第三章

 凜の編んでいたマフラーが、とうとう出来あがった。

「じゃーん。完成でーっす」

「どれ。見せてみろ」

 霧亥はその空色のマフラーを手に取って、まじまじと見た。

 編み始めの場所がどちら側か明確にわかるほど、片側の編み目ががたがたである。それに、硬い。しかし進んでいくうちにそれはどんどんやわらかくなっていき、しだいに糸も緩んで、編み目もきれいになっていくのがわかった。

 フリンジは短めに取ってある。そのせいで巻きやすくなっている。

「いいんじゃね」

「そう? そうかな」

「不器用なお前にしちゃ上出来だ」

「わーい。じゃ、包もう」

 不器用を自認するだけあって、凜はラッピングが苦手だ。だから、箱に入れてラッピングペーパーで包むなどという器用な真似はできない。巾着型の袋に入れて、口を縛るのがせいぜいである。

 鼻歌を歌ってマフラーを袋に入れている凛を、肘をつきながら霧亥はじっと見ている。

「うまくいくといいな」

「うん」

 嘘だ。ほんとは、うまくいきませんようにと思ってる。受け取れないって言われますようにって思ってる。

「じゃ、ちょっと行ってくる」

 凜は包みを抱えて、先輩がいる教室の方向へと歩き出した。その背中を見て、霧亥は罪悪感に捕らわれる。

 俺、なにやってんだろ。応援するふりして、失敗を祈って。最悪。

 ちらりと椅子の上を見ると、凜にもらった緑のストールがある。

 ま、いいか。

 その頃凜は、大教室から出てくる南先輩を待っていた。先輩の授業は、今日この教室のはずだ。

 鐘が鳴って、教室のなかでがたがたと音がして、しばらくして学生たちが出てきた。

「あ、南先輩」

「あれ、福原さん。どうしたの」

「これ」

「ん?」

「今日、バレンタインなんで」

「え、くれるの。ありがとう。有り難く受け取るよ」

「あれー? 福原さん、俺にはないのー」

「え、えと」

「まあまあ。まあまあ」

「いいなあ南ばっかり。もう今日は福原さんで十二人目」

 仲代先輩が唇を尖らせて、南先輩の肩を掴んだ。

「じゃ、俺たち次の授業があるから。ありがとね」

 よかった。受け取ってもらえた。それにしても、やっぱりもてるなあ。十二人だって。

 大勢のうちの、一人というわけだ。

 はあ、とため息をついて、食堂へ戻る。

「なんだ、しけた面して。受け取ってもらえなかったのかよ」

「ううん、受け取ってもらえたよ」

「じゃもっと喜べや」

「他にも十一人おんなじようなひとがいたの」

「あ?」

「私で十二人目だって、先輩にバレンタインあげたの」

 霧亥はやれやれと吐息を漏らすと、

「あのなあ」

 と向き直った。

「そんなのは、今さらだろ。先輩がもてるのは今に始まったことじゃないし、最初からわかってたことじゃねえかよ。なに落ち込んでんだよ」

「だって、なんか、目の当たりにしちゃうと、改めてショック」

「今までだって散々見てきたろ」

「そうだけど」

「くよくよすんなって。そこ座れ」

 霧亥は凜を座らせて、顔を覗き込むようにして言った。

「いいか。やるのとやらないのとじゃ、大違いだ。スタートラインに立たなかったら、勝負にすらならねえんだぞ。お前は今やっと、先輩争奪戦の陣地に入って名乗りを上げたんだ。今までただ指を咥えて見てただけなのとは、訳が違うんだ」

「そう、だよね」

「そうだ。顔上げろ。堂々としてろ」

 凛の顔色が戻ってきた。

「もうちょっと、頑張ってみる」

「相手は先輩だ。なまなかなことじゃいかねえぞ」

「そうだね。頑張るよ」

「その調子だ」

 言うと、霧亥は立ち上がった。

「どこ行くの」

「ちょっとトイレ」

 彼は食堂から出て、誰もいない廊下の隅に行くと壁に額をこすりつけた。罪悪感で心が乱れに乱れていた。

 とんだ偽善者だ、俺は。まったく、なにをやってるんだよ。

 頃合いを見計らって、なんでもない顔をして食堂に戻った。

「そういえば、もうお互いにお酒飲めるから、今度から飲みに行けるね」

「そうだな」

「お花見でも飲みたいなあ」

「あんま飲みすぎんなよ。お前強くなさそうだからな」

「えーそうかなあ」

 そんなことを話して、その日は終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る