02 およそ最悪な再会


「あー、そらやっと来たぁ。どこ行ってたのさ、もー」


 しばらくして本屋に戻ると、鳴海なるみが両手に袋を下げながら頬を膨らませていた。

 

「ちょっと見てたら色々あってね」


 少女のスカートを見たら誤解を受けて呆然としていた。

 ……なんて話が出来るわけもなかった。


「色々あるのはいいけど、放っておくのはなしでしょー」


「ごめんごめん、それにしても大量だね?」


 ここは大人しく謝って、話を変えることにする。

 鳴海の袋はパンパンで重そうだった。


「新刊の発売日が重なってね」


「お金持ちだな」


「いやいや、そんなことないよ、空と変わらないって」


 謙遜してはいるが、とにかく鳴海は懐が温かい。

 それはそれは羨ましい限りで、私のお小遣いは対極で極寒の懐事情となっている。


「私はいつも金欠だよ」


「でも空はバイトしないよね?」


「なのに、お小遣いカットの可能性があるからヒヤヒヤしてるんだよ」


「そうなの? なんで?」


 これがまた深刻な事情があるのだ。


「お父さんから、新しい家族のことで注意されててさ」


 私の両親は幼い頃に離婚しており、親権は父が持つことになった。

 それ以来、私はお父さんに育てられてきたのだけど、何と運命の出会いから再婚に至ったそうなのだ。


「え、新しい家族!? なにそれっ、聞いてないっ!」


 そう、鳴海にも伝えていなかった。

 こういうのって自分から言うタイミングないし?

 ちなみに今日が初顔合わせの日でもある。


「お義母かあさんと義妹いもうとができたって話」


「い、義妹!?」


「ねー、ビックリだよね。しかも仲良く出来ないとお小遣いカットだってさ」


 高校に入って部活もしなければバイトもせず、かと言って勉強もしない娘に父は憤りを覚えたのだろう。

 すっかり非行少女となってしまった娘と新しい家族との関係を築く方法として、お小遣いカットの保険を張ったわけだ。


「……不安だ」


「何の不安?」


「いや、皆と上手くやれるかなって」


 一人っ子の身としては義妹が出来る緊張もあるが、ちょっと楽しみでもある。

 しかし人間には相性というものがあるのも事実。

 その関係性が悪ければ気まずいだけでなく、私の場合は懐まで寂しくなるのだから、なるべく友好的でありたいものだ。


「大丈夫、空を嫌う人なんていないよ」


 鳴海に頭を撫でられる。

 果たして、私は誰の機嫌をとれば幸せになれるのだろう。




        ◇◇◇




「……遂に、この時が来てしまったか」


 鳴海の買い物に付き添ったのは、正直この瞬間を遅らせたかったという本音もあったりする。

 帰宅した私の目の前には、まだ馴染みの薄い一軒家。

 お父さんが家族で住むのを見越して、つい先日買った中古の物件だ。

 家を買ってしまうあたり、お父さんの並々ならぬ本気度は誰の目にも明らかだろう。


「ただいまー」


 覚悟を決め、玄関の扉を開ける。

 これから一緒に過ごす家族と対面する、緊張の一瞬だ。

 歩く度にぎこちなくなっていく両足で、リビングに顔を出す。


「空、遅かったじゃないか。もう来られてるから挨拶しなさい」


「はーい」


 リビングに入るなりお父さんに催促される。

 予定より少し遅れてしまったのはイレギュラーがあったせいなのだけど、今はもうそのことは忘れよう。

 視線を横に逸らすと、ソファに座る女性と少女の後ろ姿を捉える。

 目を惹いたのは恐らく娘であろう金色の髪の輝きだった。


 ……ん、金髪?


 いやいや、今は関係ないから。

 挨拶をするために回り込む。


「はじめまして、白咲空しらさきそらです」


 私は自己紹介に合わせて会釈をする。


「はじめまして、八千代やちよと言います。これからよろしくお願いしますね」


 お義母かあさんは淡いブラウンカラーの髪色で、目尻の落ちた優しい面持ちが印象的な女性だった。


「そして隣が娘の……ほら挨拶なさい」


 その隣に座る少女は対照的に鋭い視線を私にぶつけてくる。

 しかしなぜだろう、その視線にはどこか懐かしさすら感じる。

 その濃紺のセーラー服も、険悪な面持ちから放たれる眼光にも既視感しかなかった。

 いや、そうと決めるのはまだ早い、他人の空似ということもある。

 そんな偶然あるわけないのだから。


「まさか、こんな再会になるとは思いませんでした」


 うん、声もすっごい聞き覚えがある。

 あー……どうやら一足先に、義妹いもうととの対面は済んでいたらしい。

 しかも、およそ最悪な形で。


「「え?」」


 親が双方の娘に訝しげな視線を送りながら首を傾げる。

 初対面でないと分かれば当然気になるのは出会いの経緯。

 詳細に語ればただの親切心なのだけど――


「ええ、この人とは色々あって」


 ――義妹が語れば最悪な出来事に塗り替えられる。


 うん、ダメだ、義妹の私に対する印象はきっとよろしくないに違いない。

 そして磨り減るのはわたしの懐。

 ならん、それだけは決して。


「それじゃ義妹の部屋は、私が案内してあげるねっ!」


 そもそもアレは善意、ちゃんと話せば分かってくれるはずだ。

 私は早急に二人での話し合いの場を持とうと、彼女の手を取って歩き出す。


「おい空、いきなりどうした」


 お父さんの声が背中に届くが、今は構っていられない。

 

「大丈夫すぐ戻って来るから。それじゃお義母さん、ちょっと義妹と親睦を深めてきます!」


「あ、はあ……」


 面食らったお義母さんは生返事。

 意外にも大人しく付いてきた彼女の手首は思っていたよりも細かった。







「はい、ここが君の部屋ね。ちなみに隣が私の部屋」


 私はまだ空き部屋になっている義妹の部屋へと案内して、扉を閉めた。

 一階の居室が私と義妹の部屋で、二階がお父さんとお義母さんの部屋になっていた。

 普通は逆なような気もするんだけど、割とどうでもいいので言及はしていない。

 彼女はゆるりと部屋を見回した後、ゆっくりと振り返ってこちらを見る。

 その瞳から敵意がまだ消えていないことは、気付いていないことにしたい。


「あなたのこと、まだ信用していませんから」


 いきなり拒否られていた。

 ダメだ、まだ持ち堪えてくれ私のハートっ。

 これで心が折れれば全てが終わってしまう。


「か、階段での出来事は誤解なんだってっ。偶然にもスカートの中が見えかけたから親切心で教えてあげたの。むしろ出会いが優しさから始まってるんだから、素晴らしい義姉妹しまい関係じゃん。だから、はい握手」


 手を差し出す。

 友好関係の証を築いておきたかった。


「……」


 しかし、義妹はその手をじっと見つめるだけ。

 私の手は虚しく空に留まった。


「あなたの素性を確認しないことには安心できません、いくつか質問をさせて頂きます」


「素性って……いや、いいけど」


 仮にも義姉だというのに、ひどい疑われようだ。

 いや、出会いがアレだから仕方ないのかもしれない。

 質疑応答で身の潔白が証明されるならお安い御用だ。


「その制服――」


 すると義妹は、上から下へと舐め回すように私を見る。

 もちろん私は容姿にも自信がないのであまりジロジロ見ないで欲しい。

 特にこんな美少女の前では、雰囲気で認識してもらわないと困る。

 ぼかして見てくれ。


「――東汐とうせき高校の制服ですよね?」


「そうだけど」


「失礼ですが、偏差値の高い学校ではなかったと記憶しています」


 私の通う東汐高校は市内でも下から数えた方が圧倒的に早い残念高校である。

 

白峰しらみねみたいなお嬢様学校と比べたらそりゃそうなるよ」


 対して義妹の通う白峰女子高等学院しらみねじょしこうとうがくいんは市内でも有数の進学校であり名門校。

 加えて女子高という神秘性も相まって、憧れの進学先としてよく語られる。

 私みたいなのには手の届かない存在だ。


「部活は何をされていますか?」


「帰宅部」


「……え」


「何だよ」


 意外そうに目を丸くする、白峰に帰宅部はいないのだろか。


「そんなに背が高いのに、運動はされていないんですね」


 そう、私は女子の中では身長がかなり高い。

 こうやってすぐに運動部だと思われるのも若干のコンプレックスなんだけど、立場が逆ならきっと私もそう思うだろうから被害妄想に近い。


「そういう君は?」


「わたしはバスケ部です」


 心のどこかで“バスケ部”という単語に懐かしさを覚える。

 たしか、白峰は市内でも選りすぐりの選手が集まるバスケの名門校でもあったはずだ。


「奇遇だな、私も中学時代はバスケ部だったんだ」


「……でしょうね」


 まぁ、この反応もあるあるである。

 だいたい私の身長を見るとバスケかバレーと思われることがほとんだ。


「なぜ今は部活をしていないのですか?」


「才能ないって言うか、私がやっても意味ないなって思っちゃったんだ」


 すると義妹は目を伏せる。

 何か思い詰めているようにも見える仕草だった。


「そんな曖昧な理由で、あなたは何かを手放せる人なんですね」


「えっと……」


 頭の中で何かが引っ掛かっていた。

 成績優秀、バスケの名門校に進学するほどの実力者、小柄な美人。

 断片的な情報が、あの頃の記憶と繋がってくる気がする。


「そういえばまだ君の名前を教えてもらってないよね、聞かせてもらっていい?」


 義妹は顔を上げ、私と目を合わせる。

 似ているかもしれない、と思った。


 あの子の名前は、確か――


霞羽灯かすみはともりです」


 ――そうだ、そうだった。


 小柄な体躯でコートを駆け抜け、翼が生えているかのように空を舞う少女。

 その名が霞羽灯。

 忘れかけていた面影と成長した今の姿が重なっていた。



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義妹に触れたら恋に堕ちた。 白藍まこと @oyamoya

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