第7話 さよならとは言えない

 布団を被り、暗い視界の中で眠ることもできない。

 どうにも落ち着かない。

 久しぶりに誰かと話したからかな。

 あんなに誰かと話したのは久しぶりな気がする。


 まだあんなに話せるんだ……てっきりもう駄目になったと思っていた。誰かを目の前にしても何も言えなくなると思っていたのに。

 それどころかあまりにも話すぎていた。あんなに私の話をして、また嫌がられていそうだけれど。


 はぁ。

 話すことはできても上手く話すことはできないというか。

 変なことは言っても傷つけるようなことを言わなかっただけ良いのかな。たまたま地雷を踏まなかっただけのような気もするけれど。


 明日はもう少し気をつけよう。

 ……明日。明日か。 


 明日もララに会う。

 町を案内してほしいらしいけれど、この町に案内するほどの複雑性はないような気がする。

 まぁ別に私も暇だから良いのだけれど……こういうところは正規の魔法師じゃない故の時間なのかもしれない。同僚の人達は忙しそうにしているし。


 というよりは多分、何かをしたいという思いの差な気がする。

 同僚の魔法師達にとってはこの教会の魔法師という仕事は、足がかりに過ぎないというか。まだ自らの力に満足していないらしい。資格だとか、新しい魔法を貪欲に取得しようとしていることぐらいは私も知っている。


 というよりも世間的にはそういう人が多いらしい。

 教会の魔法師というより、魔法師にはそういう人が多そうな印象がある。向上心の高い人というか。あまりにも私とはかけ離れた思考の人が多そうな感じはする。


 私には欠けているもの。

 もしくは元からないもの。


 向上心というのか競争心というのか。

 何かより上に立ちたいという想いがないわけじゃない。私だってできるなら良い生活ができるならしたいけれど。

 でも、無理だから望みはしない。無理だと諦めているから望みはしない。望むことはできない。


 最初からこうだったわけじゃない……はずだけれど。

 でも気づけば何もない心になっていた。

 だって努力しても上手くはいかないことの方が多い。

 それに私は耐えられない。

 努力して上手く行くのなら、私だって努力しているのに。

 どうせ無理だから、何かをする気にはならない。


『やってみないとわからないじゃないか。できるかもしれないのにやらないのは意味がわからない』


 声が聞こえる。

 過去からの声。

 強者の声。

 できる人の声。


 あの台詞が大衆的だと知った時、私はあまりにも孤立しているのだと感じた。努力への信仰心が高い人ばかりで、彼等の意思の位置はあまりにも遠い。


 ララも多分向こう側な気がする。

 軽く話しただけでもそんな気はした。

 あまり詳しく聞いたわけじゃないけれど、親と離別する選択をして、自分の意思を通しているのだから、少なくともこっち側じゃない。


 けれど、私はちょろいもので、少し話しただけで絆されている。

 なんとなく明日に彼女と出会うことも、なんていうか……


「わくわくしてる……」


 その言い方に少し笑いそうになってしまう。

 あまりにも可愛らしいというか。子供っぽい。

 でも、その言葉通りで。

 私は多分楽しみにしている。明日ララに会うのを。


 少し怖い。

 いや、すごく怖い。

 なんだかうまくいく気がしているから、うまくいかない気がする。どっちなのか自分でもわからない。


 すごく嫌な感じ。

 落ち着かない。

 心があわあわしているのを感じる。

 慣れないことをしたせい。そして慣れないことをするせい。

 

 たださえ揺れがちな視界がさらに安定感を喪失している。

 布団をかぶり、真っ暗な視界なのに揺れているのが良くわかる。

 ぐるぐる回っている。


 そして朝が来る。

 ララが教会に来たのは、昼前のことだった。

 

「おはよ。こんにちは、かな?」

「こんにちは、じゃない?」

「じゃあ、こんにちは。今日はよろしくね」

「うん。よろしく」


 それから私達は町にでた。

 一応、教会の掃除やらそういう役目をさぼっているという見方もあるから、少しばかり教会の同僚たちの目が怖かったけれど、幸い何も言われることはなかった。

 まぁ考えてみれば、彼女達もよく誰かとどこかに行っているのだから、これぐらいはなんてことはないのかもしれないけれど……優秀な彼女達とではやっぱり少し違う気もして。


 町に出た。

 と言ったはいいものの、この北の辺境の端にある雪端町に案内する場所なんてない。

 この町はそんなに大きくないというか、他の街と繋がる駅付近である町の中心部以外にはほとんど何もない。


 昔は多少なりとも人がいたらしいけれど、その時の家はもうほとんど空き家になっているはず。今では、たまにくる探索者が住む場所になっているとか。

 聞いたところによれば、ララも町の中心からは少し離れた場所に住んでいるらしい。


「教会も町外れだけれど、それより遠いよね」

「まぁね。でも家賃は安いし、それに快適だよ。他の場所じゃあんなに大きな家は借りられないだろうね」


 まぁ流石に家賃は安いだろう。

 なんなら探索者の金銭感覚なら、家を買うことすらできる気もする。

 正確にどれぐらいの値段なのかはわからないけれど。


「……もしかして、それが目的? この町に来たのは」

「まさか」

「なら、何で?」


 私が言うのもあれだけれど、この町にそんな魅力とかあるのかな。

 この町の特徴と言えば、精々大量の雪が降る程度だけれど。これはどっちかと言えば良くない所と数えられるだろうし。


「うーん、まぁリリアになら言っていいかな。このもう少し先の未開拓領域があって。そこの遺跡の探索許可が広くでたんだ。それが目的」

「早い方がいいんだっけ」

「そうだね。遺物とかは基本早い者勝ちだし」


 旧文明の古代遺物は、既に失われている技術で作られているものも多いらしい。そういうのは高く売買する仕組みが成り立っているとか。

 そうやって見つかった古代文明の遺物が現代文明の礎となっていることも多いとか。特に魔導機とかは、その一例と聞いたことがある。


「結構、賭けだけれどね。誰にも言わないでよ? 私が最初なんだから」

「言わないけれど……ララはお金が欲しいの?」

「当然。お金なんてあればあるだけいいんだから」


 そうかな。

 まぁそうかもしれないけれど。

 でも、もし今の私の給料が10倍になっても、生活が変わる気がしない。


「じゃあ、遺物探索に行くの?」

「そうなるかな」

「……怖くないの?」


 未知の古代遺跡には、何があるかわからない。

 名も知らない魔物や、魔導兵器がいて、死んでしまうかもしれない。

 街中なら怪我をしても、回復魔法で何とかなることは多いけれど、人の手が届かない未開拓領域じゃ話が違う。そんな場所に進んでいくなんて。

 いくらお金が手に入るって言っても怖いって言うか。

 それこそ他にも稼ぐ方法はたくさんあるのに。


「怖いよ。でも、知りたいんだ。私の力がどこまで届くのか」


 ……きっとそれがララの動機。

 お金の話よりもこっちが本命なのだろう。

 彼女は自由になりたいと言った。その自由がド梳く距離が知りたいのかもしれない。


 そんな話をしながら、私達は町を……というより町の中心部を歩いた。

 一応、色々なところに行ったけれど、正直、あまり良い案内人じゃなかった気がする。大体考えてみれば、基本的にあまり外に出ない私が案内するというのから無理がある。


「ごめんね。拙くて。一応、この町に来て3年目なんだけれど」


 3年もいるとは思えないほど何も知らない。

 そのことを今日知った。もう少しぐらいは分かってると思ったのに。

 教会が少しばかり町外れにあると言っても、あまりにも知らなさすぎる。


「ううん。助かったよ」


 にこりと笑うララの言葉は嘘には見えない。

 けれど、贔屓目に見ても私が案内人として適当だったとは思えない。

 というよりも。


「……あの。思ったんだけれど、この町で案内する場所なんてないよね。そこまで複雑な道はしていないというか……町の中心部には大体それなりのものが揃ってると思うけれど」

「そう、だね」


 ならどうして私に案内を頼んだのかという話になる。

 それがよくわからない。私には。

 聞いていいものかわからなかったけれど、聞かずにいられるほど利口なら、こんなに失敗してきてはいない。


「そう、かも。そっか。うん」


 ララは少し考えるように前髪をさする。

 やっぱり案内というものを求めていたわけではないらしい。


「まぁ、ほら、口実が欲しかったから」

「口実?」

「またリリアと話したいってそのまま言うのは、なんていうか恥ずかしいかなって」


 その言葉を少し咀嚼する。

 けれど、上手く呑み込めない。


「……えっと」

「ほら。照れちゃうでしょ? 私も気恥ずかしいし。だから、口実」

「な、なんで?」

「リリアと話すの楽しいよ。考えが面白いっていうか」

「そう、かな」


 そんなことは無いと思うけれど。

 私の思考はそんな大したものじゃない。

 ただずっと同じところを回り続けているだけの、諦観に呑まれた思考なのに。

 どうしてララはこんなものを面白いなんて。


「……そろそろ帰ろうか。もう暗いし」

「あ、うん……」


 なんだか少し気まずい空気を振り払うようにララは呟く。

 それに少しばかり不満そうな返事をしてしまう。それを感じ取られたのかララは言い訳のように言葉を続ける。


「明日はちょっと忙しんだ。ごめんね」

「全然。別に」


 これは強がり。

 本当はもう少し話していたかった。

 ララと、あと少しだけでも。

 

「また会いに行くよ。いつもは今日みたいに教会にいるんだよね」


 だから、その言葉にちょっと浮かれる。

 なんだか久しぶりに友人という感覚に酔っている気がする。


「えっと、そう……だね。うん。教会にいると思う」


 まぁ何もなければだけれど。

 でも祭りも終わったし、当分何もないはず。

 回復魔法関連の説明会とか、魔法教室とかはあるけれど、それは私がいなくても何ら問題はないし。


「じゃあ、ばいばい」

「……うん。また」


 軽く手を振る。

 ばいばいは言えない。

 それを言えるほど、孤独を望んではいないから。

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