第3話 祭りの中心

 竦んでいる。

 震えている。

 

 孤独感が私を包んでいる。

 酷い晴天が照らす。

 雪の中の孤立感とは違う。

 人混みの中での苦しいだけの孤独感。

 この大勢の中で私だけが誰とも繋がっていない。

 

 今日は祭りの日。

 花火が上がり、様々な催しが行われる。


 私はその見回りというか。

 参加することになった。

 教会の皆がこの祭りに思い思いに参加している。

 一応、治安維持の側面もあるとかないとか。だから強制参加ではある。誰も文句は言わなかったけれど。


 ミリンダは恋人と。

 アルエットは親と。

 マリアとキュリーは2人で。

 アミカは実行委員会として。


 皆がこの祭りを楽しんでいるらしい。

 私は何もしていない。ただ参加しろと言われたから、ここにいるだけ。

 一応、役割はわかっている。

 多分、教会はこの祭りの関係団体だから、盛り上がりに欠けないように参加しなさいということだと思う。まぁつまり、私がここにいる意味はあまりない。


 でも、私は毎年祭りに参加している。

 何を期待しているのかわからないけれど。

 でも、この場所には来るものな気がしている。

 だから、私はなんとなく祭りに来て、その端で座っている。


 普段は人通りが換算している通りが、人にあふれている。

 溢れているというのは言い過ぎかもしれない。

 でも、普段より圧倒的に人が多い。辟易するほどに。

 

 町の人々は、独りじゃない。

 誰もかれもが誰かといる。

 私だけが独り。孤立している。


 すごく不安にある。

 この外套がなければ、逃げ出していたかもしれない。

 外套を着ていると、守られている感じがする。

 

「はぁ……」


 重たい白い息を吐く。

 人の流れを見る。

 見たことある人もいれば、そうじゃない人もいる。

 小さな町だから当然かもしれないけれど。


 瞬きをする。

 

 白い髪がなびく。

 私と同じ白い髪の少女を遠くに見つける。もちろん隣には誰かがいるのが見える。

 よく見えないけれど、随分と綺麗な白色をしている気がする。私の白は大分くすんでいる。


 よく言う俗説として、髪の色は心と繋がっていると言われる。

 何の確証もない占いのようなものだけれど、こういうのを見てしまうと少し信じてしまいそうになる。


 私は孤立していて、彼女は誰かといる。

 その差が髪色に現れている気がして。


 やはり白色というのは純白に近づいている方が良い。

 この辺の雪も、あの子の花の色も、全部真っ白に見えるし。

 穢れているのは私だけだろうから。


 日が眩しい。

 太陽というのは、どうしてこんなにも私を照らすのだろう。

 眩しくて何も見えない。

 視界が上手く焦点を結んでいる気がしない。


 人の声が遠くに聞こえる。

 すぐそこのはずなのに。


 食べている食事の話。

 友達と合流する話。

 無くなった食材の話。

 これからどこに行くかの話。

 明日の話。

 未来の話。


 それらは聞こえるけれど。

 でも、遥か遠くに聞こえる。


 ここがすごく遠い。

 ここにいるという感覚がすごく遠い。

 遥か彼方にいるような感じがする。

 遥か先から眺めているような。

 私だけが遠くにいるような。


 何をしているのだろう。

 私は、なんで。

 なんでこんなところに来てしまったのだろう。

 毎年孤立感を味合うだけだとわかっているのに。


 でも、教会にいれば神父様は怒るだろうし。

 祭りの日には雪は降らないし。

 どこかを歩こうにも、行く当てもないし。


 ……ううん。

 こんなの言い訳でしかない。

 それはわかっている。

 わかっているから言わないで欲しい。

 それ以上言って欲しくない。


 ……期待している。

 そんな真実を言わないで欲しい。

 人の傍にいれば、人の近くにいれば、誰かと同じ空間にいれば。

 私の孤立が消え、私を救ってくれる誰かが現れるかもしれないって期待している。


 意味のないことだ。

 そんな期待はする意味がない。

 それに、期待するにしてももう少し行動しないといけない。

 祭りにくるだけで救われるのなら誰も苦労はしない。


「助けさせてほしい」


 声が聞こえた。

 後ろから。

 どきりとする。

 まるで私に言われたかのようで。


 けれど、そんなわけはない。

 すぐに別の声が聞こえる。


「良いの?」

「もちろん。これぐらいなんてこないよ」

「……ありがとう。本当に」

「ううん。当然。友達でしょ?」


 ……流れはよくわからないけれど。

 でも、彼女は助けられたらしい。


 良かった。

 何の話かはわからないけれど、良い方向に移ろうのならそれで。


 多分、彼女が助かったのは、助かる準備ができているから。

 だから、あの子は助かった。

 私には終ぞできなかったこと。


 救われる準備ができている者しか、救われない。

 そんな簡単なことが私にはわかっていなかった。

 今もわかっていない。だから、私が救われることはない。

 この異様なほど強力で不安になる孤立感から逃れられることはない。


 もしも、奇特な人が私を救いたいと言っても。

 私はきっと救われない。

 それぐらいのことはわかる。


 ……それに、救われる資格がない。

 何もしていないのに救われるなんて。

 そんなのが許されるわけがない。


 歩く。

 祭り色に染まった町を。

 日は傾き始めたけれど、まだ祭りは続くらしい。

 一応、ごみを拾いつつ、通りを進む。

 こういう時、魔法が使えると楽でいい。


 魔法学校に行った一番の成果かもしれない。

 こういう掃除や日々の生活において、魔法の細かい操作ができるというのは。

 魔力的感覚が鋭い人なら、こんなの教わらなくてもできることなのだろうけれど。


「そろそろ……」


 日も沈んだ。星明かりが強くなり、時が来る。

 皆も座り始めた。

 私は逃げるように隅に急ぐ。

 あまり中心にはいたくない。

 そこにいるとなんだか照らされているようで辛い。


 花火が上がる。

 記憶が浮かぶ。

 過去の記憶が。


 花火を見るたびに思い出す。

 5年ほど前の記憶。

 私はまだ魔法学校にいて、学校の宿舎から花火を見た。


 その時も独りで。

 キリは大勢の友達と屋上で見ていた。

 

 私はまだわかっていなかったけれど。

 その時点で彼女と私は見ている景色が違った。


 ……いや、それぐらいは分かっていた。

 だから、キリのことを私は応援していた。


 本当に?

 いつもそう問われる。

 いつも答えに詰まる。


 本当に私は全て善意で応援していたのか。

 それとも私より魔法が苦手な彼女のことを同情しながら、優越感と共に応援していたのか。

 それはもう私にもわからない。


 ……わからないなんて。

 私の心なのに。

 もうあの時からわかっていなかった。

 あの花火の日からずっと。

 心の内がわかっていなかったんだ。 


 キリは18歳の魔法師適正試験に落ちた。

 私も落ちた。

 正直、驚きはなかった。

 そんなものだろうと思っていた。

 私が魔法師になれるほどの能力がないことは魔法学校に来て5年もすれば嫌でもわかる。


 けれど多分、それはキリからしたら諦めでしかなくて。

 彼女は沢山魔法の練習をして、試験対策をして魔法師適正試験に挑んだ。

 けれど、だめだった。


 私は励まそうと思った。

 大丈夫だって。キリなら魔法師じゃなくても、別の魔法を使う仕事になら簡単になれるって。

 そう言った。そう言ってしまった。

 きっとそれは慰めにもならなかったのだろう。彼女にとっては。


『何もしてないリリアはいいよね。全然しんどくなさそう』


 キリはそう言った。

 私は何も言えなくなった。

 あの時は本当に呼吸ができなくなった気がする。


 何も言えなくなったのは……多分それが本当だったから。

 私は全くしんどくはなかった。

 魔法師になろうなんて思いもしなかったから。一応、試験を受けてみただけで。

 幸運で受かれば良いなぐらいの気持ちでしかなかったのだから。


 ……キリにとってはそうじゃなかった。

 そんなことは知っていた。

 でも、わかってなかった。

 私が触れられることでないことを。


 花火の音がする。


 目を開ける。

 過去はもうここにはない。

 取り返しの付かない過去にしかない。

 ……私は、あの時。

 本当に自分の善意というものが信じられなくなった。


 私という存在があまりにも穢れている気がした。

 そしてその感覚は今、この瞬間まで続いている。

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