第二章 3
紅葉の季節になって、サークルでは観楓会をしようと話になった。まったく人というものは、集まって飲んで食べる機会さえあればなんでも利用するものである。
「ねえねえ霧亥」
「なんだよ」
「ちょっと付き合ってほしい場所があるんだけど」
「また服かよ」
「ううん、毛糸屋さん」
「毛糸ぉ?」
「うん。来年のバレンタイン、先輩に手編みでなんかあげようと思って」
「で、今から準備するってか。涙ぐましいな」
「先輩に似合いそうな毛糸の色、一緒に選んで」
ということで、二人は南青山の毛糸専門店まで赴いて、何百とある毛糸のなかからこれはと思うものを探し求めることになった。
「あーんこんなにあったら選べない」
「落ち着け。先輩の好きな色はなんだ」
「青」
「じゃあまず青い毛糸を選んでいけ。そのなかからなるべくいい毛糸を選っていく。これはウール。こっちはカシミア。どっちの手触りがいい」
「か、カシミア」
「じゃあカシミア。次はこれ。ウールとカシミア混の毛糸と、今選んだカシミア。どっちがいい」
「うーん、カシミア」
「じゃあこっち。次はこれ。これもカシミア百パーセント」
「あ、こっちのほうがざらついてない。こっちの百パーセントがいい」
「じゃあこの百パーセントと、こっちのカシミアとウールとナイロン混。どっちだ」
「百パーセントの方が断然肌触りがいい」
「じゃあこれにしろ。編み棒は持ってんのか」
「持ってない」
「店の人に聞いて、この細さの糸に合う編み棒は何号か聞いてこい」
毛糸の種類にも色々とある。糸のように細いもののもあれば、うどんよりも太いもの、さらに親指のように太い太さのものもあって、編み棒はそれに合わせなくてはならないというのだ。
「一般に、細い糸には細い編み棒ですね。この糸でしたら、この編み棒がいいですよ」
と教えてもらって、それも買うことにした。
「あの、マフラー編むとしたら毛糸何個必要ですか」
「そうですね、この毛糸でしたら八個くらいですかね」
「じゃあ八個ください」
空色の毛糸も同時に買い求めて、凜はほくほく顔で店を出た。
「ありがと霧亥」
「今から編むのかよ。時間かかるぜ」
「色々詳しいね」
「姉ちゃんいるからな。見てんだよ」
そうして店を出ると、昼である。
「おなかすいたね」
「飯でも食おうぜ」
「いつもより時間かからなかったね」
「服じゃねえからな」
それにしても、霧亥は言った。
「よりにもよって、手編みのマフラーかよ。いきなり重いぜ」
「だって、他のなんて編めないもん。不器用なんだもん」
「まあ、気は心っていうからな」
頑張れよ、と言いながらも、その心は重苦しい。うまくいきませんように、先輩が受け取りませんようにと、秘かに願っている。俺は、ひどい奴だ。凛が喜ぶなら、なんだって嬉しいはずなのに。凜がひどいことされるようにと考えるなんて。
誰とも付き合ってなくて、ほんとによかった。誰かと付き合ってたら、今ごろ抱き潰してた。俺は、最低野郎だ。
凜はと見ると、初心者のための編み物のサイトで編み物の始め方を見ている。どうすれば、編み棒に糸をつけられるのか。編み始めは、どうやるのか。じっと画面を見つめるその目は、真剣そのものだ。
ほんとに先輩のことが好きなんだな。でも俺も、同じくらいお前が好きだ。多分、おまえが先輩を想うよりもずっと。
凜は早速、棒を取り出して糸をつけている。
「最初っから糸をきつく巻いて編むなよ。ぎちぎちの、かったい棒みたいなマフラーになんぞ」
「詳しいね霧亥」
「姉ちゃんがそういうマフラーを編んでんの見てんだよ」
「きつく巻かないで、ゆるく」
ぶつぶつと言いながら、凜は糸を編んでいく。
「毛糸ってのは空気が間に入るからあったかいだろ。だから、なるべくふわっと編むといいんだとよ。そうすると空気がなかに入って、カシミアが活かせるあったかいマフラーになる」
「助かります霧亥先生」
言いながら、凜はうつむいて棒を動かしている。
「うん。一段編めた」
「電車のなかでは編めないから、勉強の合間に編むしかねえな」
「それに目が細かくて糸が細いから、すごく時間がかかっちゃう。バレンタインまでにちょうどいいね」
「不器用なお前がゆっくり編むにはちょうどいいんじゃね」
凜はうん、とうなづいて、にっこりと笑った。ああ、笑った。それだけで空気が明るくなる。秋なのに、ひまわりが咲いたみたいだ。
霧亥は目を細めて、その笑顔をじっと見つめていた。
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