たないことを身をもって知った
今自分に出来る事唯一の事は、民を守ること
周りを見れば、先ほどまで希望を取り戻していた民たちも再び恐怖と絶望に飲まれたような表情を浮かべている
「そうだな」
ガルバードが、王城を睨む
「しかしあれが本来の神の気配か......傲慢になるわけだ」
ガルバードは悔しそうに握りこぶしを固めながら、民を一人でも多く救うために動き出した
### マリエル
王城前にある、小高い建物の屋上で、マリエルはピー助の治療を続けていた
「もう少し......もう少しです」
神性を帯びた炎によって焼き切られた欠損の修復を神聖魔法によって行うのは、想像以上に困難であった
傷跡に残った神性が他の神聖を拒むのだ
その為、マリエルは魔力出力を全開にしながら、羽根の一枚一枚を丁寧に魔力で編み直す精密作業をする必要があった
その相反する力の使い方は想像以上にマリエルを疲弊させた
しかし弱音を吐く事はしない。だれより辛いのは怪我を負ったビー助とわかっているからだ
骨格を再構築し、筋肉を繋ぎ直し、血管を通す
天使である自分にしかできない、繊細な作業
「ピィ......」
ピー助が、小さく鳴いた
「大丈夫です。痛みはもうすぐ引きますから」
マリエルが優しく微笑む
治療を始めてから、どれくらい経っただろう
時間の感覚が曖昧になるほど、集中していた
そして――
「......できました」
ようやく、翼の修復が完了した
完全ではない
まだ飛ぶには時間がかかるだろう
だが、命に別状はない
桃源郷に戻れば、元通りになるはずだ
「よかった......」
マリエルが、安堵の息を吐く
その時――
――フッ
キューレと武王丸が戦っていた炎の分裂体が、突然消失した
「え......?」
マリエルが顔を上げる
炎の気配が、完全に消えている
(倒したの......?それとも......)
嫌な予感がした
そして、その予感は的中する
――ゾォォォォォ
背筋が凍りつくような、圧倒的な気配
それは王城の方角から、津波のように押し寄せてきた
「これは......」
マリエルの全身が、総毛立つ
神の気配
それも、デミゴッドなどではない
もっと上位の、もっと絶対的な――
――ドゴォォォォォン!
轟音と共に、王城の半分が吹き飛んだ
「っ......!」
マリエルが思わず目を覆う
爆風が桃源郷まで届き、木々を大きく揺らす
そして、崩れた王城の中から――
「アピサル様......!」
傷だらけの大蛇が、姿を現した
全身に無数の傷
鱗は剥がれ、血が滴り落ちる
あの圧倒的だったアピサルが、満身創痍で這い出してきた
「まさか......」
マリエルの声が震える
そして、王城の奥から――
――あれが、現れた
人の形をした、白い光
それは人間のようで、人間ではない
ただ、そこに在るだけで世界を歪ませる存在
『深淵の女王よ』
抑揚のない声が、空間を震わせる
『貴様の抵抗は無意味だ。この世界は、私の箱庭。私の支配下にある』
「ゼロス......!」
アピサルが、苦しげに呟く
ゼロス
マリエルは、その名を知っていた
かつて天界に仕えていた頃、何度も耳にした名
主神の一柱
この世界を管理する、絶対的な支配者
「嘘......」
マリエルの膝が、ガクガクと震える
主神、それは箱庭における絶対者
まともに戦って勝てる相手ではない
逃げることすら許されない相手
(怖い......)
マリエルの心が、恐怖に支配される
かつて天界で刷り込まれた、絶対服従の記憶
主神には逆らうべからず
そう、教え込まれてきた天使絶対の掟
視線を飛ばすと、キューレと武王丸も戦慄している
二人とも、動けずにいる
あの不敵な武王丸ですら、絶対的な神の気配に足が竦んでいる
(でも......)
マリエルの視線が、アピサルを捉える
満身創痍で、それでも立ち上がろうとする大蛇
(アピサル様は、戦っている)
主神を相手に
かつて天界に反逆したときの深淵の女王は数多の配下を従えて戦場に立っていた
それが今はこの世界の支配者を相手にたった一人で挑んでいる
「私は......」
マリエルの拳が、震える
行かなければならない
アピサルを助けなければならない
でも――
(怖い)
足が動かない
かつて天界に仕えた者として
神に逆らうことの恐怖が、また虚無の世界へ送られ、何も感じる事の出来ない空間で無限と思える時を過ごしながら、消滅するのを待つ絶望が、マリエルを縛り付ける
「ピィ......」
その時、小さな声が聞こえた
マリエルが振り返ると、ピー助が立ち上がろうとしていた
「ピー助!まだ動いては......!」
「ピィ!」
ピー助が、マリエルを見上げる
その瞳には、恐怖はなかった
ただ、真っ直ぐな意志の光があった
仲間を守る
大切な人を守る
そのために、戦う
例え相手が神であろうとも
「あなた......」
マリエルの心が、震える
この小さなヒヨコは
この傷だらけの勇者は
どんな絶望を前にしても、諦めることを知らなかった
「そうですね......」
マリエルが、ゆっくりと立ち上がる
膝の震えは、まだ止まらない
心臓は、まだ恐怖で張り裂けそうだ
でも――
「私は、戦天使」
マリエルが、翼を広げる
「主様の為に、敵を討つ者」
戦天使の姿へと、変貌する
光が全身を包み、鎧が形成され、槍が手に現れる
「例え相手が主神であろうとも――」
マリエルが、王城を睨む
「今の私の主様の安寧を脅かすのであれば、それを狩るのが、私の務め」
そして、空へと飛び立つ
恐怖は消えない
震えも止まらない
でも、それでも
(アピサル様......主様......)
マリエルは、戦場へと向かう
小さな勇者に教えられた
本当の勇気を
「神罰の......いえ、主様の剣 戦天使マリエル!今、参ります!」
白い翼が、戦場へと駆ける
ピー助が、その背中を見送る
「ピィ......」
小さく鳴いて、再び倒れ込む
でも、その表情には満足げな笑みがあった
まるで、自分の役目を果たせたとでも言うように
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【10連ガチャ】神に否定された仲間たちと、脇役が創る異世界最強の桃源郷 竜将 @ryusyou1222
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