第8話 光を見つめる

 眩しい。

 やけに強い日の光が差し込んでいる。

 冬らしく暑くはないけれど、雪に反射してやけに眩しい。


 今日は特に予定はない。

 教会の広間の端でぼんやりと空を眺めてみる。

 眠たい。というか、相変わらず視界がぼやけている気がする。

 

 なんだか身体も重い。

 ほわほわする。

 心が遠くにある。


 青空というのは、たいていの場合好まれるけれど。 

 どうにもあまり良いものとは思えない。

 それは眩しいとか、暑いとかそういうこともあるけれど、それよりももっともらしい理由は、私という存在が照らされている気がするから。

 照らされて暴かれている気がする。

 私の醜さが照らされ、白日の下にさらされている感じがする。


 なんというか、すごく寒い。

 実際今座っている腰掛自体も冷えているけれど、それだけじゃなくて。

 見通しが良いということは、誰かからも見られているかもしれない感覚が身体の周りを付きまとうから、気持ちが悪い。

 

 安心感が弱いからかもしれない。

 けれど、もちろんそんなのは錯覚で、この現代社会で危ない目に会うことはほとんどない。


 脚をぷらぷらとさせてみる。

 冷えた空気が脚の間を流れていく。

 

 この前はあんなに人がいた広間も、誰もいなくなっている。

 まぁこんな平日から教会にくるほど信仰心の高い人はほとんどいないから当然なのだけれど。

 

 私も一応教会の信徒というか、修道女としても認識される立場にあるわけだけれど、あんまりそれに自覚的にはなっていない。

 魔神教の概要というか、大体の言い分は流石に知っているけれど、聖典も有名なところしか知らない。こんな格好をしているのに。


 一応、子供のころからずっと魔神教に触れて生きてきたのに。

 まぁ別にそこまで悪いことだと思っていないけれど。

 でも、せめてそれぐらいは詳しくても良かったのに。


 寂しい。

 私は寂しいのかな。

 

 あの子が。

 イココの花が消えてしまったのに。

 今日もこんなところにいる。


 なんていうか。やっぱり空っぽなのかもしれない。

 私が生きがいだと思っていたものは、ただ私がこの教会から逃げ出すための言い訳だったのかもしれない。趣味ですらなく。

 ただこの場所からどこかに行きたいといううっすらとした逃避癖をかなえるための言い訳でしかなかった。


 別にそれも意思といえるほどのものじゃなくて。

 ただこの場所での孤独感に耐えられないという弱さから生まれたものでしか無いことぐらいはわかっている。


 この寂しさからは逃れられないのに。

 何処に行ったって、この寂しさからは逃れられないのに。

 だってこの感情は私の中から生まれているものだろうから。


 寂しいならみんなのところに行けばいいのに。

 そう誰かに言われている気がする。

 別に同僚の人達は私を嫌っているわけじゃないだろうから、私が上手くやれば仲良くなれるのかもしれない。


 実際、仲良くしたいとは思っているけれど。

 でも、上手くいかなかった。

 あまりにも考え方が違うし、物理的距離も近い。そして何よりも5対1になる。そうなればあまりにも、私の思考が異端ということを思い知らされる。


 今日だって彼女達は魔法師資格昇格試験の勉強会に行ったらしい。私もその存在は知っていたけれど、行く気はなかった。

 

 そんなに今の生活が不満なのかな。

 私よりもお金はありそうだし。私と違って、友達や恋人、家族もいるし。


 何をそんなに不満を覚えているのだろう。

 何もない私ですら、この生活はそんなに悪いものじゃないことぐらい知っている。


 住む場所があって、食べるものに困らない。着るものもあるし、どこかに行くこともできる。

 これ以上、何を求めているのかよくわからない。

 今の生活はそんなに悪いものじゃ無いはずなのに。


 確かに寂しいし、何もない日々だけれど。

 それは私の問題で、環境に問題じゃない。

 どれだけ環境が変わってもこの感覚から逃れられる気はしない。


 結局、精神の問題なのかもしれない。

 今、視界が崩れる幻覚を見ているのも。

 ずっと、孤独感に包まれているのも。


 けれど最近は孤独感に苛まれることはあっても、少し弱くなった気がする。その理由は簡単にわかる。


 ララ。

 今は彼女がいるから孤独ではないのかもしれない。

 1人の友人がいるのだから、定義的には私は孤独じゃないはずだから。


 彼女に出会ってから、それなりに時間が経った。

 それなりに話す機会も多くて、今の私には最も強い対人関係ではある。


 でもやっぱり怖い。

 友人というか、私には人に近づく資格はない。

 だから今の間にも嫌われる気がする。

 またキリの時のように拒絶される日が来ても私は何も言えない。


 それが怖い。

 これだから対人関係は怖い。

 私は多分、人の地雷を踏み抜きやすい。他人の思考が上手くわからないせいか、それとも別の理由かはわからないけれど。


 けれど、ララは何度もこの教会に来てくれた。

 最初はほとんど何もわからなかった彼女のことを今では多少知っている。

 最近は遺跡探索が上手くいっているらしい。聞いてる限りではだけれど。


 白状してしまえば、私は会いに来てくれるだけでとても喜んでいる。私と話したいって言ってくれることが、イココの花を失った私にとってはどれほどか。


 もちろん恐怖は消えていないけれど。

 でも、マシになってきている。

 

 瞼を閉じれば夢を見ることも増えた。

 酷い過去だけじゃなくて。

 これからララとずっと仲良くやっていけるのなら、それぐらいの幸運を望んでもいいんじゃないかって……


 その考えが浮かぶたびに、首をぶんぶんと振ってみるけれど、そんなあり得ない希望は心にこびりついて離れてくれない。こんなのはただの夢でしかないのに。


 実際、最近はあんまり来てくれなくなった。

 気がする。気がするだけかもしれない。

 ただ私の寂しいという感情が強くなっているだけなのかもしれない。


 本当にやめて欲しい。

 どうせいつかララも離れていくのだから。

 私は孤立することぐらいはもう少しわかっていて欲しい。


 自分の認識が歪んでいる気がする。

 元々歪んでいたのかもしれないけれど。

 なら、修正されていっているのかな。どうなのだろう。

 

 こういう時に散文的な意志をしているのはとても困る。

 どの認識が正しいのか、判断がつかない。

 ララを恐れているのか、それともそれなりに好いているのか。もしくはその両方か。

 時折考えてみても答えは出ない。

 ララと話していることも楽しいような、怖いようなそんな気がする。

 

 けれど、こうして話せない日々が続いてみれば、また話したいって言う欲求が強くなるのを感じる。あまり強くならないで欲しい。

 私はもう少し孤独であることに慣れた方が良い。でも、孤独耐性はずっと低いまま。多分、あまりにも人と出会わなさ過ぎて、渇望して期待してしまうから。


 けれど、期待というのは大抵そうはならないものだから、また私が泣きださないように、狂ってしまわないように、孤独に慣れさせておかないといけないはずなのに。


 わたしはやっぱりララと話すことを望んでいる。

 望んで独りになっていると言われても文句は言えないのに。


「寂しい……」


 呟いてみる。

 これが今だけなのか。

 ずっとそうなのかはわからない。


 どうしよう。

 この教会にずっと来なかったらどうしよう。


 特に問題はないはずのその可能性が、とても恐ろしく感じる。

 また完全な孤立をすることが、やっぱ怖く感じる。怖く感じていることが、本当に嫌だけれど。


 もしララがもうここに来ないのなら……

 会いに行けばいいんじゃないかな。 

 

 ……そっか。

 寂しいと叫ぶことができるのなら。

 会いに行けばいい。

 家の位置はだいたいわかるし、この教会にいないのなら、町にいるかもしれない。ただ動いてみればいい。


 そんな単純な事に気づいて、私は雪に跡をつけはじめた。

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