第2話 日常の中の記憶

五年が過ぎた。私は地元に戻って、市役所で働いている。安定した仕事で、やりがいもある。同僚にも恵まれて、充実した日々を送っていた。


でも、時々、優也のことを思い出す。街中で似た後ろ姿を見かけた時。カフェで流れる、二人で聴いた曲を耳にした時。本屋で、彼が好きだった作家の新刊を見つけた時。


「今、どうしてるのかな」


そう思うことが増えた。東京で頑張っているのだろうか。仕事は順調だろうか。もしかして、新しい恋人がいるのだろうか。


友達に相談したことがある。


「まだ、引きずってるの?」


そう聞かれて、否定できなかった。


「引きずってるというか...ちゃんと終われてない気がするんだよね」


「終われてない?」


「うん。最後、ちゃんと話せなかったから。言いたいことも、言えないまま別れちゃって」


友達は優しく笑った。


「それなら、連絡してみたら? 今の時代、探そうと思えば探せるでしょ」


でも、それはできなかった。五年も経って、今更何を言えばいいのか。きっと彼は前に進んでいる。今更、私が現れたら迷惑なだけだろう。


そう思って、連絡する勇気は持てなかった。


ある日、職場の先輩が結婚することになった。幸せそうな先輩を見ていて、羨ましいと思った。私も、いつかこんな風に誰かと幸せになれるのだろうか。


「彩花も、そろそろ婚活したら?」


先輩に勧められた。


「そうですね...考えてみます」


そう答えたけれど、心のどこかで、優也以外の人と付き合うことを想像できなかった。まだ、彼のことを引きずっている自分がいた。


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