第4話 人前で目を瞑る
「私ですか」
「あぁ。そうだ。お前しかいないだろう。今。この教会に魔法師は」
神父様が言葉を吐く。
私は魔法師じゃない。その言葉が喉まで出そうだった。
けれど、魔法師扱いでここにいるのだから、同じだけの仕事はしないといけないのだろう。なんでこんなこと。
「はい。これを発表すればいいんですよね」
「そうだ。じゃあ明日だからな」
本当に嫌だけれど。
なんで……よりにもよって、同僚の5人は皆本部に招集されているし。
……まぁ、多分逆なんだろうけれど。
「次世代回復魔法の安全性と有効性について……」
これが発表しないといけない内容らしい。
この町の魔法を使う人……特に回復魔法をよく使う人に対して説明しないといけないらしい。
そしてすぐに明日になる。
教会の広間は普段の様子が嘘なほどに人が集まっていた。
どうして昨日の今日でこうも人が集まるのか。
情報の共有が早すぎる現代社会にも困ったものというか。
息を呑む。
緊張する。
別に人前に立つのが初めてなわけじゃない。
でも、こういう大事な発表を私に任せないでほしい。
「時間だ。質問に関しては私が答える。発表はちゃんとやれ」
「……はい」
神父様は少し黙っておいて欲しい。
多分、魔法師としては優秀なんだろうけれど。あまり彼のような強者の理論にはついていけない。
そんなことを言われても。
ずっとそんな気がする。
時間だ。
くらくらする。
眩暈というか。
けれど、足は勝手に進んでいく。
そっちに行かないで欲しいのに。
広間の檀上に立てば、異様に多い人々の意志がこちらに向く。
一瞬、身体を無数の矢が貫いたような。
そんな感覚に襲われる。
「今から、説明を始めます」
声が出ている。
私の声が。
なんだか遠くに感じる。
私の台詞じゃないみたいな。
視野角が異様に広くなったような。
今の前に誰がいるのかわからなくなってきた。
ここはどこで、何をしているのか。
ふわふわと浮いているのような。
足がついていないような。
倒れているような。
そんな感覚がしている。
でももう説明会が始まっていて、意思とは関係なく、身体は動いている。
早く終わって欲しい。どうしてこんなことをしないといけないのか。
回復魔法なんか、今のままでも十分だろうに。改良したのかなんなのか知らないけれど、誰がそんなことをしたのか。
色々な人がいる。
この辺りは未開拓領域とも近いから、そういう人は多分来ている。
回復魔法は彼らにとって生命線になるから。
あとは医療関係の人も来るのかな。そっちはそっちで別の資料が送られていそうだけれど。
……あとは、なんだろう。
単純に魔法に興味がある人とか?
それぐらいかな。
そんな彼らが私を見ている。
どういう意思をもって見ているのかは知らない。
でも、そんな彼らの意志に貫かれていると、もう苦しくて仕方がない。
私だけが壇上にいて、彼らは大勢でいる。
……これが孤立?
というわけではないかな。
どちらかと言えば、晒されているだけというか。
でも、多分ここに私はいない。
こうやって話しているけれど。
でも、これは教会の魔法師として、その役割を果たそうとしているだけであって、私の意思は一切関わっていない。
だからこうして意志とは関係なしに身体が動いているような。
そんな異様な感覚になっている。
……ここに私は必要なのかな。
必要だと思う?
何度も考えた。
必要なわけがない。
私を必要としている人はいない。
でも、イココの花だけは私がいないといけないから。
錯覚。
その錯覚で私は生きている。
生きてる?
うーん。
泡がぶくぶくと浮いている。
水の中にいるような。
そうして声が出なくなるような。
どうしてこんなことを。
ここでこんなことをしているのか。
それは私が幸運だから。
瞬きをする。
私は運が良い。
そう自負している。
でも、ただ心に力がなかった。
けれど、運は良い。
だって運が良くなければ、ここでこうして話していない。
運が悪いのなら、既に死んでいる。
教会に拾われたのも、中途半端な魔法の才能も、教会の人員不足による補充の恩恵を受けたのも。
全部幸運のおかげなのだから。
これらは私が今こうして曲がりなりにも教会の魔法師として生活できている理由の全てだけれど、これらに私の意思が介在する要素はない。
ただ、私のいる流れが幸運だったから、私はこうしてここにいる。
でも、どこにいるのかわからなくなっている。心が揺れているから。
心が上手く安定していない。
私はずっとふわふわと世界を見ている気がする。
世界の幸運の流れの中にいても。
そこにいるのが私じゃ意味がない。
別の誰かなら、もっと良かっただろうに。
もっと上手くできていたら。
私じゃなかったら。
私の最大の不幸は、私が生まれ堕ちた事。
こんな私が存在していることが最大の不幸。
いつだって、私が何もできなくなっている理由は私だ。
私がいつも何もできなくさせる。
何か意思を持つことすら上手くできない。
私はこれまで何をしてきたのかよくわからない。
これまでずっと流されていただけだという自覚がある。
幸運で守られていたから、なんとか生き延びてはしまったけれど。
でも、私がここにいる意味があるのかがわからないから、どこにいるのかわからんくなってしまう。
視界が揺れているせいか。
それとも浮いているような感覚のせいか。
『魔法師にどうしてなりたいの?』
あの質問をされた時と同じ感じがする。
私は何も答えられなかった。
周りを見れば、皆はそれなりの回答をしていた。
誰かを助けたいとか、役に立ちたいみたいな回答をする人。
魔法力を確かめたいとか、お金が欲しいとか。そういうことを言う人
どれも私からしてみれば明確な理由で。
私にはそういうものはなかった。
流されていただけだった。
意志を持たずにここにいるのは私だけ。
それを自覚させられた。
多分、みんなは現実のことを考えているのだろう。
現実のことを考えれば、何をするべきで何をしたいのか。そういうことを考える時間も増えるのだろうし。
でも、私は現実を見れていないから。
何も考えていないから。
きっとただ流されるままに、ここまで来てしまった。
あまりにも現実感のない世界にいる。
それをとても感じる。
今日もそれを思い出している。
そして過去が終わる。
「以上です。では質疑応答に移ります」
終わった。
終わったらしい。
あとは神父様に任せておけばいい。
……あれ?
いない。
どこに行ったのだろう。
すぐそこにいると思っていたのに。
あぁ。
どうしよう。
もう手を挙げている人がいる。
当てていいのかな。
「魔力情報の欠損も多少は復元するとのことでしたが、それなら欠損した腕なども簡単に治せるようになるということでしょうか」
問われている。
まだ神父様はいない。
私が答えないといけないのかな。
でも、なんて言えばいいのかわからない。
そうです?
そうなのかな。
多分、治せると思うけれど。
でも、それには相当大量の魔力が必要になってしまうから簡単に治せるわけじゃない……なら、治せないってこと?
どうしよう。
こんなのは私の役割じゃない。
「えぇ……っと。あ……え、まぁ……」
上手く言えない。
なんて言えば良いかわからない。
沈黙が場を包む。
あぁ、どうしよう。
早く何か言わないと。
資料には何も書いていない。いや、そんなわけはないのに。
「おい。寄越せ」
声がする方を振り向けば、神父様がいた。
いるなら最初から出てきてほしい。
拡声器を押し付けて、私は壇上から逃げる。
「はい。今回の回復魔法の最大の特徴はそうなります。しかし魔力情報の補完はかなり繊細な作業になるので、個人でやるのではなく医療機関などで行った方が良いでしょう」
後ろから神父様の声がする。
それができるなら早く出てきてほしい。
はぁ……疲れた。
涙。
涙がでている。
泣いてるの?
私が?
こんなことで。
弱い。
弱すぎる。
なぜこうもかよわいのか。
風が吹いただけで死んでしまいそうなほどに心が弱い。
集団の中に私はいない。そんな気がする。
どうして現実感はないのに。
こういう時だけ心は悲鳴を上げるのだろう。
なんでこんなに胸が痛いのだろう。
今にも落ちていきそうな感覚に襲われないといけないのだろう。
早く雪が降って欲しい。
私を覆い隠して欲しい。
あの真っ白い世界に私を隠して欲しい。
あの場所にしか居場所はないのだから。
あの場所にも居場所はないけれど。
どうしてそんなことを。
なんでそんなことを言うの。
視界がぐらぐらする。
色々な相反する思考が争っている。
誰も私の前にはいない。
私という存在すら、私にとっては現実の外の話のような気がして。
ただ教会の檀上の裏で蹲り、嗚咽の中で揺らめく人がいた。
それが私だと気が付くのにすら少しの時間がかかった。
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