第2話 再び訪れる王立使者

「リオン=グレイ殿、こちらにおられますか!」


朝。

まだ寝ぼけた頭でパンをかじっていた俺の家の扉が、ドンドン! と激しく叩かれた。

まるで借金取りだ。


「……誰ですか、朝っぱらから」


扉を開けると、そこには立派な制服を着た若い男が立っていた。

王立の紋章入りマント。肩には金糸の飾り。どう見ても“王国直属の使者”だ。


「わ、わたくしは王立魔導師団付の連絡官、ルーカスと申します!

リオン殿、陛下がお呼びです!」


「……え、なんで?」


俺はパンをくわえたまま、間抜けな声を出してしまった。


「なぜって……! あなたが著した魔導書が、王国史上最も読まれた書物になったからですよ!

王都だけでなく、辺境の子どもたちまで魔法を扱えるようになったと……!」


「そんなバカな……」


俺は小さくつぶやく。

ただの趣味で書いた本だ。自分の言葉で、魔法をもっとわかりやすくしたかっただけだ。

それが“史上最も読まれた”とか、冗談だろう。


ルーカスは真剣な目で続ける。


「陛下は『国を変える力を持つ本だ』と仰っておられます。

ついては、あなたを王立魔導学院の客員教授としてお招きしたいとのことです!」


「……教授? 俺が?」


信じられなかった。

三ヶ月前に追放されたばかりだぞ。

あの団長はなんて言ってたっけ──“凡才が王立にいること自体、恥だ”とか。


「……悪いけど、しばらくは遠慮します」


「えっ!?」


「いま、次の本を書いてるんですよ。“水属性版”の基礎魔導書をね。

光だけじゃなくて、水でも、子どもたちが遊びながら学べるようにしたくて」


ルーカスは唖然としていた。

王からの招待を断るやつなんて、普通いない。


「ですが、王国としては正式に──」


「ならこう伝えてください。

“俺はまだ途中です。魔法は、もっと面白くなります”って」



その日の午後。

俺の家の前には、村の子どもたちが集まっていた。


「リオン先生! 昨日の“光の種”の魔法、また教えて!」

「ぼく、水のやつやりたい!」


“先生”──その呼び名に、最初はくすぐったかった。

けど、いまでは少し誇らしい。


「いいぞ。ただし、今日は宿題を忘れた子は参加禁止だ」


「えーっ!」


子どもたちの笑い声が広がる。

空は晴れ渡り、光と水の魔法が交ざってきらめく。

俺の作った小さな魔導書が、こんな景色を生むなんて──想像もしなかった。



数日後。

再び、家の扉を叩く音がした。


今度は、静かに。

ゆっくりと、丁寧に。


「……入ってもいいか、リオン」


その声を聞いた瞬間、心臓が一瞬止まった。


──団長、グラン・バルゼン。


かつて俺を追放した張本人が、扉の前に立っていた。


髭も髪も乱れ、以前の威厳はない。

その手には、俺の本が握られていた。


「……すまなかった。

あの時、お前の書いたものを“無価値”だと笑った。だが今、私の息子が──

この本で初めて、光を灯したんだ」


沈黙。


グラン団長の手が震えていた。

俺はしばらく何も言えなかったけど──やがて、静かに笑った。


「……それは、良かったですね」



夜。

机の上には、新しいノートが開かれている。


タイトルは『魔導入門書【風の章】』。

ページの端に、小さくメモを書く。


“魔法は、才能じゃない。

それは、誰かの“想い”を形にする技術だ。”


俺の小さな教本は、静かに世界を変え始めていた。

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