義妹に触れたら恋に堕ちた。
白藍まこと
01 羽のように軽い少女
――飛んでいる。
彼女を一目見た時、そう思った。
勿論、相手は同じ人間なのだから翼が生えているわけもなく、まして
屋根という天井があるのに、どこかへと飛び立てるはずもない。
だというのに、悠々と空を舞うその姿は重力を忘れさせた。
才能の差。
他人との差がどれだけあろうと、それは努力や時間で埋める事が出来るかもしれないと思ったこともあった。
だけど、それは間違いであることに気付く。
埋めようのない歴然とした差は存在する。
同じコートでプレイする彼女の姿を見て、私のバスケットボールは終わりを告げた。
何かに成れると思うほど楽観的ではなかったけれど、何かに成れないと思うほど悲観的だったわけでもない。
だけど今、私は彼女以上には絶対に成れないと理解した。
しかも相手は年下で容姿端麗とまできている。
何一つ勝てる所を見出せない。
「あははっ」
けれど、悔しさはなかった。
むしろ、見惚れた。
残酷なまでの差は、清々しいまでの羨望に変わった。
君はその才能を開花させたらいい。
私は……まぁ、楽しくゆるゆると生きることにするよ。
そうして私は自身の器を知った。
◇◇◇
高校に進学してもバスケはすっぱりと辞めてしまった。
自分の限界も分かったし、高校まで汗かきたいとも思わなかったし。
コートを走る感覚、ドリブルとシュートの音も懐かしい。
あの時、魅せつけられた少女の顔も名前も今では記憶の彼方だった。
とにかく、そんなことよりも華の女子高生ってやつを謳歌してみたかったわけだ。
「
放課後になると、教室で私の名前――
「ヒマしてるよ」
あれよあれよという間に時は流れ、気付けば高校三年生。
浮いた話は一つもなく、いつもヒマを持て余しているのが厳しい現実だ。
「よかったー、それじゃ帰りに本屋さんに行こうよ」
「いいよ」
友人の
「てかさー、最近皆ノリ悪いんだよ。誘っても断られまくっちゃってさー」
鳴海は不満そうに唇を尖らせる。
「まぁまぁ、私がいるじゃん」
「だよねー。空はいつも付き合ってくれるから嬉しいよ」
にこっと屈託のない笑みを浮かべる鳴海。
部活もしなければ恋愛もしていないのだから、そりゃ時間だけはあるに決まっていた。
「他の子達は何の用事だったの?」
「だいたいバイトか彼氏とデートのどっちかで用事埋まってる子ばっかりでさー。女子の友情って儚いよねー」
「ああ……」
私と鳴海はバイトをしていなければ彼氏もいない。
よって、一緒に過ごす機会がとても多い。
「私もデートで今日遊べないとか言ってみたいかも」
きっと素敵な恋でもすれば、この灰色な日々にも彩りが添えられるような気がする。
「ええー、ダメだって抜け駆けはー」
「私も女子として次の階段を上りたいんだよ」
自分で言うのもなんだけど、高校に入ってそれなりに私は頑張っている。
こう美容とかファッションとか、その他諸々。
とりあえず、体育会系女子の頃では出来なかったことはやってみている。
結果は……残念すぎるけど。
「やだー。空がいなくなったら寂しいからダメー」
すると鳴海は身を寄せて腕を掴んでくる。
彼女はいつも距離が近い。
「だいたい彼氏なんていたってムカつく事が大半だよー? すぐ煩わしくなるって」
「……一ヶ月前は“彼との日々がわたしの全て”とか聞いた気がするんだけど」
「黒歴史だねー」
随分とにこやかな黒歴史だった。
鳴海がフリーなのは”今はそういう期間”というだけであり、趣味に使うお金もあるからバイトをしてないだけだ。
どーせ黒く塗りつぶせるような出来事すら私にはない。
凪のような日々だけが繰り返し過ぎていた。
着いたのは街中になる雑居ビル、その一角にある本屋だった。
鳴海は熱心に漫画コーナーやら小説コーナーを行き来していて、私は遠巻きにその姿を眺めていた。
「……長いな」
しばらく待っても彼女の右往左往は終わらない。
私も何か見て回ろうかなと思ったが、本にはあまり興味がなかった。
「ちょっと近くの店見て回ってるから終わったら連絡して」
「わかったよ、ごめんねぇ」
鳴海に一声掛けて本屋を出る。
フロアには雑貨屋や服屋があるので、歩きながら遠巻きでそれらを眺める。
「慣れない店に入るのって勇気いるよなぁ」
よっぽど刺されば別だけど、今の所はその気配はない。
テキトーに歩いていると踊り場に出てしまい、階段が続いていた。
皆エレベーターかエスカレーターを使うので、恐らくあまり使用されない物寂しい空間だった。
ちょうどこのフロアには用はなさそうなので、上の階に移動しようかと思い足を掛ける。
「……あ」
思わず声を上げてしまったのは、人影に気付いたからだ。
少女が一人、階段の頂きから視線を遠くに飛ばしていた
その高い窓から差し込む夕陽に照らされる金髪に、透けるような白い肌。
身に纏う濃紺のセーラー服のコントラストが目を惹いた。
(って、うわわ)
しかし、咄嗟に顔を下げる。
一番下にいる私からだと彼女を仰ぎ見るような立ち位置になってしまい、スカートの中を覗いてしまいそうになったからだ。
完全に高低差が悪さをしていた。
「んー……」
私はそのまま階段を上りながらどうしようかと悩む。
少女は未だに遠くを見つめたまま動き出す気配はない。
さすがに同じ女子として忠告しといてあげた方がいい気がする。
何かしら履いてるとは思うけど、それでもあの白い太腿に興奮を覚える怪しい人たちの可能性は否定できない。
間もなく隣に並ぶタイミングで声を掛ける決心をする。
「あの」
「……え」
近くで見ると、その美しさに息を呑む。
意志の強そうな大きな瞳、筋の通った鼻先、潤いを含んだ形の良い唇。
どれをとっても溜め息が出るような造形美だった。
「スカートの中、見えそう……かも」
嗚呼、そんな美少女を相手に私は一体何を口走っているのだろう。
「え、うそ」
少女は目を丸くしながら私を見つめていたが、慌てたようにスカートの裾を抑えた。
「きゃっ」
しかし、それが良くなかった。
端に立っていた少女は動揺したせいで足をもたつかせてしまいバランスを崩してしまった。
「ちょ、おいっ!」
倒れそうになる少女に反射的に腕を伸ばしていた。
その体を抱いて支えた瞬間、風でも吹けば飛び立ちそうなくらいに軽いことに驚く。
小柄な体躯は細く華奢で、かすかに金木犀の香りを残していた。
「怪我はない?」
バランスを崩した体を足場に戻す。
元はと言えば私の声掛けが原因だったので、罪悪感と共にその体から手を離した。
「……」
「あの、大丈夫……?」
その少女は物言わぬまま鋭い視線でこちらを凝視していた。
美人が不機嫌そうな顔をすると、それだけで迫力がある。
「……ふん」
少女は鼻を鳴らすと、改めてスカートの裾を抑えていた。
その身に纏う濃紺のセーラー服を改めて見ると見覚えがある。
私のような何もない者とは、真逆の存在。
「困ったみたいな顔しないでもらえます?」
「はい?」
凛として冷たい声音だった。
「あなたはスカートの中身を盗み見る覗き魔で、体に直接触れてくる変態ですよね」
「いやいや、ちがうって! 見えそうだから忠告しただけじゃんっ!」
あらぬ疑いを掛けられていた。
親切心がこんな真逆に受け取られることがあるだろうか。
「どうせ見た後でわたしに声を掛けて動揺を誘い、その上で体に触れる算段だったのでしょう?」
「そんな用意周到なことするかよっ」
「自白する犯人はいませんよ」
うおおお、悪魔の証明ってやつだコレぇ……。
いや、だが待て待て。
その言い分にはあまりに無理がある。
「いや女子同士で覗きも変態もないだろ」
「良かったですね。あなたの罪を裁くのに、この国の法が追い付いていなくて」
「え」
「失礼します」
そのまま少女は階段を足早に降りながら去って行く。
取り付く島もなく、ただ負のオーラを巻き散らして。
私が目にする美人は、いつも非情な現実を突き付けてくる。
「……えー」
形容し難い感情を胸に宿して、形にならない想いを言葉に乗せた。
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