第三章 1



 南は帰宅すると、もらったプレゼントの山をぞんざいにそこに置いた。

 そのどれも、開封することはない。

 一度開けてしまえば他のものも開けてしまわねばならなくなるし、開けて中身を見たらそれをくれた子に情が移る。情が移ると、ろくなことにならない。

 だから、もらいものには手をつけないことにしている。

 その代わり、バレンタインの場合はホワイトデーがあるから、くれた子の名前をしっかり記録しておいて次の月お返しをすることを忘れない。

 それは、もてる秘訣とかそういうのではない。人としての最低限の礼儀だ。

 渡辺と別れてからしばらくは、物足りなさがまさった。彼の与えてくれる快感は、やはり飛びぬけて極上のものだった。

 だが、肉欲に隷属はしないと決めたのだ。そうすると、自分を失う。自分を失うと、すべてのものが壁の塗装がぽろぽろとはがれるみたいに少しずつだめになっていく。

 縄張りを変えると顔触れも変わって、心機一転、やり直す気持ちになった。

 自分はまだ若い。いくらでもやり直しは利く。

 ある日、背の高い男と出会った。双方合意があったので、部屋に行った。

 相性はよかった。だが、渡辺ほどではなかった。

 いや、彼と比べちゃいけない。彼は、別物だった。

 滴る汗を見ながらそんなことを考えていると、男は言った。

「よかったよ」

 そして、隣に座ってこう尋ねてきた。

「君は?」

 南は身体を起こして息を整えると、静かに答えた。

「うん。俺も、よかった」

「また会わないか」

 首筋をなでられて、渡辺とのことが頭をよぎった。彼は立ち上がって、服を着た。

「そういうの、しないんだ」

 そして男を振り返って言った。

「またね」

 また傷つくのは、ご免だ。

 平静を装って、部屋を出た。

 外の冷たい空気を吸いながら、もうあのサウナに行くのはやめようかな、と南は思っていた。出会いアプリの方が、効率がいいしより良い相手と出会いやすいとサウナで聞いたことがある。

 それで、電車のなかでそれらしい会員制のアプリを見て登録してみた。

 帰宅すると、早速写真付きでお誘いのメールが数件あった。こういう時、ネットでは匿名性を重視して顔は写さない。身体の写真だけだ。

 つまり、サウナでじっくりと品定めするのと同じというわけだ。

 でも、会って顔が好みじゃなかったりしたらどうするんだろう。その場で断れるんだろうか。

 少し迷って、お誘いがあったうち気に入った身体の何人かとやり取りして、さらにそのなかから話が合った三人と会話を絞った。

 そのなかで、二十代会社員というのがいた。年齢が近い方がいいな、と思って、相手が会わないかと誘ってきたのに合意した。

 待ち合わせの場所に行くと、それらしい男が近づいてきた。

「南君?」

 顔を上げると、会社員風の男が立っていた。

「沢田です。待った?」

「いえ、今来たとこです」

 慣れてるな。こういうの、何度もやってるのかな。

「どうします? これから食事でも」

「そうですね。まだ早いですし」

 そこで、近くのスペイン料理の店に入った。

 南のグラスにワインを注ぎながら、沢田は言った。

「緊張してるね。こういうの初めて?」

「わかりますか」

「うん。なんとなくね」

「今までは、専用のサウナだったんですけど。マンネリ化しちゃって」

「ああ、ああいうとこ、顔触れがおんなじだしね。互いの縄張りとかあるしね」

「もう何度もやってるんですか、こういうこと」

「君で四度目」

 ワインを飲みながら、彼は言った。

「相性がいいと、いいね」

 いざホテルに行くと、相性はいまいちだった。

 しかし相手の方はそうは思ってはいないようで、

「また会える?」

 と終わった途端聞いてきた。

「メールします」

 とだけ答えて、それで別れた。

 正直、がっかりしたというのが感想だった。こんなものか。いや、サウナでだってそうじゃないか。数打ちゃ当たるというし、まだ連絡を取っているのが二人いる。次だ、次。

 電車のなかで残り二人のうち、話が合う方にメールをした。こちらは三十二歳の、会社員だという。

 帰宅して風呂から上がると、返信が来ていた。来週末、なにも予定がないので会えるという。それで会う約束をして、その日を待った。

 土曜日の夕方はバイトのはずだったのに、いつの間にかそういうことのために時間を割くようになった。

 待ち合わせの場所で待っていると、

「南君ですか?」

 と話しかけられた。顔を上げて、ぎょっとした。

「なんだ、君か」

 いつかサウナで会って、また会いたいと言われたあの男だった。

「あ、あ、相澤さん?」

 信じられないように指差すと、彼はにこっと笑った。

「そ。俺、相澤」

「帰ります」

「あ、待ってよ。いきなり帰らなくてもいいじゃない。話くらいしようよ」

「……」

「せっかくまた会えたんだし、食事くらい。ね」

 強引な男だ――

 しかし、なぜかついてきてしまった。あの日断ったのは、自分のはずなのに。

 食事をする相澤をじっと見ていたら、視線に気づいた彼は南に聞いた。

「ん、なんだい」

「なんであの日、また会いたいって言ったんですか」

「んーなんでだろうね」

 相澤は少し考える顔になると、

「やっぱり君がよかったからかなあ」

 ああそれと、と彼は付け加えた。

「好みのタイプだったから」

「そんな理由で?」

「ああいう場所でそういう相手に出会えるっていうのは、至難の業だよ。君も知ってるだろ」

「それは……」

「だからそういう時には、すかさず逃さないようにしておかないと。特に俺たちみたいのはマイノリティーだし、いつ会えるかわからないからね」

「……」

 悔しい話だが、納得できる。

「それで、どうする?」

「え?」

「この後」

 なぜか断る気にはなれなくて、もう一度相澤と寝た。

「やっぱり君とは相性がいい。すごくよかった」

 その言葉には賛成だった。前の時よりも得られる快感は強く、大きくなっていた。

 相澤は言った。

「また会わない? そうしたら、俺あのアプリ辞めるけど」

 もう、肉欲には隷属しないと心に誓った。

 誓ったはずなのに、なぜか相澤の人当たりのよさと彼から得た快感によって、こんなことを言っていた。

「いいよ」


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