第6話 雪宿り

 私だけの場所だった岩陰に入ってきた少女は名をララと言った。

 どうしてこんな場所にと思ったけれど、ただ散歩でこの辺りまで来ていたらしい。


「最近、あの町に引っ越してきたんだ。それでどんな感じかなって。こんな雪になるとは思わなかったけれど」


 天気予報とかは見ない人らしい。

 というより、この辺の気候も知らずに引っ越してくるなんて。

 なんというか。考えなしというか。無鉄砲というか。

 ……でも、その行動力が眩しくもある。


「それで、どうしてリリアはこんなところに? その恰好、教会の魔法師だよね。この辺に何か必要なものがあるの?」

「そういうわけじゃなくて」


 どうして私がここに来たのか。

 それは、もうなくなってしまった白い花だったけれど。

 それを説明する気にもならない。


「まぁ、似たようなものかな。散歩みたいな」

「ふーん……そうだ。私達、友達にならない?」


 どうしてそんな話に。

 友達って、そういう風に作るものなの?


「私、まだ誰も喋れる人がいなくて。お願い」

「ぇ……っと。いいけれど。でも、急に友達みたいに振舞えと言われても困るんだけれど。初対面だし」

「まぁ、そうだよね。なら、うーん。もう少し喋っても良い?」


 それも私が許可を出すことなのかな。

 そう言うものではない気がするけれど。

 無言の私をどう解釈したのか、ララは言葉を続ける。


「私、友達って大事だと思うんだよね。人の関わりっていうか」


「やっぱりこういう社会って人と人との繋がりっていうのかな。そう言うので成り立っているっていうか。互いに助け合いましょうっていう約束があれば、上手く行くと思うんだよね」

「……じゃあ、私はララを助けないといけないの?」

「うーん。まぁ理屈上はそうだけれど。でも、強制的互助関係じゃなくて、どちらかと言えばもう少し楽に考えてさ。薄っすらと味方だと思い合う感じなのが友達って感じはするよね」


 友達の定義の話?

 考えたことがないわけじゃないけれど。

 でも、私は答えを持ってはいない。だから彼女の言葉に反論もしない。


「例えばほら、こうして雪の中で寂しい時とかに、互いに寂しさを埋めるのも大事なことだと思うんだよね」

「寂しさは埋めないといけないの?」

「そうしたほうが良くないかな。寂しいって、悲しいよ」


 今度は寂しさ。

 こちらは少し私も言えることはある。

 孤立する道しか目の前にない私だから


「……そんなことは無いと思うけれど」

「そう?」

「寂しいって、確かに悲しいけれど。でも、その寂しさの中でいることが最も幸福に近い可能性もあるよ」


 多分、それは小さな防衛反応だった。

 自分が曲がりなりにも流されてきた道を間違っていると言われたようで。

 いや、間違っているという真実を言われてしまったから、反論をしたのかもしれない。


「面白いね。たしかに。そうかも」

「そうだよ。だって、誰かと関わることは危険もあるでしょ?」

「うん。そうだね。怖い人だっているし」


 人は怖い。

 誰だって、人の心はわからない。

 今だって急にララが魔法を放つかもしれない。そうすれば、私は軽い怪我では済まないだろうし。


「でも、期待値は良いよ。大抵、悪い人じゃないから」

「……人によるんじゃないかな」


 多分、ララにとってはそうなのかもしれない。

 少し話しただけで感じる。

 ララの話し方や所作は不快感がなく、こちらにするりと入り込んでくる。

 私なんかともこうして話せているのがその証拠のひとつともいうけれど。


 そんな彼女なら、人と関わることは期待値が高いと言えるのかもしれない。

 悪い人に出会う確率より、良い人に出会う確率の方が高いと。この場合は本当の善悪というよりは、当人にとって都合が良いか悪いかだけれど。


 けれど、私だったら、多分期待値は悪い。

 これまでの人生がそう言っている。

 誰もが私から離れていった。それか私にはついていけなかった。

 疎まれていたことだって、数えきれないほどある。たまたま幸運だったから、危害を加えられることは無かったけれど。


「私は誰でも期待値は良いと思うけれど。ほら、リリアも良い人だったし」

「……わかったようなことを言うね」

「まぁね。でも、ほらそう思っていた方が楽だし。それに、こんなに話してくれるならリリアはもう友達で良い人だよ」


 そうかな。 

 そこまで簡単に心を開けないけれど。

 まぁ、友情を拒めるほど私の意思は強くはない。


「もしかして、うざいかな。私」

「そんなことは、ないけど」

「良かった。初めての友達に嫌われたら、どうしようかと思ったよ。じゃあさ。今度、あの町を案内してよ。全然土地勘がなくて困ってるんだ」


 それが目的かな。

 まぁ何でもいいけれど。

 それに正直なところ、私は孤立に慣れてはいない。ずっと孤立しているのに、こうして孤立から逃れられる糸が垂れていたら、思わず掴んでしまうのを止められそうにない。


「いいけれど。目的主義だね」

「まぁ、ほら、打算があると安心でしょ? なんていうか、ほら、無償の感情って、怖いし?」


 ……まぁ、そうかもしれないけれど。

 少し想像してみる。

 理由もなく仲良くなりたいと言われたら……やっぱり裏に何かあるんじゃないかと疑ってしまう気もする。 

 けれど、無償の感情というものがあるらしいと聞いたこともある。


「……無償の愛っていうのもあるらしいけれど」

「誰かの妄言でしょ?」

「どうなんだろう。私は知らないから」

「私も。じゃあ妄言じゃない? 参考値2人だけれど」


 それじゃあ統計としては役に立たない。

 でも、私達の中の認識は固まる。


「大体親から貰うんでしょ? 無償の愛って。私はあんまり親とは仲良くなかったからね」

「ララもそうなんだ」

「まぁ、たいした話じゃないけれどね。私、探索者なんだけれど、お母さんはすごい反対してね。お父さんは無干渉みたいな。それでなんかすごいことになったから」


 まぁ娘が探索者になると言えば、否定する気持ちもわかる。

 探索者はあまりにも危ない仕事で、大抵は目指すものじゃない。


「馬鹿だって思ってるでしょ」

「……少しは」

「正直だね。でも、私は窮屈な作られた仕組みの中から出たかったんだ。自由っていうのかな。それが欲しくて」


 私にはない感情の話をしている。

 そんなふうに何かを求めるという意思は私にはない。


「すごいね。そんな風に自分の意志があって」

「リリアには無いの? 魔法師だから、私みたいに怒られたりはしなかったでしょ?」

「うん。というより、私は捨て子だから」


 だから怒られたことはない。

 それで教会に拾われたのは私の幸運のひとつだと思う。

 そのおかげでこうして魔法師をしているのだから。


「ご、ごめん。そんなことを言わせたかったわけじゃないんだけれど」

「別に。気にしないで。私は親の事何も知らないし。何も思ってないから」

「そう……なんだ。私はまだ無理かな。やっぱり少し恨むって言うか、嫌っちゃうよ。なんであんなこと言ったのって」


 それが多分、関係の差なのかもしれない。

 人生経験の差と言っても良い。

 私には親と関わる経験がない。ララにはある。

 きっとそういう経験の有無の積み重ねが、ララと私の差を生むのだろう。


 ただ何もないだけ。

 私には何もないだけ。

 経験も意志も力も。何も。


「あーこんなことまで話しちゃうなんて。なんか自分でも意外。ほとんど親の事とか言ったことないのに」

「……なんで私に?」

「どうしてだろ。わかんない。でも、話せたし。それになんかすっきりした。リリアと話せてよかったよ」

「ど、どうも?」


 よくわからないけれど。

 まぁララが良いならいいのかな。

 なんだかこうまで言われたことはないから、なんというか……

 変な感じがする。


「あ、雪、止みそうじゃない?」

「……そうだね」


 止まなくていいのに。

 そう思ってしまった。

 もう少し話したいって。


 なんというか。

 多分、私は彼女をもう友人と認識している。

 あまりにも簡単に絆されている。


 あれだけ感じていた孤独感がどこかへと消えている。

 それがなんだか私にはあまりにも吐きそうだった。

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