第3話 王女の弟子入り願い
朝の光が差し込む小屋の中。
俺はパンを焼きながら、昨夜の原稿を読み返していた。
“風は、自由に流れる。だからこそ、掴もうとせずに感じろ。”
自分で書いておいてなんだが、少し詩的すぎたかもしれない。
子どもたちにはまだ難しいかな──そう思いながら、ふと外を見ると。
家の前に、見慣れない馬車が止まっていた。
黒塗り。王家の紋章入り。
……まさか。
「リオン=グレイ殿、王国第一王女殿下のご到着です!」
外で叫ぶ護衛兵。
おいおい、なんで王女がうちに来るんだ。
慌ててエプロンを外す間もなく、扉が開かれた。
「失礼いたします。あなたが、あの“魔導書”の作者……リオン先生、ですね?」
凛とした声。
入ってきたのは、淡い金髪に水色の瞳をした少女。
十七、十八歳ほど。けれど、背筋の伸びた立ち姿はまさしく“王族”そのもの。
「……王女殿下、ですね。どういったご用件で?」
「お願いがあります。
わたくしを、弟子にしてください!」
その言葉に、パンをかじっていた俺は、見事に噴き出した。
「……は、はい?」
「笑わないでください! 本気なんです!」
王女──リアナ=エルステッドは、真剣な眼差しで言葉を続けた。
「わたくし……魔法が使えないんです。
どんなに高名な師に習っても、魔力がうまく流れなくて。
でも、あなたの本を読んだ時、初めて──**“魔法って、怖くない”**って思えたんです。」
……なるほど。
彼女は才能の象徴みたいに見えるけど、実際は“魔力ゼロの王女”か。
皮肉なもんだな。
才能があると言われてきた連中は、努力を笑い。
才能がないと嘆く者ほど、必死に学ぼうとする。
「俺は教師でも宮廷魔導師でもないですよ。教え方も粗末ですし」
「構いません。あなたの言葉は、誰よりもあたたかかった。
魔法を、誰かを照らすものとして教えてくださる方は、あなただけです」
静かな熱を帯びた声。
彼女の瞳がまっすぐに俺を見ていた。
……まいったな。
「わかりました。けど、うちの授業は厳しいですよ?
パン焼きの手伝いも、子どもたちの面倒も全部込みです」
「ええ、喜んで!」
こうして、王女の弟子入りが決まった。
⸻
午後。
村の広場では、子どもたちが“風の魔法”の練習をしていた。
「リアナ先生ー! お姫様も魔法やるの!?」
「ひみつ、です。でも、あなたたちの先輩になりますわ!」
リアナは笑いながら子どもたちに混じっていた。
手を広げ、目を閉じ、ゆっくり息を吐く。
──ひゅう、と小さな風が舞い上がった。
「……できた?」
「うん、できたよ。ほら、ちゃんと風が踊ってる」
彼女の顔がぱっと輝いた。
その表情を見た瞬間、俺の胸の奥が少し熱くなった。
「リオン先生、わたくし……少しだけ、魔法を好きになれました」
「それで十分です。最初は“できた”より、“好きになれた”の方が大事ですから」
リアナは小さくうなずいた。
⸻
夜。
家に戻ると、机の上に封書が一通置かれていた。
送り主の名は──“王立魔導師団・団長 グラン・バルゼン”。
『王女殿下があなたのもとで学ばれる件、正式に承認する。
ただし、王都内では不穏な動きもある。
“古き魔導派”が、あなたの魔導書を“禁書”に指定しようとしている。注意されたし。』
──禁書、だと?
まさか、また同じ構図か。
“誰でも魔法が使える”という思想が、今度は“体制”にとって都合が悪いらしい。
俺は静かに封を閉じた。
「リアナ王女、あなたの修行は……どうやら、少し騒がしくなりそうですね」
夜風が窓を揺らす。
新しい風の章のノートが、ぱらぱらとめくれた。
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