第一章 1



 秋のキャンプは、芋掘りと栗拾いも兼ねている。

 近くの畑でさつまいもを掘る班と、栗を拾う班と、火を熾して食事を作り、テントを張る班に分かれて行動するのだ。

 楽しいのはなんといっても芋掘りと栗拾いであるため、両班に人気が集中した。

 だから凜は、容易に南先輩と一緒の食事班にまんまと入ることができた。といっても男性陣は力仕事をするためにテント張りに駆り出され、食事班とは別になってしまったのだが、近くにいられるだけでももうけものであった。

 霧亥も、テント張りに行った。そうしていると、嫌でも南先輩の姿が目につく。

 小麦色の肌、白い歯、百八十五センチの高い背丈、涼しい目元、男の俺でも目が行く。

 凛が惚れるのも、わかる気がする。

 勝てるわけ、ねえよな。

 ぼーっとそんなことを考えていたら、横から三年生におい、さぼるなと叱られた。

「おーい羽鳥、こっち手伝って」

 あちらのテントの二年生に呼ばれて行ってみれば、そこには南先輩もいて、なにやらやりにくい。

「そこ押さえてて」

 と言われたその低い声も耳に心地よく、これはもう、天は彼に二物どころかそれ以上のものを与えたに違いないと思ってしまうのだ。南先輩は弓道の他にバスケとテニスもできるし、成績も優秀ときた。ため息しか出ない。

 そこへ芋掘り班が帰ってきたようで、凛が他の係の者と一緒にさつまいもを抱えて水道のある場所まで歩いているのが見えた。芋についた土を洗いに行くのだろう。それをなんとなく目で追っていると、

「福原さんと、いつも一緒だよね」

 と南先輩が話しかけてきた。

「付き合ってるの?」

「……そんなんじゃねっす」

 凜のためにも、そんな誤解は避けておかなくてはならない。

「俺、彼女いるし」

「ああ、そうなの。俺はてっきり二人が付き合ってるものだとばかり」

「よく言われるんですけど、そういうんじゃねえっす」

「そうなんだ」

 先輩はそう言って笑うと、また手を動かし始めた。付き合ってるものだとばかり、か。 ほんとにそうならいいんだけどな。

 風が吹いて、なにやらいいにおいが漂ってきた。

「お、そろそろ飯の時間だな」

「腹減ってきた」

 他の先輩たちが口々に言う。食事係が大鍋に豚汁を作って、掘ってきた芋を切って入れ、最後に味噌を入れるはずである。白米を別に炊いて、その他には漬け物と、後は拾ってきた栗を焼く予定だ。

 凛は洗ったさつまいもを切って鍋に投じ、他の野菜と一緒に火にかけた。それが煮立ってきて肉を入れて灰汁を取って火を止めてから味噌を入れて、容器に盛っていった。

「はい霧亥」

「おう」

 あれ? 南先輩、まだ取りに来てないな。どうしたんだろ。

 きょろきょろきと辺りを見回すと、少し離れたところに彼はいた。ちょっと迷って、勇気を出して容器に豚汁を盛り、先輩のところに歩いていった。

「あの、南先輩」

 座っていた南先輩が顔を上げた。

「これどうぞ」

「ああ、ありがと」

 容器を渡した拍子に、手と手が重なった。それで、どきんとした。先輩はなんでもない顔をしていたが、凜の心臓は飛び出さんばかりに跳ね上がった。

 きゃーっきゃーっ手が。手が。触っちゃった。触っちゃったよーっ

 一目散で霧亥のところへ行って、飛びついた。

「霧亥、聞いて聞いて。先輩の手に触っちゃった」

「おいなんだよ」

「手に触っちゃったーっきゃーっ」

「わかったわかったわかったから放せ」

「もー嬉しくて今日眠れるかわかんない」

 満面笑顔の凛を見て、霧亥は言った。

「よかったな」

 言われた凜は益々嬉しくなって、にかーっと笑った。

「うん。きゃはー」

 そう言うと凜は、その場にくるくると回り始めた。

「まったく……」

 霧亥は身体についた落ち葉を手で払うと、座り直した。凜はまだその辺を飛び跳ねている。

 かわいいな。

 その姿が他の男のためとはいえ、素直にそう思う。複雑ではあるが、そう思う。

 誰のことが好きだっていい。側にさえいられれば。

 ぴょんぴょん飛んでいるのを見ていると、そう思ってしまうのだ。

 その言葉通り、凜はその夜あまり眠れなかったようである。

 翌朝は見るだに眠そうな顔で起きてきた。

「おはよ」

「おい、すげえ顔だな」

「んー」

「先輩にそんな顔見せてだいじょぶなのかよ」

 霧亥のその言葉にはっとした表情になり、凜は慌てて顔を洗った。そして肌の手入れをすると、目薬を目に差した。

「どう?」

「ましになった」

「よし」

 ぱんぱん、と顔をはたいて喝を入れると、凜は自分のテントに戻っていった。

 俺にはあんな顔見せるのかよ。ま、特権だな。

 口笛を吹きながら自分のテントへ向かう。見せられない顔があるなんて、所詮それだけの関係だ。そう思った。

 週明け、霧亥は恋人と顔を合わせることになった。たまにはごはんでも食べましょ、と誘われて、断るわけにもいかなくて一緒に昼食を食べる運びとなったというわけだ。

「キャンプ、どうだった?」

「楽しかったよ。テント張って芋掘り班と栗拾い班と食事班に分かれて、豚汁食べた」

「なあにそれ」

 彼女はおかしそうに笑う。そして自分は週末になにをしていたかを話し出した。それをぼーっと聞きながら、霧亥は俺、なんでこの子と付き合ってるんだっけと考えていた。

「……ない?」

「え?」

「だから、冬休み、旅行に行かない? 一緒に」

「……二人で?」

「当たり前でしょ」

「……」

 性急な話の持って行き方に、姑息なものを感じた。なにかの作戦か? 

「まだ、予定がわかんないから。サークルあるし」

「サークル?」

「山に行くんだ。スキーとかスノボしに行くの」

「いいなあ。私も入ろうかな」

「今さら入っても話に入れないよ。仲間内がなんとなくできちゃってるし」

 予鈴の鐘が鳴った。

「俺、行かなきゃ」

「あ、またごはん食べない?」

「考えとく」

 急ぐから、と言って、荷物を持って食堂を後にした。

 後味が悪い。凛と食べた時とは大違いだ。

 教室が遠いので、早足で歩いた。急がないと、遅刻だ。

「あ、霧亥。こっちこっち」

 大教室に着くと、凛が手を上げてきた。

「席取っといたよ。遅かったね」

「彼女につかまっちまった」

「ごはん一緒に食べたんだ」

「まあな」

「どうだった?」

「最悪」

「え?」

「なんでもねえ」

 教授が入ってきて、会話は中断された。

 授業中、霧亥は彼女になんと言って旅行の話を断るかそればかりを考えていた。どう言えば、角が立たないか。もっともらしい言い訳はないか。

 それを思案しているうちに定期テストが始まって、あっという間にクリスマスがやってきて、しまったと思った。なにも準備してねえや、俺。っていうか、やる気がねえ。

 仕方がないので、適当になにかあげればいいかと思って凛と入ったことのある店に行ってアクセサリーを買い求めた。

 大学生で金がないので、デートとは名ばかりの居酒屋での食事となった。プレゼントを渡すと恋人は嬉しそうにそれを開封して、流行りもののネックレスを見て顔をほころばせた。

「それで、考えてくれた?」

「なにを」

「旅行の話」

 どきりとした。そのことを忘れていた。

 動揺を隠すように、飲み物をひと口飲んだ。

「そのことだけど」

 なんて言おう――

 咄嗟に口から出た言葉は、こうだった。

「金、ねえし」

 彼女はぽかんと口を開けて、少し驚いたようだった。

「だから、またにしない」

「サークルで山に行くお金はあるのに?」

「みんなで前もって積み立てしてるんだ」

 そんな嘘は、流れるようにさらさらと出てきた。

「そっかあ」

 恋人は後ろに寄りかかると、ため息を漏らした。

「ま、いいよ。来年もあるしね」

 そう言って笑った。

 引き攣ったような笑いを浮かべて、霧亥は思った。

 来年があるなら、ね。

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