6日目
「お父さん、お弁当作って!」
「え? どうしたんだ、急に」
「明日帰るから、遊べるのは今日が最後でしょ? だから、今日は1日中外で遊びたいの! 宿題はもうおわったし」
「うーん、まあいいか」
父は笑いながら、僕の頭を撫でた。
祖父と違って優しい手つきだった。
――僕はこの日ほど、自分の真面目さを誇ったことはない。
次に僕は畑に向かった。祖父は、みずみずしく真っ赤なトマトに、目を細めていた。
「おじいちゃん、青汁すいとうに入れて」
「ん? ああ、別にいいけどよ、なんで最近になってそんなにじいちゃん特製青汁を飲むようになったんだ?」
「あー、それは、ね。おじいちゃんの青汁のよさに気づいたんだよ!」
「そうか。お前も大人の味がわかるようになったんだなあ」
僕は飛び跳ねそうな気分で洋館へと急いだ。
今日は1日中ナツと遊んでいられる! 青汁を持っていけば、また笑顔を見せてくれるかもしれない――そう思っていた。
その日の蝉の声は一段と激しく、耳が壊れるんじゃないかと思う程だったが、風は全くと言っていいほど吹かなかった。そのせいで、まだ午前中だったのに、洋館に着くころには全身汗びっしょりだった。
「おじゃまします!」
勢いよく、扉を開けながら大声で叫ぶ。
「ナツ! 今日はどこに行く?」
そう言いながら部屋に駆け込むと、中は何故か少しだけ涼しかった。
そして、ナツは初めて会った時と同じように、服を着ていなかった。
「ねえ、なんで服、着てないの?」
「それは、これから眠らないとけないから」
「どうして? 遊ぼうよ!」
「ダメなの……もう、遊べないの」
ナツは俯いたまま、僕と目を合わせようとしなかった。
「――あのさ、ボク、明日帰らないといけないんだ。だから、今日は1日中遊ぼうと思って、お父さんにお弁当作ってもらって、ナツが好きな青汁ももってきたんだ」
僕が言っても、ナツは俯いたままだった。
「どうして遊べないの?」
ナツは何も言わない。
「ねえ! どうして!」
「――ナツは、人間じゃないの」
その言葉に、僕の思考は止まった。
「ナツたちはね、ボクよりも、眠っている時間が長いんだ。そのかわり、起きている時間も長いの。ナツの1日は、地球基準で6日間の昼と、70年間の夜からできてる。要するに、ボクとは時間の流れが違うの」
当時の僕には、彼女の言うことは、何一つわからなかった。
「ナツは大昔に地球に来た。他にも大勢の仲間が、同じように地球に来た。ナツの場合は生物調査が目的だった。70年ごとに眠りから覚めて、周辺の生態を調査するの」
「――最初にガイジンだっていった」
「『ガイジン』は『人以外』の意味だと思った。ナツは人間じゃないから、肯定したの」
「ウソだウソだ! ナツはボクと遊びたくないから、そんなウソをいっているだけなんだろ!」
ナツは頭を激しく振っていた。
もの凄くうろたえようだった。眉毛は心細そうに歪み、眼には涙が溜まっている。
その顔は、何故か僕をいっそうイライラさせた。
「そんなにボクと遊びたくなかったなら、最初からそういえばいいじゃんか!」
「そんな風に思ってないって……」
「じゃあ遊ぼうよ!」
「だから、それは無理なの。起きていられないの。自然に眠くなって」
「もういい!」
僕は叫んで、部屋から飛び出した。
「あ、まって――」
ナツが止めようとしたけれど、僕は構わずに走り続けた。
――気が付くと僕は岬にいて、弱弱しく立っている一本松を見上げた。
せっかくお弁当作ってもらったのに。青汁だっておじいちゃんに頼んだのに……。
――謝ろう。
そう決心がついたのは、弁当を一人で食べきってしまってからだった。
今思えば、もっと早く謝りに行くべきだったのだ。
洋館に入り、右の扉を開ける。
生温かい空気が顔面を包む。
――そこには、誰もいなかった。
目を腫らして帰ってきた僕を見ても、祖父も父も、何も言わなかった。
陽が傾いて、机を緋色に染め上げたころ、僕は窓辺に立った。1日目に見たのと同じ夕日が沈んでいた。
僕は水筒の中身を、夕日に向かってぶちまけた。屋根瓦に落ちた青汁は、みるみるうちに消えていった。
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