第一章
七海に手を引かれ、茜がたどり着いたのは[Blue Ocean]から子供の足で一〇分くらいの距離にある小学校であった。
「ここって、七海ちゃんが通っている学校?」
「そう。明日から夏休みだけどね」
茜が校庭を覗くと、サッカーに興じている数人の子供たちの姿。
「茜お姉ちゃん、こっちこっち!」
七海はすでに校門の引き戸式門扉を開けて、校内に入っている。
(私、入ってもいいのかな?不法侵入にならないかな?)
茜はほんの一瞬だけ悩んだが、調査の一環だと自分に言い聞かせて門扉をくぐった。
校舎内に入るわけではなく、どんどん先へ先へと進んでいく七海。
キョロキョロと周りを見回しながら、七海の小さな背中を見失わないように小走りで着いていく茜。
「ここ!」
かれこれ五分程度歩いただろうか?
七海が案内したのは、いかにも体育館といった造りの建物の裏。
その中庭を囲むように、計画的に配置された植栽が夏を彩る様々な花を咲かせていた。
教師がやっているのか、当番制で生徒が担当しているのかはわからないが、花壇もキチンと整えられている。
「わぁ、綺麗だね」
ホゥッと感嘆したような息を洩らしてから、茜は声を弾ませる。
百日紅…いわゆる、さるすべりの木にはピンクの花が咲き乱れ、風船のような実が特徴的なフウセンカズラも、小さな白い花をつけている。
しかし、低木に咲いた様々な美しい花々も見ずに、七海は中庭の一角に佇んでいた。
「これ、見て」
少女が指差す方を見ると、成長途中の無数の向日葵があった。
まだ花を着けていない向日葵の根本には、栽培している生徒の名を記した名札が立っている。
「この向日葵、七海ちゃんが育てているんだね」
少女は小さく頷いた。
七海が担当している向日葵は、小柄な彼女の身長より、少し低い高さまで成長している。
おそらく花が咲く頃には、育て主の身長を超えるだろう。
「夏休みが始まる少し前から、観察日記を付けているんだ」
七海が一冊のノートを差し出す。
受け取った茜は、ペラペラとページをめくった。
絵日記形式の観察ノートには、背の高さや葉の数などと言った細かい成長記録と、色鉛筆で描かれたイラストが記入されていた。
「へぇ。七海ちゃん、絵が上手いね」
七海にノートを返す。
彼女は俯いたままノートを受け取った。
(褒められて照れているのかな?)
視線を合わせるため、茜は少し膝を曲げて少女の顔を覗き込むが、そういうわけではないようだ。
「問題は……こっちなんだ」
七海はもう一冊のノートを出してきた。
さっきのノートは淡いグリーンの表紙だったが、こちらはピンク色だ。
先程と同じように数ページめくる。
その二冊の観察日記には明確な違いがあった。
ピンクのノートに記入されている向日葵は、明らかに成長していないのだ。
「これって?」
茜はノートを閉じると、もう一度七海の育てている向日葵を見た。
いや、正確に言えば、彼女の向日葵の隣に植えられている向日葵に目を向ける。
「そっちは香澄ちゃんの向日葵」
「香澄ちゃん?」
茜は成長が遅れている向日葵の根元に立っている名札に目をやる。
そこには小さな文字で[河原木 香澄]と記されていた。
河原木香澄の担当している向日葵は、隣に植えられている七海のモノの半分の高さしかない。
「私の一番仲の良いお友達なんだ……」
そう呟く七海の目は、今にも涙が溢れそうなくらい潤んでいる。
「今、入院しているの」
七海の話によると、彼女の親友である河原木香澄は学校で起こった火災に巻き込まれ、現在、入院中らしい。
教職員たちの尽力ですぐに救出されたため、大きな火傷もなく生命に別状はないのだが、意識が戻らずにすでに一週間ほど過ぎているとの話だ。
「火事……」
ここに来る前に枕崎渚から聞いた、彼女たちの両親を襲った悲しき火災の話が茜の胸によぎった。
「だから、私が代わりに観察してノートをつけてあげてるんだけど……全然、成長しないんだ」
七海はしゃがみ込み、件の向日葵の茎を指先でつつく。
「なんでかな?他の向日葵はみんな成長しているみたいだよね」
他と地面の状況が違う?
水もちゃんとあげてるみたいだし、葉っぱの様子を見ても枯れたり虫食いもなさそうだ。
茜は植物の育生条件について、思い出せる限りの知識を総動員させた。
しかし、あまり植物や生物の知識がない茜が思いつくのは、その程度である。
「私の育て方が悪いのかな……同じようにやっているのに」
「七海ちゃん……」
茜も、七海の隣にしゃがみ込んで成長不良の向日葵の根元を見る。
立てられている二人の名札は同じ筆跡だ。
少し丸みを帯びているが、読みやすい筆跡。
(友達……香澄ちゃんの立札も七海ちゃんが書いてあげたんだな)
「これじゃあ、香澄ちゃんが退院してきた時、ガッカリしちゃうよね」
再び「なんでかなぁ」と繰り返す七海の呟きは涙声だ。
「学校の先生には相談したの?」
茜の問いに力無く頷く七海。
「同じように植えられている向日葵が成長しているのに、香澄ちゃんのだけ伸びないなんて原因がわからないって――普通だと考えられないって言ってた」
「そうかぁ」
「それに……クラスの男の子が言ってたの。この向日葵は呪われているんだって」
「呪い……」
小さなその口から発せられた言葉に、茜は一瞬息を呑む。
「香澄ちゃん、向日葵の呪いのせいで入院しちゃったんだって……」
「そんな……」
向日葵と香澄という少女の入院に、関連性などはないだろう。
クラスメイトのその言葉は、子供特有の面白半分の発言なのだろうが、苦しんでいる親しい友人を持つ七海の心を深く傷つけていた。
「だからね、だから私……不思議なことを解決してくれるって噂の妖怪ポストにお手紙を入れたんだ」
立札を見つめたまま、少女の小さな力無い手が茜の袖を引いた。
「だから、お願い!茜お姉ちゃん、この向日葵調べてみて!……呪いを解いてっ!」
七海はしゃくり上げるように言葉を発した。
(呪いを解くなんて、そんなこと……私には出来ないよ)
胸の中で茜がうめくように呟く。
(出来ないけれど……でも)
少女は涙に濡れた瞳で見上げていた。
彼女の震える肩、かすかに噛み締められた唇――そのすべてが、言葉にできない切なさや悲しみを訴えている。
茜は、何かに胸の奥を強く締めつけられるような感覚に襲われた。
『思ったことを、そのまま行動に移す勇気を持ってごらん』
彼女の脳裏に、辻峰の言葉が甦ってきた。
(……思ったことを行動に移す勇気)
茜は小さく頷くと、左手で七海の手をそっと握り返す。
心臓の上、左胸ポケットに入っている赤いカード型の相棒を思い浮かべる。
今まで、さまざまな不思議な現象を解決してきたパートナー。
(この件については、関係ないかもしれないけど……やるだけのことはやってみよう)
「ちょっと調べてみるね」
茜は、涙顔の少女を元気づけるように優しく微笑んでから立ち上がった。
小さく息を吸い、胸ポケットから【Mサーチャー】を取り出し、起動させる。
人間の発する"強い感情"という独特な電磁波を感知するシステムが内蔵されているカード型検知器【Mサーチャー】。
この件になんらかの"人の悪意"が関わっているとしたら検知することが出来るかもしれない。
もし、それがいわゆる[呪い]と呼ばれる悪しき感情であったとしてもだ。
茜は名刺より二回りくらい大きな赤いカード端末をしなやかな指先で掴むと、七海の向日葵、香澄の向日葵……そして、その周囲数カ所で検知のスイッチをタップした。
その時、不思議なことが起こった。
一瞬――ほんの刹那の瞬間だが茜の手にした【Mサーチャー】がぼんやりと光ったのだ。
「コレっ!光ってる?」
驚愕の声を上げる茜。
反応があるということは、つまり……。
「ねぇ、七海ちゃんっ!ちょっと聞きたいんだけど、最近、この学校で亡くなった人っている?」
突然の茜の大きな声に、ビクッとする七海。
「亡くなった人?死んじゃった人ってこと?」
頷く茜に対して、少女は首を横に振って応える。
「多分いないよ。聞いたことないもん」
(そりゃそうだよね。こんな近場の学校で死人が出るようなトラブルとかがあれば、私たちの耳に入ってきてもおかしくないもんね)
人間の心体から出る電気信号――特に強い思いを残して命を落とした者が発したソレは、自分と深い関わりがある空間に、特徴的な電磁波の乱れを残すことがわかっている。
だが、その電気信号も長くは定着しない。
いずれは消えていく。
当然と言えば当然だ。
定着し続けていたとしたら、世界中が特殊な電磁波の乱れで覆われてしまうことになる。
そのため、茜は学校関係者で最近亡くなった人間がいないか確認したのだが……。
(でも、一歩前進だ)
反応があるなら、まだ調べる方法はある。
茜は【Mサーチャー】の微かな光を見つめながら、年長の友人の顔を思い浮かべた。
(彼女に聞けば、何かわかるかもしれない)
「七海ちゃん、ちょっとだけ時間をちょうだい。詳しい人がいるから聞いてみるよ」
「詳しい人?」
問いかける七海を見つめて茜が頷く。
「うん……わかった。よろしくお願いね、茜お姉ちゃん」
涙で顔をくしゃくしゃにした七海は、無理に微笑む。
そのいじらしい姿を見た茜は、華奢な少女の体を強く抱きしめたい衝動に駆られた。
「うん、お姉ちゃんにまかせて。きっと、なんとかするからね。観察日記も諦めないで書き続けてね」
茜は、少女を力づけるようににっこりと笑って言った。
小学校の門前で、七海と別れた茜は西の空を見上げる。
彼女のピンクシルバーの腕時計の針は十六時一〇分指していた。
まだ、日没までには時間がありそうだ。
茜は仕事用の【ヴァーチュタッチ】を取り出すと、テレフォンモードに切り替えた。
「まだ、研究所にいてくれれば良いんだけど」
アドレス帳機能を立ち上げ、上から五番目に記された名前"高円寺理子"をタップ。
R R R R……R R R R……R R R R……。
ガチャッ!
四コール目で相手先に繋がった。
「あっ!もしもし、理子さん?」
『はいは〜い。理子ちゃんはとってもとっても忙しモードです。ど〜しても、お話をしたい方は名前と用件を録音しておいて。気が向いたら折り返すから……』
残念ながら、留守番電話のようだ。
茜は形の整った細い眉をひそめると、自分の名前とこれから訪問する旨を録音し【ヴァーチュタッチ】の電源を切った。
「今からなら、理子さんの退勤時間までに間に合うかな」
茜は踵を返し、友人であり【Mサーチャー】の開発者である高円寺理子が所属する[警視庁科学捜査開発研究所 北多摩支部]に向かうため、駅に向かい歩き出した。
まだ帰宅ラッシュの時間には余裕があったため、さほど混雑していない改札を通り目的地に向かう。
途中のコンビニに立ち寄り、手土産を購入。
「これで理子さんがいなかったら、意味がなくなっちゃうな」
最寄り駅"立川駅"から歩いて十二分。
そこに[警視庁科学捜査開発研究所 北多摩支部]がある。
地上四階建。研究所とは言っても見たところ、普通の作りのビルだ。
茜は玄関横の駐輪場を見た。
そこには、無数の派手なステッカーが貼られている一際目立つ原付バイクが停まっている。
「あ、理子さんの原付ある。まだいるみたい」
手土産が無駄にならなかったことに、ホッと胸を撫で下ろす茜。
正面玄関の自動ドアをくぐり、カメラを見つめて[網膜認証]を通過。
内線電話を使い、高円寺理子を呼び出してから茜は受付横の打ち合わせテーブルに荷物を置いた。
待つこと数分、緑がかった長い髪を後ろで二つに結び、白衣を着用した小柄な女性が現れた。
「おまたせ、あかりん」
手を小さく振りながら近づいてくる、ハスキーな声の女性。
大きな眼鏡が童顔を際立たせているが、実は茜よりも年長者だ。
茜も軽く手を挙げた。
彼女こそ[警視庁科学捜査開発研究所 北多摩支部]の主任研究員であり、茜たちが使用しているアイテム【Mサーチャー】の開発者。高円寺理子その人である。
「これ、お土産」
茜が先程買ったコンビニのビニール袋を手渡す。
「おっ![シャリシャリくん]だ」
中には国民的ソーダ味の棒アイスが数本入っていた。
「確か冷凍庫あったよね?良かったら、飯野さんにも渡して」
いくつか並んだ受付テーブルの奥に設置されている小さな冷蔵冷凍庫をチラッと見ながら、茜は言った。
以前、理子がその冷凍庫からロックアイスを取り出していたことを覚えていたのだ。
「ノイノイ?ダメダメ、知覚過敏でアイスなんか食べられないよ」
ケタケタと転がるように笑った理子は、早速[シャリシャリくん]のパッケージを開けて口に咥えるともう一本を茜に差し出した。
飯野秀和……通称ノイノイ(そう呼ぶのは、直属の部下である高円寺理子だけであるが……)は、ここ[警視庁科学捜査開発研究所 北多摩支部]の所長であり、【Mサーチャー】の基本概念を作り出した研究者である。
「そっかぁ。じゃあ、別のお土産買ってきた方が良かったかな?」
自分と茜の分以外の残りを冷凍庫にしまって戻ってきた理子を見ながら、茜が呟く。
「いらないいらない。ノイノイ、私が美味しそうにお菓子を食べてる姿を見てるのが、一番の幸せなんだから」
理子はパタパタと手を振りながら、冗談なのか本気なのかわからない口調で言った。
「で?【Mサーチャー】のチェックスケジュールはまだ先だったはずだけど、どしたん?」
茜の正面の椅子に座った理子が、そう話を切り出した。
「うん……実はちょっと不思議なことがあってね」
胸ポケットから【Mサーチャー】を取り出そうとする茜の動きに連動したように、高い位置で結ばれているポニーテールが揺れた。
「あんたたちの仕事は、いつでも不思議なことばっかりじゃないの」
茶化すようにそう言った理子は、食べ終わった[シャリシャリくん]の棒を見ながら「ハズレか」と呟いた。
「まぁね。そう言ってしまえばそうなんだけどさ」
同じようにハズレたアイスの棒を見つめながら、先程七海から聞いた一連の話を伝える茜。
「……つまり直近で人が死んだ様子もないようなところで【Mサーチャー】の反応があったのはどういうことか……ってこと?」
茜は無言で頷いた。
「まず、誤解がないように言っておくと【Mサーチャー】は特殊な電気信号の異常とかに反応するんだから、人が死んだ時に出た電磁波だけを検知するわけじゃないんよ」
理子が差し出してきた手に、自分の【Mサーチャー】を乗せる茜。
「例えばさ、その向日葵。植物だって生きるために電磁波を出しているんだよ」
茜専用のシャインレッドの【Mサーチャー】を自分のノート型パソコンに接続しながら理子が言った。
「えっ?植物が?」
「そ。例えば代表的なのは光合成だね。アレも植物が出す電磁波に関係してるんだよ」
マウス操作とキーボードを使い、【Mサーチャー】のデータを吸い上げる。
ノート型パソコンの微かなモーター機動音と、カチャカチャというクリック音が室内に響く。
「じゃあさ、植物でも【魅影】を生み出す可能性がある……ってこと?」
少し乗り出すようにして茜が尋ねる。
強い感情を残したまま亡くなった者が、その人間にとって関係性の深い場所に特殊な電磁波を残し、いわゆる[憑依]という超常現象のように、その場に訪れた人間などに取り憑いて行動を起こしたりする特異現象……それが【魅影】である。
オカルト嫌いな高円寺理子が、心霊などと同列扱いされることを避けるため、そう名付けた。
理子は顎の下に人差し指をやり、虚空を見上げた。
「イエスともノーとも言えないね。そもそも研究資料がないんだから」
少し力無くそう言ってから、白衣のポケットに手を突っ込み、取り出したキャラメルを口の中に放り込む。
端末の中から聞こえていた回転音が、スンッと鳴り……止まった。どうやらデータの吸い出しが終わったらしい。
「私、個人の意見としては、限りなくゼロに近い可能性だと思うけどね」
茜の【Mサーチャー】を取り外しながら、理子は言った。
「でも、植物にも心とか魂とかがあるって言うじゃない?」
茜は差し出された【Mサーチャー】を受け取りながら問いかける。
「心〜?魂〜?」
眼鏡の奥の理子の目が、不愉快そうに細められた。
茜もその態度の豹変に気がつく。
「あはは……相変わらずそう言う話、嫌いみたいだね」
「私はね、あくまでも科学的根拠に基づいて研究をしてるの。魂とか悪霊とか……何度も言うけど【魅影】はそんな非科学的なモノじゃないのっ!」
理子は憮然とした表情で、ため息をつきながら言葉を続けた。
「[アニミズム]とか[スピリチュアリズム]なんて呼ばれる哲学や宗教では、すべての生物に魂や精神があるなんて言われることがあるけど、科学的に見たら、植物には神経系や脳がないんだから人間や動物みたいに感情や意識はないの」
研究者特有の特徴で、早口になる理子。
「もっとも光だとか温度なんかの刺激に対する反応とか、根や葉から化学信号を発し、他の植物や微生物とコミュニケーションを取ることなんかはあるらしいけどね」
生物学は専門ではない理子だが、彼女の知識はさまざまな分野において、深く広い。
これも研究者特有の特徴……いや、オタク特有の特徴というべきか。
「それは生存本能であり、心とは異なるものでしょう?」
理子の口調が少し荒げられた。
「わかった、わかった。私が悪かったよ。これはオカルト関係の話じゃないんだね」
茜は興奮する彼女を落ち着かせようと、両手を静かに上下させながら言葉を続けた。
「わかれば良いのよ、わかれば」
理子は、立ち上がると打ち合わせ室に設置されている自動販売機に向かう。
その小さな背中からは、この話をこれ以上聞きたくないという拒絶の雰囲気が感じられた。
ガコンッ!
自販機から排出されたコーラのペットボトルを取り出す。
「でも……もし、話がオカルト方面なら、あの人の方が詳しいんだけど」
茜の耳には届かない、ごく小さな声で呟く理子。
(本当の【魅影】の発見者のあの人なら、どういう答えを導き出すかしら?)
組織的には【魅影】を発見したのは高円寺理子とされているが、実はそうではなく、理子はその理論を利用して、調査の方法を確立しただけなのだ。
もっとも"確立しただけ"とは言っても、彼女は彼女で間違いなく天才ではあるのだが……。
天才には二つのタイプがあると言われている。[発信型の天才]と[受信型の天才]である。
[発信型の天才]は、新しいアイデアや概念を自ら生み出し、他者に発信する能力に優れているタイプである。
独自の視点から世の中に影響を与え、常識や枠を超えた発想を次々と生み出すことを得意としている。
一方の[受信型の天才]は他者のアイデアや知識を受け取って、それを深く理解し、自分なりに応用・発展させるタイプで、既存のものを改良したり、組み合わせたりして新しい価値を生み出すことを得意とする。
つまり[発信型の天才]は、既存のものに縛られないクリエイティブな天才。
[受信型の天才]は、他者の知識やアイデアを吸収し、優れた形で応用・発展させる分析力に優れた天才と言えるであろう。
この場合、高円寺理子は後者にあたる。
「どうしたの、理子さん?」
黙り込んだままテーブルに戻ってきた友人のことを心配してか、茜は理子の顔を覗き込みながら優しい口調で問いかけた。
「いや、なんでもないよ。とりあえず、さっき預かったデータでわかる範囲で調べてみるよ」
「忙しいのにごめんね。よろしく」
茜は手を合わせてそう言った。
「ちょっと時間かかるかもしれないけど、なんかわかったら連絡するよ」
研究所の入り口まで茜を見送りながら、理子がそう言った。
「やっぱり、植物絡みだと難しい?」
「まぁ、それもあるけど……他にも気になることがあるから」
「他にも?」
理子にしては珍しい、奥歯に物が引っかかったような言い方が気になった茜が聞き返す。
「いや、まだはっきりしていないから」
理子が小さく頭を振ると、左右で結んだ髪が揺れた。
「ふぅん……」
釈然としない表情の茜だったが、理子の性格的に、これ以上聞き返しても答えは返ってこないだろう。
彼女は小さく肩をすくめ、帰路に着いた。
「原因が植物じゃないとすれば……」
夕暮れの中に消えていく友人の背中を見つめながら、理子は小さくため息をついた。
「……考えすぎだと思うけどね」
白衣のポケットに手を入れミルクキャラメルを一粒取り出し、口の中に放り込む。
いつもなら、その甘さが脳神経をスッキリさせてくれるのだが、何故だか今日の理子の頭にかかったモヤモヤとした雲はなかなか晴れることがなかった。
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